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手に負えないのはADHDだから? 家族に順位を付け、父親を「君づけ」で呼ぶ不登校小6男子の場合

ニューズウィーク日本版 2024年6月17日 16時0分

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<忘れ物が多く、自分勝手で、周りに迷惑をかけても謝らない。次第にクラスで孤立し、副校長先生に叱責されたのを機に「つまらないから」と不登校に。家では父親を「君づけ」──手に負えないのはADHDだから?>

昨今、発達障害や精神疾患が広く取り上げられるようになった。

注意欠陥・多動性障害(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、うつ病、摂食障害──ネットで病名を検索すれば膨大な情報がヒットし、書店には専門のコーナーが設けられている。

知識を得て、「うちの子もそうに違いない」と思い込み、子育てに悩む親が子どもを伴って病院に足を運ぶことも珍しくなくなった。なかには、期待した診断を得られずに医療機関を転々とするケースもある。

ただ、病名を知っても事態が好転するとは限らない。精神科医の関谷秀子氏は「病名をつけて安心してしまってはいけない」と警鐘を鳴らす。

「精神疾患の情報は世間に溢れていますが、難しい時期とされる思春期にあっても、心の不調の背景には、子どもの身近な存在である親との関係や両親の夫婦関係の問題が隠れていることが多いのです」

『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時 親がすべきこと』(中公新書ラクレ)には、関谷氏が実際に診察の場で出会った14人の思春期の子どもと、その家族のエピソードが綴られている。

ここでは、第10章「落ち着きがない。忘れ物が多い」(父親を「君づけ」で呼ぶ小6男子)を抜粋して紹介する。

◇ ◇ ◇

注意欠如・多動性障害(ADHD)とは不注意、多動性、衝動性の3つを主症状とします。行動の制御に関連する神経生物学的な障害ともいわれていますが、まだ原因ははっきりしていません。

不注意とは「勉強に集中できない」「忘れ物が多く、頻繁に物をなくす」「宿題の提出を忘れる」「提出期限に間に合わない」などです。多動性は「落ち着きがない」「じっと座っていられない」、衝動性とは「自分の順番が待てない」「黙っていることができずしゃべり出す」「ほかの人の邪魔をする」などの行動を指します。ADHDと診断するには、これらの症状が家庭や学校など2つ以上の状況で存在することが必要です。

また、多動性や衝動性の症状は、2~3歳から始まって、幼稚園、小学校低学年頃に顕著となり、思春期、青年期には改善することが多くあります。一方で、不注意の症状は成人になっても残ることがあります。

母親のウソで「もう二度と病院には行かない」

J君は小学6年生です。5年生の頃から、授業中に友達にちょっかいを出して邪魔をしたり、友達の図工の作品を落として壊したり、宿題を忘れたりすることが多くなっていきました。校内ランニングや合唱練習など、自分がやりたくないことがある日は、わざと遅刻したり、サボッたりもするようになりました。

先生に注意されると、口答えをしたり、茶化(ちゃか)して逃げたりしていました。

自分勝手な行動、それに周囲に迷惑をかけても謝らずに威張っていることなどから、クラスの中でも次第に孤立していきました。

ある日、副校長先生に強く叱責されたことをきっかけに、「学校はつまらないから、もう行かない」と家でゲームをしているようになりました。

「忘れ物が多く、落ち着きもない。ADHDではないか。専門医を受診するように」と養護教諭から言われ、クリニックに両親が来院しました。

J君の姿はありません。両親は「本人は、絶対に受診はしない」と断言しました。

それには、こんな背景がありました。

養護の先生から、ADHDと指摘されたことにショックを受けた母親は、すぐに母方の祖父に相談しました。そして、祖父が選んだ医療機関にJ君を連れていったそうです。

このように、母は困ったことがあると、夫ではなく自分の父親を頼りにすることが多かったようですが、問題はそのやり方でした。

母親はJ君に「自分が病院へ行くので、付き添ってほしい」とウソをついたのです。

それは本人に余計な心配をさせず、速やかに受診させるためという、祖父のアドバイスでした。

ところが、母親の付き添いのつもりで病院に行ったJ君自身が、「まずADHDの検査を受けて、その結果次第で薬を飲むか、カウンセリングを受けるか」と医師から言われました。

騙(だま)されたことを知り、「もう二度と病院には行かない」と宣言したそうです。J君が驚き、怒り、病院に対する反発心を覚えたのも無理はないかもしれません。

そこで、私は両親から詳しい話を聞いていくことにしました。

自分で注文した料理を「やっぱりおいしくなさそう」と父親に食べさせる

J君は両親と姉の4人家族で育ちました。以前は、家族で2LDKのマンションに住んでいましたが、小学4年生になったとき、母親の実家、つまり祖父の家の敷地内に家を建てて、そこに住むようになりました。その地域の名士だった祖父が高齢になったため、一人娘の家族と近くに住むことを望んだためでした。

