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ディープフェイクによる「偽情報」に注意を...各国で、選挙の妨害を狙った「サイバー工作」が多発

ニューズウィーク日本版 2024年6月8日 19時27分

クマル・リテシュ
<今月のインド総選挙でもサイバー攻撃による妨害行為が多くみられたが、特に最近目立つのはAIやディープフェイク技術を使った偽情報キャンペーンだ>

インド総選挙の開票が6月4日に行われた。与党・インド人民党(BJP)が率いる与党連合が過半数を確保し、現職のナレンドラ・モディ首相が3期目に入ることが確実になった。ただ予想されていたような与党側の大勝には至らなかった。

■【画像】蔡英文を中傷するための「偽・性スキャンダル」が盛り込まれた電子書籍『蔡英文秘史』

モディ首相はこれまで、様々な難しい問題に取り組んできた。インドとパキスタンが領有権を主張してきた住民の大半がイスラム教徒で占められたインド北部カシミール地方の実質的な自治権を剥奪してインド政府の支配を強めた。現在続いているイスラエルとパレスチナの問題でも、インド国内で人口の15%を占めるイスラム教徒を牽制しながらヒンドゥー教のアイデンティティを重視するモディ政権は、イスラエルとの連帯を率直に表明し、インドとイスラエルの自由貿易協定の交渉を進めている。

サイバー空間でも、インドのハクティビスト集団によるサイバー攻撃活動などは、インドのイスラエルへの傾倒を示す。サイバー攻撃に積極的なイランは、中東におけるインドの言動に不快感を示すために、サイバー攻撃を躊躇わないだろう。

最も危険なのは世界最大のサイバー攻撃国家・中国

だがこうした問題を超えて、インドにとって最も危険なのは、世界最大のサイバー攻撃国家である中国の存在だ。過去5年間に行われたインドに対するサイバー攻撃のうち、公に追跡された最も重大な攻撃32件のうち、16件が中国から、8件がパキスタンからであり、インドのインフラに対する攻撃の大部分はこの2カ国が行なっている。しかし、この2カ国のうち、今後数年から数十年の間にインドにとって非常に深刻な脅威となる能力と可能性を持っているのは中国だ。

世界最大の民主主義国家であるインドが選挙を実施する中、以下のようなサイバー脅威が発生し、その巧妙さは強まっていた。

フィッシング(情報を盗むことを目的とした、偽の情報源からの詐欺的な電子メールやメッセージ)や、偽情報キャンペーン(世論を操作するための偽情報の拡散)、DDoS攻撃(有権者とのコミュニケーションを妨害するために選挙サイトを攻撃すること)、有権者への弾圧(誤情報の拡散や有権者登録システムへの攻撃)、選挙インフラのハッキング(投票を妨害するために有権者のデータベースやシステムを狙う)、ディープフェイク動画(候補者の信用を失墜させたり、暴力を煽ったりするための捏造動画)、そしてランサムウェア攻撃(ファイルやシステムを暗号化して選挙組織から金銭を脅し取る)だ。

こうしたサイバー犯罪は、民主的な選挙の完全性、安全性、正当性に重大な脅威をもたらす。選挙関連のサイバー脅威と効果的に闘うためには、強固なサイバーセキュリティ対策や国民の意識向上キャンペーン、国際協力が必要になる。

さらに最近注視すべきは、AIを活用した偽情報キャンペーンだ。

女性の野党政治家がビキニ姿のディープフェイク動画に

バングラデシュでは、女性の野党政治家がビキニ姿でディープフェイク動画になって、国政選挙を前にSNSに拡散された。ディープフェイクは、スロバキアやインドネシアの大統領選挙でも広く使われた。

一方、中国は偽のSNSアカウントを駆使して、有権者に世論調査を実施して何が分断を生むのかを調べ、分断の種をまく。これから、アメリカでは大統領選挙があるし、日本でも東京都知事選などが行われる。そうした選挙の結果に影響を与える可能性がある。

