Infoseek 楽天

環境活動ラディカル派の葛藤、パイプラインを爆破しようとする『HOW TO BLOW UP』

ニューズウィーク日本版 2024年6月13日 17時48分

大場正明
<石油企業による環境破壊で人生を狂わされた若い環境活動家たちが、パイプラインを爆破しようとするポリティカル・スリラー......>

気候科学者を両親に持つダニエル・ゴールドハーバー監督の『HOW TO BLOW UP』は、石油企業による環境破壊で人生を狂わされた若い環境活動家たちが、パイプラインを爆破しようとするポリティカル・スリラーだ。

現在の気候運動に批判的な考察を加える評論が原作

その原作は、作家で人間生態学の准教授アンドレアス・マルムが書いた『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』。ただし本書は、タイトルが示唆するような指南書ではなく、社会運動の歴史を踏まえて現在の気候運動に批判的な考察を加える評論だ。

『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』アンドレアス・マルム 箱田徹訳(月曜社、2022年)

気候運動は、これまでの社会運動の伝統を引き継ぐかのように非暴力を絶対視するが、それは歴史を都合よく記憶しているにすぎない。そこでマルムが強調するのが、ラディカル派効果という概念だ。ラディカル派の存在や行動があるからこそ、穏健派が目標を達成する可能性が切り拓かれる。社会運動の歴史はそれを証明しているが、そんな革命的暴力を都合の悪いものとして隠そうとする気候運動は袋小路に陥っている。

  

本書を読んだ監督のゴールドハーバーは、その内容とともに「パイプライン爆破法(HOW TO BLOW UP A PIPELINE)」という、気候運動を挑発するようなタイトルにインスパイアされ、それを映画にすることにした。本書にその方法は書かれていないため、反テロリズムの専門家やパイプラインのエンジニア、環境活動家などに接触して、ディテールを作り込んだ。

そんなアプローチは、原作から離れるように見えるかもしれないが、本作には、この原作がなければ見えてこない世界が切り拓かれている。

爆破を実行するために集う8人の若い男女

物語は、主人公たちの顔見せになる短いオープニングにつづいて、ソチとショーン、マイケル、ドウェイン、テオとアリーシャ、ローガンとロウアンという8人の若い男女が、テキサス西部の荒野にポツンと建つ小屋に次々に集まってくるところから始まる。

彼らのなかには初めて直接顔を合わせるメンバーもいるが、それぞれの役割はすでに決まっていて、すぐに作業に取りかかる。マイケルとショーンは別棟の納屋で雷管を作り、テオとアリーシャはドラム缶に爆薬を詰め、残りのメンバーは爆破を予定している場所に向かい、埋設されたパイプラインまで穴を掘る。準備を整えた彼らは、翌日には爆破を実行するためにアジトを後にする。

現在進行形のドラマは2日に満たないが、そこに主人公たちのフラッシュバックが緊迫のタイミングで巧みに挿入されていく。それらは、彼らの背景を明らかにし、物語を補強するだけではない。挿入される6つのフラッシュバックは、そこに込められた意味によって、3つに分けることもできるだろう。

最初に挿入されるソチとショーンを合わせたフラッシュバックは、このグループの行動の土台になる。

ソチの実家はカリフォルニア州ロングビーチの巨大な石油精製所のすぐそばにあり、彼女の母親は異常な熱波のせいで亡くなった。ソチはシカゴの大学の環境NGOでダイベストメント(資本撤退)運動に参加している。「社会構造を変えるには時間がかかる」と語るNGOのリーダーに対して、企業が打撃を受ける前に気候変動で多くの人々が命を落とすと考える彼女は、直接的なサボタージュ(破壊行動)を提案するが、受け入れられるはずもなく、運動から離脱する。

このエピソードは、マルムの原作にある南アフリカのアパルトヘイトをめぐる運動を踏まえている。その運動については、ダイベストメントが都合よく記憶されているが、それだけでアパルトヘイトを崩壊させることはできなかった。マンデラは成果のない非暴力から方針を転換し、軍事部門を設立し、サボタージュが一般大衆を奮い立たせた。

  

さらに、アジトで準備を終えた主人公たちが、その晩にテロについて語り合う場面にも、同様の視点が埋め込まれている。話題がキング牧師になったときに、ソチは、「テロが効果を上げると、過去を曖昧にして非暴力や黒人霊歌を持ち出す」と語る。この発言も、ラディカル派を抱えていたからこその成果でありながら、非暴力だけが都合よく記憶されることを意味している。

では、もうひとりのショーンは、ソチとどのように絡むのか。彼は環境ドキュメンタリー制作を志望する学生で、ソチと同じNGOで活動していた。本作の冒頭には、パキスタンの大洪水の被害者が数万人に達したというニュースが流れる場面があるが、そうした気候変動による被害を深刻にとらえている彼は、ソチのサボタージュの提案に心を動かされ、彼女とともに行動するようになる。

そんなふたりが、どんなサボタージュを実行するか話し合う場面にも、原作の視点が反映されている。巨大施設を想定するソチは、製油所を提案するが、ショーンは、「巨大すぎる。巻き添えや環境破壊が心配だ。世間から非難される方法はダメだ」と却下し、彼の提案でテキサスのパイプラインに落ち着く。

ラディカル派効果は諸刃の剣

そんなショーンの発言が、もうひとつのポイントになる。先述したラディカル派効果は実は諸刃の剣であり、結果として穏健派にダメージを与えれば負の効果になり、有利に働けば正の効果になる。だから彼らは、後者を狙い、ふたりの人物を探し当てる。

そのマイケルとドウェインそれぞれのフラッシュバックでは、土台につづいて計画が具体的に示される。ノースダコタ州に住むマイケルは、掘削業者によって居留地を蹂躙されたネイティブアメリカンで、独学で爆弾作りを身につけた。テキサス州に住む労働者ドウェインは、公共利用のための政府による土地収用という名目で石油会社に先祖から受け継ぐ土地を奪われた。

地元のパイプラインを熟知するドウェインは、ソチとショーンが出した条件を満たす場所を見つけ出す。その条件とは、事故で片づけられないように標的を二か所にすることと、破壊しても石油が溢れない、大地を汚さないことだ。

ラディカル派の立場や葛藤を多面的にとらえる

本作は、この3つのフラッシュバックで計画が明確になり、必要な人手を考慮しなければ、あとは実行するだけのように見える。では、残り3つのフラッシュバックはどんな意味を持つのか。

そこには、ラディカル派効果に対するゴールドハーバー独自の解釈が盛り込まれているともいえる。ヒントになるのは、マイケルがなぜか雷管を3個用意したことや、残っているのがほとんど女性の登場人物のフラッシュバックであることで、計画を締め括るのに女性が重要な役割を果たすことになる。

ゴールドハーバーは、ラディカル派の立場や葛藤を多面的にとらえ、彼らの行動が気候運動にどんな影響を及ぼすのかを私たちに考えさせる。

(c) WildWestLLC2022
6月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開


この記事の関連ニュース