ちょうど父親の仕事がうまくいっていないタイミングだったため、経済的な理由もそれを後押ししました。

それ以来、J君一家の生活はガラッと変わりました。

父親は、「祖父母が加わったことで、ひとつの大きな家族のようになった」と説明しました。

まず、大きく変わったのは家族の呼び名です。

祖母が「おばあちゃんと呼ばれたくない」と言い出したため、祖母を「お母さん」、母親のことは「ママ」と呼ばされるようになりました。さらに、いつのまにか、祖父を「ボス」と呼ぶようになりました。

また、祖父母がJ君の父親のことを下の名前で「○○君」と呼ぶため、J君も父親を「○○君」とか「○○ピー」と呼ぶようになりました。

J君の母親は仕事が忙しく、家事があまり得意ではありません。もともと几帳面(きちょうめん)できれい好きな父親が掃除や洗濯、料理を黙々とこなしていました。それだけでなく、妻の実家から経済的な援助を受けている負い目からか、祖父宅の買い物や病院への送迎なども率先して行い、雑用を一手に引き受けるようになりました。

もともとJ君の家では、ゲームは一日1時間半までというルールがありました。

ルールを守ってきたJ君でしたが、次第に祖父宅で何時間もゲームをするようになりました。そのうち、祖父宅に泊まり、朝までゲームをしたり、動画を見たりと、エスカレートしていきました。欲しいゲームがあると祖父と一緒に買い物に行き、好きなだけ買ってもらうようになりました。

外食のときには、自分で注文した料理を「やっぱりおいしくなさそうだから、別の物を食べたい」とわがままを言い、それを見た祖父が「もうひとつ別のものを注文してやれ」というため、J君が最初に注文した料理は、代わりに父親が食べるようになりました。

家族の誰も止めない増長ぶり

祖父は絶対的な存在であり、どんなにJ君を甘やかそうと、両親は異論を唱えることができませんでした。そのため、J君はいつも祖父を使って自分のわがままを通すようになり、自分の両親との約束はなんとも思わなくなっていきました。

家の中で一番偉いのは祖父で、二番目は祖父に溺愛されている自分。さらに祖母、母親、父親と順位付けをしていました。

キャッチボールをしていたとき、「そろそろ終わりにしよう」と言った父親に腹を立て、庭のホースで水をかけたこともありました。それでも、気弱な父親が自分の息子を叱責することはありませんでした。父親だけでなく、家族の誰もJ君の増長を止めません。

欲求をすべて満たし、「自分は父親よりも偉い」と考えていたJ君でしたが、一方で「いつかしっぺ返しがくるかもしれない」という恐れや怖さが心の中に生じるようになっていました。

それまで大きな問題もなく勉強や運動に取り組んできたのに、祖父の家の敷地内に引っ越したことをきっかけに、世代間の境界が混乱し、J君の家族の秩序は壊れ始めました。

年齢相応の我慢や努力をせず、幼児的な欲求を通し続けてきたことで、学校でも自分勝手な行動を繰り返し、やがて不登校につながってきたことは理解できました。

不注意や多動性、衝動性とされた症状も、環境の変化の影響が大きいだろうと私は考えました。そこで、今の混乱した家族関係を整理し、J君に対して年齢相応の対応をするための親ガイダンスを提案し、両親もそれを希望しました。

祖父を使って両親との約束を破ること

親ガイダンスでは、祖父への対応が重要なポイントになりました。

J君は「虎の威を借る狐(きつね)」状態であり、祖父の権威を借りて父と母を言いなりにさせて幼児的な欲求を満足させていました。わがままで我慢のきかない、自分勝手な幼児のようになっています。このままでは、年齢相応の努力や我慢を学ぶことができず、友達とも対等な関係が築けなくなるはずです。

そして私は、「祖父を使って両親との約束を破ることは、J君の心の中に満足感とともに恐れや罪悪感も生み出すことになります」と伝えました。ここを解決しないと、将来、J君自身が困難を背負い込むことになることも話しました。

父親は、「祖父として、Jのこともかわいがってくれるし、我々も経済的に世話になっています。だから、今まで文句を言ったことはありませんでした。でも、考えてみれば、Jも両親と祖父とをどう位置づけたらいいのか、混乱していたと思います」と話しました。

母親は、「私が子どもの頃から、父はいつも正しかった。だから、私自身も何でも相談してきました。今では、Jは自分のことを『プチボス』と呼ぶようになって、父親よりも偉そうにしています。一方で、夫は私の父を立ててくれていましたので、この家族は私の父が中心でいいと思ってきましたが、Jにとってそれではいけないことが理解できました」と話し出しました。

