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フランス人記者が見た日本の「離婚後共同親権」が危うい理由

ニューズウィーク日本版 2024年6月8日 20時28分

西村カリン(ジャーナリスト)
<5月に成立した民法改正法により日本でも26年から離婚後の共同親権が可能になるが、「外圧」による中途半端な制度では誰も得しない>

5月17日に国会で成立した民法改正法により、日本でも離婚後の共同親権が2026年から可能になる予定だ。

この重要な変化の背景には外圧があった。日本人と外国人の国際結婚が増えたことで、国際離婚も増加。日本人の親(主に母親)が外国人の親の同意を得ずに子供を連れ去る例もあり、国際問題になっている。

日本では離婚すれば多くの場合、子供と同居する親が親権を取り、もう一方の親は子供に会えない状況になりがちだ。家庭内暴力(DV)などの理由で逃げる親もいるので、必ずしも子供を連れ出したほうが悪いとは言えないが、海外では「子供を誘拐した日本人の親は犯罪者」と紹介されることが多く、大きな社会問題になっていた。

20年7月には欧州議会が、日本人の親による「子供の連れ去り」を懸念し、共同親権に向けた法改正などを求める対日決議を採択。国境を越えた子供の連れ去りが発生した場合は元の居住国に返すことなどを定めたハーグ条約の履行も求めた。

欧米諸国では一方の親が他方の親の同意を得ずに子供の居所を移動させることは誘拐行為で、重大な犯罪だ。しかし、日本では違法な行為とされていないことで批判を浴びた。また日本では離婚後に片親にしか親権が認められないため、別居親は子供に会えないと欧米では理解された。

不勉強な海外マスコミのせい

実際は、親権と子供に会う権利(面会交流権)は別のものだ。家庭裁判所で手続きをすれば面会交流ができると知らないか、知っていても手続きをしなかった外国人の別居親がいる。そうした点が、欧米の人々に対してきちんと説明されなかったことが誤解につながった。

それは完全に海外マスコミのせいだと、私は思うようになった。私も含めて日本の民法について不勉強だったり、文化の違いを理解していない記者が、「日本には共同親権がないから離婚後、別居親と子供の関係が崩れる」と説明してしまった。

日本で共同親権についての議論が本格的に浮上した際、私は反対派の意見をよく聞き、フランスの親権と日本の親権の意味を勉強した。その結果、「日本も共同親権を導入したほうがいい」という私の意見は180度ではないが、一部変わった。日本での共同親権と、われわれ欧米人が思う共同親権の中身が違うからだ。

フランスの場合は「親が別れても親権は変わらない」、つまり共同親権が原則で、単独親権は極めて例外だ。また、別居親の親権には面会交流権も含まれる。そのためDVや虐待を理由に家庭裁判所の判断で親権を失った別居親は、面会交流権も失う。

日本では親権と面会交流権は別々の権利

共同親権があっても行使が困難な場合は、裁判所が日常の親権行使を同居親の単独に制限できる。その際も面会交流権は残るが、子供にとってリスクがある場合は裁判所の判断でその権利を停止する。

日本では、親権と面会交流権は別々の権利だ。それを理解せず、共同親権になれば自動的に面会交流権も得られると考えた外国人が多かったと思われる。だから、日本政府に「共同親権を導入してほしい」という海外からの強い圧力があったのではないか。

5月に成立した改正法はその点に関して曖昧だ。親権に面会交流権が含まれているかどうかが分かりにくいし、そのことで争いが起こるリスクが高い。

共同親権の反対派は、家庭裁判所が共同親権が妥当と判断すれば、離婚後もDVや虐待が継続してしまうことを危惧する。「DVや虐待がある場合は裁判所が単独親権にする」と政府は反論するが、本当にそうなるかは不安だ。ここが主な問題だと思う。DVがあったと証明することは難しいし、実際の状況を判断するために調査が必要だが、日本ではDV対策が明らかに不十分だ。裁判所が間違って判断するリスクを否定できない。

その問題を解決せずに共同親権を可能にするのは、女性や子供の安全への脅威であると認めないといけない。一方で「嘘のDV告発をされた」と訴える男性もいるので、しっかり調査ができればそうした例も減らすことができる。DV対策やDVの立証方法を強化することが急務だろう。

日本では離婚後、家庭裁判所の判断で面会交流権を得た別居親に子供を会わせない同居親がいたとしても、罰則がない。それが多くの国との大きな違いで、誤解が生まれた原因の1つと考えられる。

グローバル化の限界が露呈

フランスの場合、親権を持つ別居親はDVや虐待の犯罪歴がない限り、面会交流権も持つ。同居親の一方的な都合で別居親の面会交流権が守られなければ、別居親は被害届を出すことができる(同居親は最大で懲役1年または1万5000ユーロの罰金が科される可能性がある)。

日本の状況は大きく異なる。厚生労働省の調査(21年)では、面会交流が実施されているのは母子家庭で30・2%、父子家庭で48%にすぎない。日本弁護士連合会の調査(14年)では、調停で合意した親子交流が全くできていない人の割合は44%だ。なぜそうなっているのか、理由を把握することが重要だが、共同親権を導入するだけで状況が改善するとは思わない。

ここまで説明してきた点の背景には、日本と欧米の社会や文化の無視できない違いがある。同時に日本はG7の一国であり、他の加盟国とさまざまな分野で協力し、ハーグ条約などにも署名した。そうした約束を守らないと、国際社会から批判を受ける。

これはまさにグローバル化の限界だと思う。それぞれの国の文化や社会構成は簡単に変更できないので、国際ルールに賛同する前に十分に国内で議論し、適切なプロセスで法律を改正することが重要だ。国際的批判や外圧を止めるために、不十分な議論に基づいて中途半端な法改正をすれば、誰の利益にもならないリスクがある。

今回、「日本でも共同親権が可能だ」と政府は国際社会に対して言えるようになった。しかし共同親権導入の本当の目的が不明のままで、国内外の賛成派からも反対派からも批判が止まらない可能性が高い。親子の交流などについて、根本的な問題解決につながることもあまり期待できない。

改正法の中身は、親権の共同行使と単独行使の境界などが曖昧すぎるから、これからさまざまな具体的なことを決定していくことになる。その段階では、子供の利益を第一に考えてほしい。

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