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ウクライナ侵攻後、難民危機と闘う女性たちの「リアル」

ニューズウィーク日本版 2024年6月13日 15時50分

メンディ・マーシュ(NPO「ボイス」代表)、ローレン・メッシーナ(同ウクライナ危機対応地域マネジャー)
<ロシアのウクライナ侵攻以来、弱者の保護に奔走してきた女性主導の支援団体に、もっと敬意と資金を>

2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻したわずか数時間後、難民が国境を越えてモルドバになだれ込み始めた。

モルドバのNPO「拷問犠牲者リハビリセンター・メモリア(RCTVメモリア)」のルドミラ・ポポビチ代表は当時、ルーマニアで癌の治療を受けていた。だが侵攻を知ると、すぐさま仲間と共に仕事に取りかかった。

難民センターに問い合わせたり、フェイスブックのグループを手掛かりにして、病気の子供やハイリスク妊婦など助けが必要な人々を洗い出した。外国のスポンサーからの決して多くない寄付金を使って食料や医薬品を届け、最も弱い立場にある人々には現金を直接渡した。

「次はモルドバがロシアの標的になるんじゃないかと私たちはみな怯えていた」と、ポポビチは言う。「でも、支援を必要とする人がいた」

それから2年余り、RCTVメモリアのような組織は過労と資金不足にあえぎ、多くが破綻の危機に瀕している。ボランティアに過度に依存し、職員は身も心も消耗し、このままでは女性や子供に必要な支援が立ちゆかなくなりそうだ。

国連機関よりも迅速に行動

この世にジェンダーと無縁な紛争は存在しない。紛争で徴兵されるのは主に男性であり、レイプなどジェンダーに基づく暴力が武器として使われる。だがウクライナでは、総動員令が敷かれて18~60歳の男性が出国できないこともあり、難民への影響はほかの紛争以上にジェンダーに大きく左右されている。

これまで国外に逃れた590万人のうち実に80%が女性と子供で、その多くが性的搾取や人身売買、家庭内暴力(DV)に直面している。

筆者らが運営するフェミニスト団体「ボイス」は、侵攻開始から間もなく東欧地域で女性主導の組織と連携。そうした組織が難民支援活動に参加するのに必要な人的・資金的リソースを確保できるよう後押ししてきた。

今年に入ってボイスはウクライナ、ポーランド、モルドバ、ルーマニアの組織にアンケート調査を行い、課題や実情を尋ねた。その結果、ジェンダーに基づく暴力が高い確率で発生していることが報告された。

女性と子供の多くが今も、シャワーやトイレが男女共用で、防犯が甘い避難所で暮らす。また国内外を問わず、家を追われた女性にとっては資金的リソースや就職口が乏しいことも大きな試練だ。

ウクライナ南東部ザポリッジャ州で警戒に当たる兵士(今年5月) UKRINFORMーNURPHOTOーREUTERS

ウクライナでは、多くの学校や企業や保育施設が砲撃で閉鎖され、仕事に就くのが難しい。一方、国外に出れば言葉の壁があり、保育施設は不足し、難民の権利に関する情報は流れてこない。そのため人並みの生活水準を維持するのは困難で、女性は搾取の対象になりやすい。

しかも東欧諸国では、女性やLGBTQI+(性的少数者)への締め付けが厳しくなっている。ポーランド、ハンガリー、ルーマニアでは人工妊娠中絶の権利が制限された。DV被害者支援の予算は削減され、ジェンダー平等を訴える組織は弱体化し、LGBTQI+に対する暴力の増加も懸念されている。

ウクライナ侵攻が始まると、モルドバのRCTVメモリア、ポーランドのマールティンカ財団、ウクライナのNGOフルクラムなど女性主導の組織は速やかに活動範囲を広げた。ボイスのアンケートでは78%が、従来の任務を遂行しつつ人員を増やして活動を拡大したと回答した。

こうした組織が難民支援に手を広げたのは、行きがかり上やむを得なかったからであり、また大規模な国際NGOや国連機関より細かい文化の違いをくみ取り、専門知識と信頼性を生かして迅速に動くことができたからだ。だが人手は足りず、資金援助は途切れがちで、蓄えを切り崩しボランティアに頼るしかなかった。

ウクライナは22年、人道支援金として約300億ドルを受け取った。だがNPO「ジャーナリズムおよび社会変革研究所(IJSC)」の報告書によれば、女性の権利擁護を掲げる組織、運動、政府機関に渡ったのはこのうちの1%にも満たない。