食事どきの上席も、父親に譲るように

J君の将来のためには、教育方針について、祖父の考えではなく、両親が決めたルールに合わせて、祖父にも協力してもらう必要があります。私は、その協力を祖父に頼むことを両親に勧めました。すると、父と母は顔を見合わせ「やっぱりそこが問題か」と腑(ふ)に落ちた様子でした。

そして、早速、J君の両親は「クリニックでアドバイスを受けた」と祖父と話し合いをもちました。かねてから不登校になったJ君を心配していた祖父は、その提案をすんなりと受け入れました。J君が「テレビを見るために、ボスのところに泊まりにいきたい」と言っても断ったり、「両親の承諾を得てからにしなさい」と諭したりするようになりました。

私は親ガイダンスで、J君の成長にとっては、祖父ではなく、両親の役割が主体となるべきであることを説明しました。J君についての大切なことは父と母が話し合って決定し、それを本人に伝えるということです。子どもが何かを要望しても、それが妥当なものなのか、それともわがままなのかも、きちんと親が区別するべきと伝えました。

さらに、両親の関係についても話をしました。

自分の夫が家事や自分の親の送迎をしてくれることについて、妻として感謝の気持ちがあるのなら、それを言葉で伝えることを勧めました。母親が父親を大切に思っていることを目(ま)の当たりにすることも、子どもの成長にとっては重要なことなのです。

また、以降は父とJ君が一緒に過ごす時間を増やすように助言しました。

それまでは祖父と出かけることが多かったJ君でしたが、父親と一緒に買い物に行ったり、公園でキャッチボールをしたりすることが増えました。

食事のときの席次も変えたようです。

以前は、J君が祖父の隣で食事をしていましたが、母親の提案でその場所には父親が座るようになりました。

J君の両親は親ガイダンスにも意欲的で、自分たちの行動を変えていく力に富んでいました。自分の思いどおりにならないことに戸惑ったJ君が、祖父の助けを得ようとしたこともありました。当初は、従来のパターンが繰り返されてしまうこともありましたが、両親、それに祖父も自覚していたことで、徐々にそれが減っていきました。

それとともに、J君の自分勝手な行動はおさまっていきました。やがて、保健室登校を経て、約9か月後には再登校するようになりました。

不安に駆られると、親はドクターショッピングに

今回は、両親、それに祖父との関係が一番の焦点になりましたが、忘れてはならないのは、J君を受診させるために母親がついたウソでした。J君にとって「親にウソをつかれた。騙された」という経験になってしまいました。

子どもは親に「同一化」して成長していきます。「親の振り見て我が振りにする」わけです。親は子どもにウソをつくことが、どんな結果をもたらすかをよく考える必要があります。「どうせ、わからないだろう」と高をくくっても、子どもは案外よく親を観察しているものです。

また、不安に駆られた親が、次から次へと医療機関をめぐる「ドクターショッピング」に、自分の子どもをつきあわせることがあります。

相性の合う専門医を選ぶことは重要です。しかし無理やり子どもを精神科や心療内科に引っ張っていくのではなく、まずは親が「信頼できる」と判断した上で本人を受診させたほうが、子どもの負担は軽くなるかもしれません。

今回のケースのように、周囲から見れば「おかしい」と思うことでも、その渦中にいる当事者が気付かなくなってしまうことはしばしばあります。

子どもの成長や行動などに関して、家庭の中だけでは解決不能だと思うことがある場合には、専門医を受診することをお勧めします。

J君は忘れ物が多く、日頃の生活に落ち着きがないことから、ADHDを疑われて来院しました。しかし、親ガイダンスによって症状は改善しました。彼はADHDではありませんでした。

最近ではADHDに対する社会の関心が高まって、病名だけが独り歩きをしていると感じることがあります。

「うちの子は全然勉強をしないのでADHDじゃないでしょうか」と心配し、子どもを連れて来院する親御さんがときどきいます。J君と同じように、生まれつきの脳の問題というよりも、子どもが身を置いている環境に対するストレス反応として、ADHDのような症状が起きていることもしばしばあるのです。

症状だけではなく、子どもの気持ちや環境についても、心を配り、理解する必要があるのです。

関谷 秀子(Sekiya Hideko)
精神科医。医学博士。法政大学現代福祉学部教授。初台クリニック(東京・渋谷区)医師。前関東中央病院精神科部長。専攻は児童青年精神医学、精神分析学。思春期の情緒障害の臨床と研究を主な仕事としている。

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 関谷 秀子 著
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