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フィンランドが「世界一幸福な国」でいられる本当の理由...国民の安全を守る「国防」の現実

ニューズウィーク日本版 2024年6月18日 19時43分

山田敏弘(国際ジャーナリスト)
<約1300キロにわたってロシアと国境を接するフィンランドの「国防」に対する意識の高さを、ストゥブ大統領がアジアメディアとは初となるインタビューで語った>

北欧のフィンランドと言えば、何をイメージするだろうか。

サウナ、オーロラ、サンタクロース、トナカイ、キシリトール、ムーミン──どれもフィンランドの名物であり、日本人にも馴染みのあるものが少なくない。

そんなフィンランドは、毎年のように、数々の世界的なランキングで上位に名を連ねている。国連が発表している「世界幸福度ランキング」では、2018年から7年連続で第1位を獲得。社会の安定感や信頼感、透明性、自由度などが評価され、世界で最も幸せな国に選ばれている。

そのほかにも、「SDGs達成度」が世界1位、「メディアリテラシー指数」も世界1位、「欧州デジタル経済社会指数」も1位、世界131カ国のイノベーション能力を測るグローバル・イノベーション・インデックスの「ビジネス環境」で4年連続の1位を獲得している。さらに、「腐敗が最も少ない国ランキング」で世界3位、国際報告書で「男女の格差が少ない国」は世界2位、「男女平等ランキング」も世界3位、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の国際比較では世界3位となっている。

フィンランドは幸福度ランキングなど数々の世界的なランキングで上位に名を連ねている。出典:フィンランド大使館

多くの指標で世界1位となるフィンランドの幸福度を支えるもの

とにかく、国民の国に対する満足度も高いことがわかる。ただ、なぜ幸福度が高いのだろうか。世界幸福度ランキングで50位にも入らない日本(2024年は51位だった)に暮らす者として、国民が世界で一番、幸福に感じているという国の秘密を知りたくなった筆者は、フィンランドに飛んだ。

今回、フィンランドは初の訪問だったが、そこで目にしたのは、「幸福」という言葉から想像しにくい意外な現実だった。実は、フィンランドが安定した国で、国民に満足感を与えている大きな理由のひとつには、「国防意識」の高さがあったのである。

フィンランドは2023年4月に、欧州の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)に加盟した。その背景には、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻がある。ロシアと約1300キロの国境を分けるフィンランドの国民が、ロシアの強引な軍事侵攻に対して危機感を覚えたことは言うまでもない。

事実、ロシアのウクライナ侵攻後、国民の90%がNATOへの加入に賛成し、NATOの作戦にフィンランド軍を送ってもいいと答えている。さらにフィンランド国民の98%は自分の国を守りたいと答えており、この割合は世界でも3位に高く、欧州では最も高いという。NATO加盟に支持が高いのは、国民が安心や幸せを感じるのに、国を守る必要があると考えたからに他ならない。

筆者は今回、フィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領にインタビューすることができた。アジアのメディアとしては初のインタビューになる。そこで、すでに世界一幸せな国が、なぜ軍事同盟に加盟するのか、その理由を聞いてみた。

ストゥブ大統領は、「国の安全保障が幸福につながっているなら、NATOに加盟するのは当然だ」と述べる。国民の幸福の鍵の一つに国防意識があるということだが、ストゥブ大統領は「私たちにとって対外的な安全保障政策は実存的なもの」であり、「幸福度はかなり主観的なものだが、NATOの枠組みの中で活動できることに加えて、教育、自然、信頼、福祉、一人当たりのGDPなども要素になる」と話した。

インタビューに応じたフィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領

フィンランドは国を守るために「包括的安全保障」という安全保障戦略を提唱している。その戦略では、「リーダーシップ」「世界とEUの活動」「国防能力」「国内治安」「経済、インフラ、供給源の安全」「国民やサービスの機能的能力」「心理的回復力」の7つの要素が鍵となっており、これらがダイアモンドの形を作って相互につながっていくことで国家の安全保障を包括的に守っていくことになる。

フィンランド国防省の安全保障委員会のペッテリ・コルヴァラ事務局長は、「これら7つの機能を、あらゆる状況下において維持する必要がある。つまり、日常業務でこれらを実行し続けることで、すべての潜在的な脅威に備え、必要に応じて脅威に抵抗し、それが現実のものとなったときに脅威から回復できるようにするのも大事だ」と語る。

フィンランド国防省安全保障委員会のペッテリ・コルヴァラ事務局長

隣国の旧ソビエト連邦(ロシア)の存在

フィンランドの「包括的安全保障」は、もともと隣国の旧ソビエト連邦(ロシア)の存在によって形作られてきた。「私たちの社会全体のモデルは歴史に深く根ざしている。第2次大戦後から冷戦時代にも独立して安全保障を守る準備を続け、それを包括的安全保障に昇華してきた」と、コルヴァラ事務局長は語る。

東欧地域では1991年のソビエト連邦の崩壊で脅威状況が一変した。旧ソ連の国々が独立し、それぞれが欧州の西側諸国との関係で立場を示す必要が生じた。その変化は1917年から独立国だったフィンランドにもおよび、フィンランドは1995年にEU(欧州連合)に加盟。それまで築いてきた独自の安全保障政策から、より欧州諸国と相互に結びついた安全保障にシフトし、2023年にはロシアの軍事活動を受けて、国民の求めに呼応してNATOに加盟した。