公的援助を受けたくても、煩雑な手続きとやたらと時間を食うお役所仕事がネックだと、回答者は述べた(ある国際NGOは申請者に30もの書類の提出を義務付けた)。

多くの組織や団体は、自分たちの地域ニーズに対応する傍ら、資金援助の申請手続きをする時間の確保に苦労している。国連機関や国際NGOのような大口の資金提供者から信頼されていないと感じることも多い。適切な説明と報告のシステムを持っていないと見なされたり、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する女性の権利)やLGBTQI+の権利に対する姿勢が政治的すぎて、公的支援の対象にふさわしくないと判断されたりする。

ウクライナだけの問題ではない。アフガニスタンからスーダンまで、世界各地の紛争地も同じ状況だ。

ポーランド南部クラクフの倉庫で援助物資を箱詰めする(22年6月) BEATA ZAWRZELーNURPHOTO/GETTY IMAGES

IJSCによれば、援助対象の途上国を拠点とする現地NGOや市民団体には、人道援助資金の2%しか提供されていない。女性や少女がリーダーを務める団体への資金提供はさらに少ない。私たちの調査に回答した団体のうち、今年計画している活動を実施する資金が十分にあると答えたのは、わずか12%だった。

「最大の懸念は、ウクライナでジェンダーに基づく暴力関連のサービスを提供するウクライナ人主導の団体が今年末までになくなること」だと、マールティンカ財団の創設者ナスチャ・ポドロズニャは言う。

筆者らが調査した団体の4分の3近くは、もしリソースがあればジェンダーに基づく暴力の被害者向けサービスを拡大する意向を示した。モルドバのある団体は、「リソース不足のため(ジェンダーに基づく暴力に)効果的に対処できないことがよくある」と訴えた。リソースが提供されても遅すぎるケースもあり、そのため課題が陳腐化したり、被害者が引きこもり、希望を失い、対話に参加しなくなったりする。

国連自身の基準でも、ジェンダーに基づく暴力への対応は資金不足が続いている。この事態は回避できたはずだった。他の紛争や災害と違い、国連はロシアによる侵攻の脅威が高まった14年以来、ウクライナの地元団体との関係を強化していた。ウクライナの近隣諸国でも、活力ある女性のための運動が育っていた。

つまり、国際社会は現地の組織との関係を一気に飛躍させる絶好のチャンスに恵まれていたのだ。その時点で現地の女性運動や団体との関わりを優先し、意思決定プロセスへの積極的参加を促すべきだった。しかし、私たちが調査した女性の権利団体によれば、このチャンスはほとんど生かされていない。

危機にふさわしい対応を

「現地化」の約束にもかかわらず、女性主導の団体は今も蚊帳の外に置かれたままだ。ロシアの侵攻が引き起こした危機は終わっていない。数百万人が周辺地域で避難生活を続け、トラウマと喪失感を抱えたまま、基本的ニーズの確保に苦労している。戦争が終わった後はどうなるのかという疑問も、ウクライナ人にとって依然として大きな問題だ。

ロシアの侵攻開始前、ポポビチ率いるRCTVメモリアは年間300人以上の被害者を支援していた。侵攻後の昨年にはウクライナ難民だけでその10倍、3000人以上の支援を行った。日中は被害者にサービスを提供し、夜間は事務作業を行い、ボランティアを動員し、休暇も週末もなく働いた。

RCTVメモリアはウクライナ難民に関する活動を、単に弱者に必要不可欠なサービスを提供するだけでなく、ウクライナへの帰国後に必要となるであろう心理社会的・経済的な支援を提供する活動へと移行させている。

「彼らはウクライナの最も貴重なリソースだ。故郷に戻り、祖国の再建に貢献する準備をしなければならない」と、ポポビチは言う。

侵攻開始から2年以上、世界はそろそろ危機にふさわしい対応を始める時期だ。最前線で活動する団体にリソースの奪い合いを強いるのではなく、彼らの能力を高め、支援対象のニーズを満たすために必要な持続的で柔軟性のある長期的資金を提供する必要がある。

RCTVメモリアのような団体はウクライナ侵攻前からある。そして、紛争終結後も活動を続けるはずだ。彼らは支援対象のニーズと願望を理解し、そのニーズに応えられるスキルと専門知識を持っている。今こそ国際社会は、彼らにふさわしい敬意と資金を提供すべきだ。

(筆者らの運営するNPO「ボイス」は紛争や災害時の女性への暴力根絶を目指すフェミニスト団体)

From Foreign Policy Magazine

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