Infoseek 楽天

デンマーク首相が路上で殴られる...「気に入らない政治家」への襲撃が相次ぐ欧州で何が起きている?

ニューズウィーク日本版 2024年6月8日 17時46分

木村正人
<コペンハーゲンの路上でフレデリクセン首相が襲われた。スロバキアやドイツなど、欧州各国で襲撃事件が続く背景に何があるのか>

[ロンドン発]スロバキアの首都ブラチスラバ北東で5月15日、ロベルト・フィツォ首相が拳銃で銃撃されたのに続いて6月7日、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相がコペンハーゲンの路上で襲われた。欧州連合(EU)欧州議会選(6月6~9日)の最中だけに緊張が高まる。

コペンハーゲン警察はX(旧ツイッター)に「7日夕、コペンハーゲンで首相が事件に巻き込まれた。1人が逮捕され、現在捜査中だ。現時点でこれ以上のコメントや発言はない」と投稿した。目撃者は地元メディアに「フレデリクセン首相に目立ったケガはなかった」と証言している。

デンマークでは6月9日に欧州議会選の投票が行われる。フレデリクセン首相はデンマーク政界で圧倒的な存在感を示しており、次期EU大統領(首脳会議常任議長)の呼び声も高い。中道政治が弱体化し、保守とリベラルの二極化が進む中、欧州各地で政治テロが相次ぐ。

極右政党の支持者は「今や完全に抑制を失った」

5月3日には、欧州議会選に立候補しているドイツ社会民主党(SPD)のマティアス・エッケ議員(現職)が独東部ザクセン州ドレスデンで若者4人から暴行を受け、手術を要する重傷を負った。同月5日に17歳の少年が「自分がSPDの政治家を刺した」と出頭した。

SPDは声明で極右政党「ドイツのための選択肢」について「彼らの支持者は今や完全に抑制を失っており、私たちSPDを格好の標的とみなしているようだ」と非難した。ドイツ再統一で産業空洞化が進むザクセン州は「ドイツのための選択肢」の主要地盤の一つだ。

6月4日には独南西部マンハイムで「ドイツのための選択肢」の政治家がカッターナイフで男に刺された。SPDを率いるオラフ・ショルツ独首相は「民主主義はこのような行為によって脅かされている。『対立の政治』の空気や言説から生じている」と述べた。

地雷原をさまよう欧州政治

ドイツでは昨年「ドイツのための選択肢」議員への暴力的な攻撃は86件にのぼった。左翼過激主義を支持する加害者が多かった。90年連合・緑の党議員に対する暴力的な攻撃も62件起きている。インフレ、ウクライナ戦争、ガザ戦争で欧州政治は地雷原の中をさまよう。

フレデリクセン首相に対する襲撃事件について、欧州議会のロベルタ・メツォラ議長はXへの投稿で「今夜のデンマーク首相に対する攻撃は衝撃的だ。政治に暴力は存在すべきではない。強くあれ、メッテ!」と呼びかけた。

欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長も「今夜、あなたが暴行を受けたというニュースにとてもショックを受けた。欧州で私たちが信じ、闘っているすべてに反するこの卑劣な行為を非難する。あなたが強さと勇気を保てるように」とXに投稿した。

ガザ戦争で過激派テロの火種がくすぶる

欧州議会選の世論調査では、ネオ・ファシズムの流れを汲むジョルジャ・メローニ伊首相の「イタリアの同胞」や、ポーランドの「法と正義」、スウェーデン民主党が所属する会派「欧州保守改革グループ」(ECR)が8~17議席増やすとみられている。

「ドイツのための選択肢」やフランスの「国民連合」が参加する会派「アイデンティティーと民主主義」(ID)や、急進左派の会派「欧州統一左派・北方緑の左派同盟」は投票日が近づくにつれ、支持率を落としている。しかし選挙は蓋を開けてみなければ分からない。

多くのイスラム系移民を抱える欧州ではガザ戦争で過激派テロの火種がくすぶる。ロシアが攻勢に転じたウクライナ戦争も暗い影を落とす。EU域内のインフレは2.6%まで下がり、欧州中央銀行(ECB)が利下げに転換したとは言え、一時は8.1%に達したインフレの傷跡は大きい。

有罪評決を受けたドナルド・トランプ前米大統領を多くの人々が支持し続けるのも、政治的・経済的・社会的に取り残され、心がささくれ立っているからだ。彼らは救世主を求めている。ネオリベラリズムに取り憑かれた欧州と米国の民主主義に果たしてこの傷を癒やせるのか。


この記事の関連ニュース