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中国が台湾併合する非軍事シナリオを米シンクタンクが公開......日本が核武装?

ニューズウィーク日本版 2024年6月12日 17時23分

一田和樹
<中国が軍事侵攻する可能性は高くなってはいないが、その一方で台湾併合は確実に近づいてきている。最近、アメリカのシンクタンクが発表したその方法とは......>

2年前、アメリカ下院議長のペロシが台湾を訪れた時、中国は強く反応し、一気に緊張が高まった。日本では「中国の軍事侵攻は近い」という主張をよく見かけるようになり、極端な論者は年内の可能性すらあるとした。実際にどうなったかはご存じの通りだ。

筆者は直後から軍事侵攻の可能性は低く、むしろ周辺国(日本、韓国)へのサイバー攻撃とデジタル影響工作が増加する可能性が高いと指摘した記事を寄稿した。今のところ、予想通りになっている。卓抜した分析能力を持っているわけではなく、多くの事実と過去に中国が行ってきたことを考えると、そうなるしかないというだけのことで、前後して欧米の識者の間でも同様の意見がよく見られた。

中国の軍事侵攻の日は近づいているのか?

中国が軍事侵攻する可能性は高くなってはいないが、その一方で台湾併合は確実に近づいてきている。中国は当初から非軍事的手段による併合(あるいは事実上の併合)を目的とした計画も持っており、着々と実行している。併合といっても一足飛びに中国の一部に取り込むわけではなく、さまざまな形態がある。

  

最近、アメリカのシンクタンクが発表したのは、軍事的緊張を高め、逃げ場をなくしたうえで、中国が台湾と平和協定を締結するという方法だ。平和協定を通じて相手に大きな影響を与え、操ることができる目論見である。かつての日米年次改革要望書の拡大版のようなものだ。表向きは相互になっているが、日本からアメリカへの要望は実現せず、アメリカから日本への要望はほぼ必ず実現されていた。私が知る限り、年次改革要望書が日本国内あるいは海外で大きな問題になったことはない(議論はあった)ので、中国にとってよい手本になったのかもしれない。

アメリカのシンクタンクが作ったシナリオでは認知戦が重要な役割を果たす点が従来の同種のシナリオとは異なっている。中国は、「戦闘をともなわない軍事力の行使」と認知戦を組み合わせて台湾、アメリカ、日本、韓国を操ろうとしている。

アメリカのシンクタンクによる非軍事シナリオ

The American Enterprise Institute (AEI) と the Institute for the Study of War (ISW)は、共同プロジェクト Coalition Defense of Taiwan で台湾有事に関する研究を行っている。5月には非軍事による台湾併合の可能性を指摘する「From Coercion to Capitulation」というレポートを公開した。

アメリカを含む多くの国が中国の軍事侵攻の可能性に注目しているが、それは目くらましであるとレポートは繰り返し指摘している。中国はわざと緊張を高め、関係各国に軍事侵攻を警戒させることで有利にことを運ぼうとしている。ロシアとウクライナの戦争、ガザの状況を間に当たりにした各国からすれば、台湾有事で泥沼の事態になるのはできるだけ避けたい。だからといって中国の台湾侵攻を放置することはできない。緊張が高まれば軍事侵攻を想定した準備を進めざるを得ない。

このジレンマによって、アメリカなど関係国が取れるオプションは狭まる。逆に言えば、中国はうまくやれば各国の行動を誘導することができる。中国が仕掛けているのは、戦争にいたらない行動の強制=short-of-war coercion course of action(SoWC COA)なのだとレポートでは分析している。軍事侵攻の可能性を高めることで、相手国の行動を強制しようとしている。

中国が狙っているのは下記の4点で、台湾の抵抗できるだけ少なくし、関係各国の支援や協調行動を抑止しようとしている。一貫してアメリカや日本などの政治家やメディアが、軍事侵攻の脅威に過敏に反応することをうまく利用している。また、北朝鮮にも協力させ、ミサイル発射や核実験を行わせてアメリカ軍の配備を抑止しようとする。