「世界一幸せな国」の実像として意外に思うかもしれないが、こうした国防意識は深く社会にも根付き、国民に安心を与える材料となっている。その一例は、シェルターの存在が挙げられる。

人口550万人のフィンランドには、5万500カ所のシェルターが存在し、有事の際には合計で480万人を収容することができる。そのうちの公共シェルターは約200カ所。シェルターの91%がミサイルなどの攻撃にも耐えうるもので、83%はガスや放射線に対しても安全だという。

フィンランド国民の安全を守る公共シェルター

筆者が訪問したヘルシンキ市内の140戸ほどの集合住宅では、法律でシェルターの設置が義務付けられている。平時には住民のロッカールームとして機能し、ミサイル攻撃や武力侵攻など国外からの脅威が迫った場合にはすべての住民を守るシェルターとなる。有事の際には国内のすべてのシェルターが72時間以内に完全に使えるようにする必要がある。

「そのために、毎年業者が来て、シェルターの機能を維持するためにチェックをして、もしもの場合に備えています」と言うのは、この集合住宅で住民代表を務めるオスカリ・オヤラ氏だ。

「有事の際に避難する人のために、仮設トイレも設置されていますし、シャワーを浴びることができるテントも用意されています。シェルター内の空気を交換するための独立した換気口も設置されている。また、放射能汚染に備えて、避難民全員が摂取できる安定ヨウ素剤も常備しています」

フィンランドの街中には、自治体が保有する大規模な公共シェルターも存在する。そのうちの一つ、ヘルシンキ市メリハカ地区のシェルターは、地下30メートルほどにある岩盤を掘削して作られたものだ。

フィンランド国民を守るシェルター内部の様子

フィンランド国民の安全を守る公共シェルターの内部

広大なシェルター内を歩くと、空気がひんやりとしているのがわかる。ヘルシンキ市救助局のコミュニケーション・スペシャリスト、ニナ・ヤルヴェンキュラ氏は、「ここでは、有事の際には6000人ほどを収容できます。住民だけでなく旅行者でも外国人でも分け隔てなく受け入れます」と話す。

平時ではそのシェルターのスペースは民間企業に貸し出されており、スポーツジムやホッケーなどに使える広いコートになっていた。

国外からの脅威に対するこうした備えが、フィンランド人の心の安寧に寄与している。国の安定には国防意識による準備が欠かせないことをフィンランドから学ぶことができるだろう。

すぐ隣のロシアからミサイルが飛んでくるかもしれない不安に対して、国民はシェルターなどの設備を整えることで安心感をもてる。翻って、北朝鮮から頻繁にミサイルが飛んでくる日本にはどのような備えができているのだろうか。

ミサイルが発射されると、けたたましく全国瞬時警報システム(Jアラート)などが鳴り響き、「建物の中、又は地下に避難してください」と呼びかけられているが、住民はどこに逃げればいいのだろうか。公共シェルターの設置や放射能対策のヨウ素剤の備蓄などについては国が具体的に議論している様子はない。

「シェルターがあることで、生活において安全さを感じることができる」と、集合住宅の住民代表のオヤラ氏は言う。

フィンランドと違い、日本には「平和」憲法が存在する。専守防衛で、日本は戦力をもたないことで平和を維持しようとしてきたが、「幸せの国」フィンランドでは、そんな日本の防衛や安全保障へのアプローチをどう見るのだろうか。

日本の平和憲法についてストゥブ大統領が語ったこと

日本の平和憲法についても語ったストゥブ大統領

ストゥブ大統領にそれをぶつけてみた。「(日本の)国際関係論の外交・安全保障政策に関する考えは、第二次世界大戦の経験に根ざしていると思います。ですから、比較するならドイツと日本を比較すべきでしょう。良くも悪くも両国は第二次大戦後の驚くべきサクセスストーリーだと思います。日本には平和憲法があり、同時にアメリカからの国家の安全を保障してもらえる。かなりバランスが取れていると思う」

筆者はさらに、フィンランド軍の軍事演習に参加した後に、基地内でフィンランド陸軍司令官のマッティ・ホンコ大佐とゆっくり話す機会があった。そこで、国防の現場にいる司令官に同じ質問をぶつけてみた。「日本には平和憲法があるが」と問うと、ベルギーの首都ブリュッセルのNATO本部で勤務経験があるホンコ大佐はこう答えた。「フィンランドに同じような平和憲法があれば、フィンランド軍は国を守れない可能性がある」

今回の取材では、ムーミンやサンタクロースなど穏やかなキャラクターを産んできたフィンランドで、その世界一幸せな暮らしを国防が支えていることがよくわかった。もちろん、大統領の言うように、日本とフィンランドの歴史の違いを鑑みれば、単純に比較するのは賢明ではない。だが少なくとも、日本にとっては、フィンランドが国民に与える幸福度とそれを支える包括的安全保障政策から学べることはあるだろう。日本に対して好意的な国でもあるフィンランドを、日本政府ももっと注目すべきかもしれない。

国民の幸福度の高さの背景には国防意識の高さがあった(写真は船から撮影したバルト海)

フィンランドの街中には、自治体が保有する大規模な公共シェルターも存在する。ひんやりとした広大な内部のスペースは、平時には民間企業に貸し出されており、スポーツジムやホッケーなどに使える広いコートになっているが、有事の際には数千人を収容するシェルターとなる。

フィンランド国民の安全を守る公共シェルターの内部

フィンランド国民の安全を守る公共シェルター



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