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各地の「イランの民兵」が、はじめて対イスラエルの合同軍事作戦を実施した

ニューズウィーク日本版 2024年6月10日 14時7分

青山弘之(東京外国語大学教授)
<ガザ地区のパレスチナ人に対する虐殺への報復として、イスラエル、そしてシリア、イラク領内の米軍基地などを攻撃してきた各地の「イランの民兵」だが、これまで統合的に攻撃をしたことはなかった......>

「イランの民兵」、あるいは「抵抗枢軸」と呼ばれる勢力が6月6日、ハマース・イスラエル衝突が始まって以降初めて、イスラエルに対する合同軍事作戦を実施したと発表した。
 

合同軍事作戦の実施を発表したのは、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称フーシー派)とイラク・イスラーム抵抗だ。アンサール・アッラーは現地時間午後3時34分、Xのアカウント(https://x.com/army21ye/)を通じて以下の声明を発表した。

慈悲深く慈悲あまねきアッラーの御名において
「本当にアッラーの御好みになられる者は、堅固な建造物のように、戦列を組んで彼の道のために戦う者たちである」
パレスチナ人民の正当な権利を擁護し、米英の侵略に対抗するために
イエメン武装部隊は、イラク・イスラーム抵抗との共同軍事作戦を2回にわたり実行した。最初の作戦はハイファー港で軍事装備品を運んだ船舶2隻を標的とした。
2回目の作戦は、占領下パレスチナのハイファー港への立ち入り禁止命令に違反した船舶1隻を標的とした。これらの作戦は、無人航空機によって行われ、アッラーの加護によって正確に成功した。
ハイファー港での共同作戦は、ラファ地区でのイスラエルの敵による虐殺に対する報復として行われた。敵イスラエルは、今後も共同特殊作戦が続けられることを予期せねばならない。これらの作戦は、イスラエルが残虐で野蛮な攻撃を止め、ガザ地区における我らが兄弟への包囲を解除するまで続く。
イエメン武装部隊は、すべてのアラブ諸国の軍に対して、パレスチナ抵抗運動を支援するための作戦に参加するよう呼びかける。これは、パレスチナ人民に対する宗教的かつ人道的な義務である。
アッラーは我々の守護者にして最善の後見者である。

بيان القوات المسلحة اليمنية بشأن تنفيذ عمليتين عسكريتين مشتركتين مع المقاومة الإسلامية العراقية الأولى استهدفت سفينتين كانتا تحملان معدات عسكرية في ميناء حيفا، والثانية استهدفت سفينة انتهكت قرار حظر الدخول إلى ميناء حيفا. pic.twitter.com/fpb1pJ84Tj— العميد يحيى سريع (@army21ye) June 6, 2024

「イランの民兵」はシリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称

一方、イラク・イスラーム抵抗も午後5時49分、テレグラムのアカウントを通じて以下の声明を発表した。

慈悲深く慈悲あまねきアッラーの御名において
「本当にアッラーの御好みになられる者は、堅固な建造物のように、戦列を組んで彼の道のために戦う者たちである」
偉大なるアッラーの言葉に偽りなし。
占領への抵抗における我々の路線を継続し、パレスチナにおける我らが住民を援助し、簒奪者政体が子供、女性、老人といった民間人に対して行う虐殺への報復として、イラク・イスラーム抵抗は、イエメン武装部隊と合同で、ハイファー港において、無人航空機による2回の軍事作戦を実施した。
イスラーム抵抗は敵の拠点を破壊する作戦をこれまで以上の頻度で継続することを確認する。

「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラク・イスラーム抵抗を主導するヒズブッラー大隊やヌジャバー運動などが所属するイラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団、などを指す。シリアでの紛争に直接関与はしていないが、アンサール・アッラーも「イランの民兵」に含まれるものとみなされている。

「イランの民兵」の攻撃は、統合的に行われることはなかった

シリア政府側は、シリア内戦の文脈において、これらの組織を「同盟部隊」と呼ぶが、それらは対イスラエル抵抗闘争の文脈において「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、パレスチナ諸派そしてイランからなる陣営の一翼を担っていると見ることができる。

ハマース・イスラエル衝突が始まって以降、「イランの民兵」が、ガザ地区のパレスチナ人に対する虐殺(あるいはそれへの支援)への報復として、イスラエル、そしてシリア、イラク領内の米軍(有志連合)基地、さらには紅海、インド洋の米軍艦船への攻撃を繰り返してきたことは周知の通りだ。だが、各組織の攻撃は、統合的、あるいは同時的に行われることはなかった。

 