中国はまた、世界中で活動するためにAIを活用している。インドだけでなく、アメリカやヨーロッパにおいて、政治のみならず、国内の民族的また宗教的な緊張など、さまざまなトピックについて影響を与え、分断の種をまこうと試みている。AI技術の急速な進歩は、ディープフェイクや音声のクローン、高度なマルウェアといった強力なツールをサイバー犯罪者に提供し、選挙プロセスに対する脅威を複雑化している。インドの選挙と同様に、世界でも同じリスクに直面するだろう。

選挙プロセスにおけるテクノロジーの利用拡大により、サイバーセキュリティは極めて重要な課題となっている。国家は、これらの課題に長期的に取り組む必要があるが、ディープフェイクの進化は、政府、ジャーナリスト、政治家、テック企業、そして今日の国の民主主義システム全体の気概を試すことになるだろう。政党がSNSを使ってコミュニケーション戦略を推進し、標的を絞った政治キャンペーンを行うためのデータ分析を行っている間に、サイバー攻撃者や敵対する国家は、デジタル技術を悪用して選挙プロセスに干渉する可能性は織り込んでおく必要がある。

そもそも偽情報とプロパガンダははるか昔から長年認識されていた手法である。

例えば旧ソ連が行った最も悪名高い偽情報キャンペーンである「デンバー作戦」では、HIVウイルスの発生はアメリカに責任があると世界に広めるためのキャンペーンだった。1983年、インドの地方紙の編集者に宛てた架空の手紙(この手紙は、数年前にKGBが親ソ宣伝のために作成したものである)から始まった。

虚偽情報を含む電子書籍『蔡英文秘史』がSNSで流通

「エイズがインドを侵略するかもしれない」と題されたその手紙は、高名なアメリカの科学者が書いたことになっており、ウイルスの起源はメリーランド州にあるアメリカの化学・生物兵器研究施設であると指摘していた。30年経った今でもこの話を信じている人がいる。

この作戦は準備に数カ月を要し、ソ連系のメディアを通じて広めるのにさらに数カ月を要した。しかし今日では、AIとディープフェイクのおかげで、攻撃者は1日に何十もの工作キャンペーンを作り出すことができる。中国も同じようなパターンを踏襲しており、2021年1月に実施された台湾の総統選挙までの数週間、『蔡英文秘史』と題された300ページに及ぶ電子書籍をSNSやメールを通じて流通させている。この電子書籍には、蔡英文・前総統が性的な取引によって権力を手に入れたというスキャンダラスな虚偽情報が含まれていた。

現代の手法が革新的なのは、インスタグラム、ユーチューブ、ティックトック、その他のプラットフォーム上の動画という形で、AIが作成したプロのニュースキャスター風のアバターが、その電子書籍からスキャンダラスな暴露を読み上げるといった工作だった。本そのものが、AIによって「書かれた」可能性も十分にある。

これらの問題は、簡単に解決できるものではない。対策には、長期で面倒なプロセスが必要なだけでなく、当局側の透明性を高める必要がある。信頼できる社会を築くには、政府や自治体が信頼できる真実の情報をタイムリーに定期的に提供することが必要だ。大量に生み出されるAIの偽情報や信頼できそうなディープフェイクが出回るこれからの時代には、当局に対する信頼がなによりも大事になるだろう。

China is posting fake videos of president: sourcesSANTA? The videos, called The Secret History of Tsai Ing-wen, used virtual hosts, including some resembling newscasters, foreigners, and Santa Claus.A YouTube page shows videos created to attack President Tsai Ing-wen. pic.twitter.com/ulLmlUJL90— Rusic Dice (@Rockbowy1) January 10, 2024

Beijing is mass-posting videos featuring a false "secret history" of President Tsai Ing-wen (蔡英文) on hundreds of social media accounts in a disinformation push ahead of Saturday's presidential election.The Secret History of Tsai Ing-wen (蔡英文秘史) is a 300-page document... pic.twitter.com/SkJ5aT1xA0— Byron Wan (@Byron_Wan) January 11, 2024



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