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イスラエルに根付く「被害者意識」は、なぜ国際社会と大きくかけ離れているのか?

ニューズウィーク日本版 2024年6月10日 15時25分

曽我太一
<社会に内在化されている集団心理の原因、それを支える「社会装置」について。また、イスラエルに対して「親」や「反」で国際社会が分断しないためにすべきこととは>

イスラム組織ハマスによる奇襲攻撃によって、イスラエル社会に共有される根深い「被害者意識」が改めて浮き彫りとなった。

ポーランドの片田舎に人目を避けるように建設されたアウシュビッツの収容施設に立ち入れば、当時ユダヤ人が感じたとてつもない恐怖を強制的に想像させられる。ホロコーストは紛れもない事実であり、虐殺されたとされる600万人というユダヤ人犠牲者の規模はわれわれの想像をはるかに上回る。

国家としてのイスラエルには、この「恐怖」が深く根付く。5月5日、ホロコースト追悼祈念日「ヨム・ハショア」に向けて、イスラエル軍のハレビ参謀総長は声明を出した。

「われわれを滅ぼそうとする凶悪な敵に押し付けられた戦争で、突然終わった全ての命。しかし、今回は違う。ユダヤの民は変わった。無防備で声なき民から、自らの運命を支配し、戦い、誓う民へと変貌した」。この言葉こそが、イスラエル社会に通底する被害者意識だ。

「ホロコーストの灰の中から不死鳥のように蘇った」と自らを形容する社会にはこの意識が内在化され、ハマスやイランなどの敵対勢力が自分たちを滅ぼそうとしていると強く信じる集団心理が働く。この被害者意識は、軍への信頼、そして「正当化」ともつながる。

イスラエルが圧倒的な火力でガザ地区を攻撃していた昨年11月、息子と娘を人質に取られていたイスラエル人の母親に話を聞いた。

その母親は「リベラル」を自任していたが、イスラエル軍の攻撃でガザ市民に大きな被害が出ていることについては、「イスラエル軍は『防衛軍』だから、市民を攻撃することはない」の一点張りだった。

今回の戦争におけるリーダーの評価についての世論調査では、ネタニヤフ首相やガラント国防相を差し置き、回答者の半数がイスラエル軍のハレビ参謀総長を最も高く評価し、軍への強い信頼を物語る。

この意識を共有するためのプラットフォームの1つが徴兵制だ。敵に囲まれるように建国されたイスラエルが、国家の小ささを「挙国一致」の精神で乗り越えるために導入したのが国民皆兵だ。

その国家総動員体制は現在にまで至り、原則すべての国民が人生のある時点で「敵」を共有し、「殺(や)るか、殺られるか」の世界観を学ぶ。

徴兵拒否は国賊だ。最近3人のユダヤ系市民の若者が、ガザでの戦争に反対して徴兵を拒否し、収監された。この若者たちが突き付けているのは、「被害」に端を発する「正義の軍」が、ガザで「抑圧者」となっているという不都合な真実だ。

国外に目を転じれば、将来のリーダーたるアメリカのエリート大学の学生たちはイスラエルを非難する。米クインシー研究所のトリタ・パルシは、「イスラエルの『被害者性』という立場は失われた」と話し、イスラエルを被害者とする見方は薄れていくと指摘する。

しかし、社会に内在する被害者意識、そして、それが建国の正統性ともつながるが故に、普段は冷静なイスラエル人たちがこうした現実を受け止められずにいる。

ユダヤ人はホロコーストにおいて「被害者」だ。今回のハマスの攻撃によって再び「被害者」になったことも明白だ。しかし同時にパレスチナ人からしてみれば、イスラエルは今「加害者」でもある。

イスラエルの被害者意識と、国際社会の大方の見方には大きなギャップがある。

社会に根付く被害者意識に理解を示しつつ、幾重にも重なるトラウマの殻を一つ一つ丁寧に取り除かなければならない。そうすることでしか、国際社会が「親」や「反」などに分断して狂乱するこの紛争を解決し、世界の分断を埋めることはできない。

2024年のホロコースト追悼祈念日「ヨム・ハショア」

Israelis in Tel Aviv and Jerusalem observe Yom Hashoah, Holocaust remembrance day/Associated Press

 

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