1.アメリカと台湾の関係の見直しを行わせる。台湾に対する飴と鞭で、アメリカと台湾の関係の強化が経済的、軍事的、心理的にデメリットを生むことを思い知らせる。

2.台湾行政機関にインフラ維持能力がないことを知らしめ、不信感を煽る。台湾のインフラをサイバー攻撃などの方法で麻痺させ、不信感を煽る。

3.心理戦、認知戦を展開し、抵抗の意思を削ぐ。

4.アメリカ国民と政治家の台湾支援意欲を削ぐ。

作戦はすでに始まっている

2024年5月の総統選後に、この作戦は開始され、台湾が中国と平和協定を結ぶまで続く。最長2028年までと想定される。「cross-Strait peace commission」を創設し、表向きオープンな対話を通じて、事実上台湾を統制できるようになる。

  

このタイムラインはきわめて具体的であり、生々しい内容となっている。たとえば、2024年中は習近平の台湾統一に向けた演説、軍事演習やリリースで米中戦争の可能性を煽る。その一方で関係省庁は各国国家元首やビジネスリーダーとの会合を行い、軍事侵攻の可能性を否定し、日本、台湾、アメリカによる扇動のために緊張が高まっていると説明するといったことがくわしく書かれている。

日本もたびたび登場する。たとえば、2026年に入ると、靖国神社を訪れた中国観光客と日本人参拝者都の間で争いが起き、中国人観光客を含む数人が負傷する事件が起きる。加工された動画が中国のSNSで拡散し、世界に広がる。中国観光省は日本国内における「反中感情」の高まりを理由に日本への渡航警告を発令。中国外務省は日本を責め立てる。

つい先日、中国人が靖国神社で落書きして騒ぎになった。このシナリオを彷彿させるような事件だ。中国側がこのシナリオを読んだうえで仕掛けている可能性もある。ただ、靖国神社で騒ぎを起こすというのは中国と日本にとって注目を浴びやすく、影響工作を仕掛けやすいというのは今回の事件でも確認できた。

日本が核兵器を開発するという偽情報

こうした影響工作の一方で軍事的脅威を煽り続け、それが最高潮に達する頃に、日本が核兵器開発に着手したという偽情報を流す。

続いて中国は台湾、韓国、日本に対して死傷者がでるほどの軍事的挑発を行い、一触即発の緊張感を高める一方、アメリカ、日本、韓国の対応を妨害するための影響工作を行う。日本だけでなく、台湾も核兵器開発に着手したという偽情報を流布する。ぎりぎりまで緊張を高めたうえで、平和協定締結に動くことになっている。

もちろん、これはあくまでアメリカのシンクタンクが考えたシナリオであって、中国が実際になにを考えているかはわからない。ただ、おおまかな方向として軍事侵攻以外の方法を取る可能性が高いというのは多くの専門家に共通した認識と考えてよいだろう。そのシナリオのひとつとして提示されたものだ。
  

個人的には2022年のペロシの訪台によって、中国がこのシナリオを実行しやすくなったような気がしている。軍事的レッドラインをあげるのはアメリカの過剰な反応を招くリスクがあるので、中国もかなり慎重に行う必要がある。中国にとって、それをやりやすいのは台湾総統選で反中国の総統が当選した後だった。そこではある程度は許容されていた。

アメリカからすると、反中国総統のプラス分は大きいので、中国の軍事的示威行動のマイナスを差し引いてもプラスになるという計算があるのかもしれない。しかし、総統選より2年前先立つペロシ訪台はアメリカからの過剰な反応なしに軍事的レッドラインをあげるチャンスとなり、中国はそれを最大限利用した。これに合わせて、サイバー攻撃や認知戦も前倒しした可能性がある。処理水やPAPERWALLと呼ばれる偽サイトからの情報発信などは台湾併合に向けた動きの可能性がある。

もちろん、日本にとって軍事侵攻を想定した準備は不可欠なのは間違いない。なぜなら短期間かつ少ない犠牲で併合できるなら軍事侵攻の優先度は高くなる。守る側としてはさまざまな可能性に対応した備えが必要なのだ。軍事侵攻を想定したシミュレーションも必要だが、戦闘を伴わない軍事行動と認知戦主体の台湾併合の可能性も検討が必要そうだ。



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