「イランの民兵」諸派の作戦が、綿密な調整のもとに実施されていたかどうかは定かではない。だが、イスラエルや米軍に対する攻撃は、例えば、シリア領内でイラン・イスラーム革命防衛隊の顧問がイスラエル軍の標的となった場合は、イランではなく、イラク・イスラーム抵抗、ヒズブッラー、あるいはアンサール・アッラーが即応するというように、波状的、かつ限定的に行われてきた。イスラエルの攻撃に対して、真正面から対峙し、報復を躊躇しないのは、ヒズブッラーくらいで、それ以外の組織は、イスラエル(あるいは米軍)との直接戦闘が持続するのを避けることで、ダメージの軽減を図るとともに、紛争全体のエスカレーションを回避しようとしてきた。

その意味で、アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗が公然と合同軍事作戦の実施を宣言したのは、その戦果がどうであれ、ハマース・イスラエル衝突への干渉における戦術面での変化(の予兆)と解釈することもできる。

アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗の合同軍事作戦は、両組織の声明を見ると、イスラエルによるパレスチナ人への攻撃、とりわけガザ地区のラファなどに対する攻撃への報復として位置づけられている。6月6日には、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営するガザ地区中部のヌセイラットの学校が爆撃を受け、ガザ地区保健省の発表によると、子供や女性を含む40人が死亡、70人以上が負傷した。

シリア北部へのイスラエル軍の爆撃に、報復を示唆

また、6月3日には、シリア北部のアレッポ市の北西約10キロの距離に位置するハイヤーン町一帯がイスラエル軍の爆撃を受け、イラン・イスラーム革命防衛隊の顧問で精鋭部隊の司令官でもあるアスアド・エブラールを含むイラン人2人、シリア人9人、イラク人3人、ヒズブッラーのメンバー3人の17人が殺害された(「イスラエルがシリアを攻撃し、イラン人ら死亡、近くにはS-300が配備されているとされるロシア軍拠点も」Yahoo! JAPANニュース、2024年6月4日)。

この攻撃に対して、イラン・イスラーム革命防衛隊のホセイン・セラーミー司令官(少将)は6月5日、「シオニストどもは、この攻撃で流れた無実の人々の血に対する代償を払わされることを学ばねばならない。彼らは報復を待たねばならない」と述べ、報復を示唆していた。

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍によるシリアへの攻撃は、今年に入って44回目(うち32回が航空攻撃、12回が地上攻撃)で、これにより92あまりの標的が破壊され、軍関係者165人が死亡、69人が負傷している。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。
・イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):23人
・ヒズブッラーのメンバー:33人
・イラク人:15人
・「イランの民兵」のシリア人メンバー:44人
・「イランの民兵」の外国人メンバー:10人
・シリア軍将兵:40人

また、民間人も13人(女性2人と子供1人を含む)が死亡、20人あまりが負傷している。
こうした状況を踏まえると、アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗の合同軍事作戦は、シリア領内で繰り返される「イランの民兵」を狙った攻撃に対抗するための新たな戦術と見ることもできる。

だが、その一方で、アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗を除く「イランの民兵」、あるいは「抵抗枢軸」は、イスラエルに対して統合的な軍事攻撃を行おうとしてはいない。

ヒズブッラーは、5月31日のレバノン南部に対するイスラエル軍の爆撃で女性や救急隊員が殺害されたことへの報復として、6月1日にはイスラエル軍のヘルメス900無人航空機を撃墜するなどして攻撃を強め、対するイスラエル軍も6月3日にヒズブッラーの増強部隊のアリー・フサイン・サブラを暗殺するなどして対抗していた。だが、6月6日に入ると、ヒズブッラーは、紛争全体がエスカレートするのを嫌うかのようにイスラエル北部への攻撃の強度を若干緩和した。

 

シリア政府も、その武力の矛先を、イスラエルではなく、イスラーム国に向けることで、不関与の姿勢を継続しようとしている。

シリア領内では、ロシア軍が6月に入ってから、米国の占領下にあるヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域、通称55キロ地帯からヒムス県やダイル・ザウル県の奥地に潜入していた「テロリスト」の基地を破壊したとの発表を繰り返すようになっていた。6月6日、ロシア軍の支援を受けるスハイル・ハサン准将率いるシリア軍第25特殊任務師団や、バッシャール・アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将が実質司令官を務める第4(機甲)師団が、ロシア軍の航空支援を受けて、55キロ地帯に至る南東部砂漠地帯でイスラーム国の掃討を目的とした大規模作戦を開始した。

イスラエルがガザ地区においてハマースを無力化するまで、攻撃を停止することはなく、また、イスラエルに武力をもって対峙する唯一の勢力である「イランの民兵」も、欧米諸国で戦闘停止を訴える活動家も、攻撃を抑止する能力を持たない、という焦燥感は、専門家の間では半ば常識となっている。

こうしたなかで、「イランの民兵」は、一方でイスラエルに対する強硬姿勢を維持しつつ、他方でハマース・イスラエル衝突後を見据えた抵抗闘争の継続のありようを模索しなければならない。イスラエルへの敗北を印象づけるような全面対決は、こうした中長期的戦略には資さないのである。



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