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ヒラリーとイヴァンカが巻き込まれたフェイク登記騒動

ニューズウィーク日本版 2024年6月19日 12時0分

冷泉彰彦
<日本に比べるとだいぶお粗末な、アメリカの不動産登記>

日本では、不動産の登記というのは国の仕事です。ですから、売買や相続などで所有権が移転した場合には、法務局が登記を扱います。法務局には国家公務員である登記官がいて、厳密な審査を行って登記を行います。

一方で、アメリカの場合は登記を扱うのは市町村です。その審査のスキルは高くなく、日本と比べると処理の間違いもありますし、また悪意からくるニセの登記が通ってしまうこともあります。

このため、アメリカの場合は登記のミスに対しては制度でカバーするようになっています。例えば、新しく不動産を購入するとします。不動産を買うとなると、それは現在の持ち主から買うわけですが、本当にその人が所有しているかどうかは、登記で確認するわけです。本当に持っていても、担保に差し出されていて、その担保が解除されていないのでは困ります。

その登記が100%信用できない、つまりミスや悪意による誤りがあった場合には、金を払って不動産を買っても自分のものにならない危険があるわけです。そこで、アメリカの場合は「タイトル保険」というのを買います。これは、自分が買った不動産の登記に万が一問題があって、所有権が100%手に入らなかった場合は損失を保険でカバーするというものです。正確に言うと、州にもよりますがこの「タイトル保険」を買わないと不動産ローンは組めないことが多いです。反対に、ローンが実行された後で、登記に問題が出たとしても保険で救済されます。

ヒラリーとイヴァンカが共同所有?

そんなアメリカで、何とも不思議な「フェイク登記」が話題になっています。それは、マンハッタンでも最も著名な高層コンドミニアムである「セントラルパーク・タワー」の127階と128階にまたがる物件についてです。登記の申請内容は、この1億5000万ドル(約237億円)の物件を、共同所有者であるヒラリー・クリントン氏とイヴァンカ・トランプ氏が「ルイス・レイエス」なる人物に売却したので、所有権を移転するというものでした。

この不動産登記ですが、実際に登記官によって承認されて捺印の上、受理されて公開されていました。ところが、長年の「ヒラリー・ウォッチャー」であるジャーナリストが偶然この登記簿を閲覧したところ、売買契約の行われた場所が不自然であることに気づいたのでした。著名な会員制クラブが契約署名の場所とされていたのですが、そこは90年代にヒラリーが「出禁」になっており、そこでヒラリーが巨額の契約のサインをするということはあり得ないというのです。

そこでジャーナリストは、登記簿の裏面を閲覧したところ、そこには必要な「公証人の署名捺印」が全くされていませんでした。つまりは、登記簿は全くのニセモノだということです。告発を受けたニューヨーク市は、すぐにこの登記をキャンセルしました。ですが「登記申請への審査の厳格化キャンペーン」が行われていた期間に発生した事件ということで、市役所は評判を落とした格好です。

この事件ですが、政治的背景があるとすれば、この2人にイタズラを仕掛けるというのは、右派の可能性も左派の可能性もあります。イヴァンカ氏を裏切り者と考えるトランプ派かもしれないし、クリントン氏を保守と考えて憎む民主党左派系かもしれないわけで、どちらであっても不思議はなく、大した意味もなさそうです。

それ以前の問題として、登記官が何も考えずに機械的に登記処理をしていたというのは、あまりにもお粗末であり、市政への批判に発展するかもしれません。

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