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「サウジアラビア v アラブ首長国連邦」中東地域の主導権をめぐる静かなる地政学争い

ニューズウィーク日本版 2024年6月19日 13時12分

アラシュ・レイシネズハド(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス中東センター)、ムスタファ・ブーシェフリ(コロンビア大学グローバルエネルギー政策センター)
<ガザ紛争と地域の平和的共存を目指す動きの水面下で、アラブ世界は今後、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の地理経済的競争に焦点が移って新しい時代を迎える>

イスラエルとハマスの戦争は、平和的共存が地域の新しい潮流になりつつあるなかで始まった。

こうした中東の変化を象徴するのが、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の同盟関係がかつてないほど緊密に見えることであり、それぞれの国で実権を握るムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相とムハンマド皇太子の友好的に見える関係だ。

2017年にサウジアラビアとUAEは、アラブ世界でソフトパワーを拡大しようとするカタールに対抗して断交に踏み切った(21年に和解)。

14年から続くイエメンの内戦では15年に両国が軍事介入を行い、親イランのシーア派武装勢力のフーシ派と対立している。そして、それぞれが中国とロシアに接近し、アメリカとの同盟関係から距離を置いた、より独立した政策を取っている。

ただし、この友愛的に見える同盟関係の水面下で、アラブ世界の主導権をめぐる地政学的争いが静かに繰り広げられている。

まず、外国投資をめぐる大規模な競争だ。09年に湾岸協力会議(GCC)の中央銀行の本部をサウジアラビアの首都リヤドに置くという決定にUAEが反発し、GCCの通貨統合は今も実現していない。

12~22年のUAEの投資流入額の対GDP比はサウジアラビアの約3.5倍に達し、主な多国籍企業の中東本部の約7割がドバイにある。

一方、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で22年に原油価格が高騰し、サウジアラビア経済は8.7%の成長を達成。国内への大規模な資本流入を生んだ。

また、サウジアラビアはペルシャ湾地域に進出している外国企業に対し、自国領内に本社を移転するよう強く迫っている。

サウジアラビア(世界最大の石油輸出国)とUAE(同5位)のエネルギー政治の綱引きは、両国の競争をさらに激化させている。

21年夏には、OPEC(石油輸出国機構)とロシアなど主要産油国で構成されるOPECプラスの減産措置の延長をめぐって両国が公然と対立した。その後、サウジアラビアが主導権を握っていることにUAEが異議を唱え、OPEC脱退を検討するかもしれないという噂が流れた。

経済多角化のビジョン対決

国際社会における威信をめぐる競争では、権威ある国際会議の開催を通じてソフトパワーを増強するために戦略的な投資を重ねている。

サウジアラビアは17年に未来投資イニシアチブ(FII)を設立し、UAEは23年にUNCTAD(国連貿易開発会議)の世界投資フォーラム(WFI)を首都アブダビで開催した。

21年にはUAEがドバイで中東初となる国際博覧会(万博)を開催。サウジアラビアは30年にリヤドで開催する。また、昨年12月にドバイで国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が、今年2月にアブダビでWTO(世界貿易機関)閣僚会議が開催された。

最も重要な競争は、それぞれの国が追求する「ビジョン」戦略に関連するものだ。UAEは10年に国家開発計画「ビジョン2021」を掲げ、多角化を進めてきた。

ハリファ港とジュベル・アリ港を軸とする戦略的イニシアチブを通じて世界的な交通とビジネスのハブとしての地位を獲得し、国営航空会社エミレーツ航空の成功がそれを支えている。

一方、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマンも16年に、経済多角化の野心的なロードマップ「ビジョン2030」を打ち出した。

目玉は紅海沿岸の砂漠地帯に建設する未来都市「NEOM」構想で、地域で傑出したインフラ、交通、テクノロジー、ビジネス、金融のハブを目指す数千億ドル規模の取り組みだ。

サウジアラビアはさらに、23年に政府系ファンドが100%出資するリヤド航空を設立(就航は25年の予定)するなど、海と空の物流のハブに変貌するために1000億ドル以上を投じている。

なかでも、中東・北アフリカ地域で最大規模かつ最も交通量の多い港湾になるとされるジッダ・イスラミック港への巨額の投資を通じ、港湾におけるUAEの優位に挑戦しようとしている。

興味深いことに、イランとの関係改善が、一連の競争を激化させるかもしれない。中国の主導によるイランとサウジアラビアの和解は、サウジアラビアとUAEが地域で共有する主要な脅威を効果的に排除し、ペルシャ湾北部と南部の長年にわたる地政学的対立を緩和した。

この地域は今後、イランとGCCの地政学的競争から、サウジアラビアとUAEの地理経済的競争に焦点が移って新しい時代を迎えるかもしれない。

通商政策では、サウジアラビアが21年7月に、国内の工業生産を強化するために保護主義的な政策を導入。外資奨励のために優遇措置が取られているフリーゾーンで製造された製品やイスラエルからの輸入品を使った製品を、特恵関税の対象外とした。

こうした規制はUAE経済の根幹をなすフリーゾーンに真っ向から挑戦するもので、UAEとイスラエルの貿易関係が発展することに対する明確な反論である。

アメリカの中東政策に打撃

その対イスラエル政策でも、両国の距離が開く可能性がある。UAEは20年にアメリカの仲介でアブラハム合意に署名し、イスラエルと国交正常化を果たしたが、サウジアラビアは署名を見送った。イスラエルとUAEは包括的な経済協定を結ぶなど、2国間関係を強化している。

イスラエルとハマスの戦争は、サウジアラビアとの国交正常化のプロセスを減速させている。しかし、サウジアラビアはアブラハム合意の礎になるべき存在であり、対話は復活するだろう。

ムハンマド・ビン・サルマンがイスラエルとの国交正常化に向けて、特に核開発や安全保障面でさらなる譲歩を探っても不思議ではない。そうした動きは、UAEのムハンマド皇太子の対イスラエル政策に圧力をかけるだろう。

サウジアラビアとUAEの溝が広がるにつれて、互いの「重り」として、ロシアや中国、さらにはイランとの関係改善が加速することが考えられる。その結果、アメリカの中東戦略の有効性が弱まり、アメリカは中東の重要性を再評価することになるかもしれない。

イスラエルとハマスの戦争が勃発したように、サウジアラビアとUAEの地政学的な競争激化が、中東はより平和になるという単純な見方を覆す可能性は十分にある。

From Foreign Policy Magazine

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