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「東と西、南と北の架け橋へ」地政学上の鍵を握るサウジアラビアが目指す「サウジ・ファースト」の論理

ニューズウィーク日本版 2024年6月21日 14時33分

トム・オコナー(本誌中東担当)
<アメリカと協力関係を続け、その一方で中ロに接近、屈指の経済成長率で巨大な影響力を手にしたサウジアラビアが構想する「ビジョン2030」の未来とは>

ジョー・バイデン米大統領が11月の大統領選に向けて国内各州で激戦を繰り広げるなか、ホワイトハウスも世界で重要性を増すプレーヤーと影響力を争っている。

その1つが、実は長年にわたるアメリカのパートナー、そして国内外の政策で大きな転換を図ろうとしている国、サウジアラビアだ。

サウジアラビアは地政学的に大きなカギを握るだけでなく、アメリカの選挙で重視される問題でも多大な役割を担っている。イスラエルとイスラム組織ハマスの戦争が選挙戦の大きな論点である今、中東では極めて重要な位置を占めている。さらには、世界最大の原油輸出国として原油価格を決定する強力なプレーヤーでもある。

インフレはアメリカの有権者の最大級の関心事だから、サウジアラビアはこの点でも重要な存在になり得る。

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は38歳。世界で最も若い事実上の国家元首の1人で、王国に定着しつつある民族主義的な動きの推進力だ。父のサルマン国王(88)は2015年から国を率いてきたが、健康に懸念が高まっている。

サルマンは7番目の息子ムハンマドを17年に皇太子に、22年には首相に指名し、権力委譲を進めてきた。

頭文字を取って単に「MbS」と呼ばれることも多いムハンマドの主導する変革は、国内に大きな変化をもたらしている。グローバル化の傾向がさらに強まり、石油依存からの脱却が進み、ムハンマドが掲げる野心的な「ビジョン2030」計画に沿った取り組みも行われている。

こうした変化は、アメリカのライバルである中国やロシアを含むほかの主要国とのより強固な関係の追求にもつながる。サウジアラビアとアメリカの政府当局者は、両国のパートナーシップの重要性を強調し続けている。

だが最近の対立や、協力関係の将来をめぐって行われている面倒な交渉から、中東でアメリカの戦略的な足がかりとなってきたサウジアラビアとの関係の行く末について、強い疑念が生じていることも確かだ。

「注目点の1つは、サウジアラビアにとって最大の石油輸入国であり、武器や技術を無条件で供給してくれる中国の重要性が増していることだ」と、サウジアラビアの政治専門家アリ・シハビは本誌に語った。

シハビはシンクタンク「アラビア財団」の設立者で、現在は「ビジョン2030」に盛り込まれた未来志向の巨大プロジェクトであるNEOMの顧問を務める。

「もう1つは、対米関係が当てにならないと考えられていること。ワシントンの政治情勢によって大きく変わり得るからだ」

イスラム教の聖地メディナの広場 FADEL DAWOD/GETTY IMAGES

両国の関係が築かれたのは、サウジアラビアが生まれたばかりの頃にさかのぼる。王国の創始者であり、国名の由来でもあるアブドゥルアジズ・イブン・サウード国王は30年にわたって戦争を指揮し、1932年にアラビア半島の大部分を統一した。

両国の関係は第2次大戦中に戦略的パートナーシップへと拡大し、冷戦期にはさらに発展した。

73年の第4次中東戦争でイスラエルを支援したアメリカにサウジアラビアが石油禁輸措置を取るなど大きな対立もあったが、それでもサウジアラビアは中東でソ連の影響力に対する重要な防波堤の役割を果たしてきた。

01年の米同時多発テロにサウジアラビアが関与したという疑惑(19人のハイジャック犯のうち15人がサウジアラビア国籍)でさえも両国関係の破綻にはつながらず、21世紀の対テロ戦争を通じて関係はさらに強固になった。

サウジアラビアは、中東全域でイランの影響力に対抗するアメリカの取り組みの中心だった。

同盟国を増やすという選択

世界有数の原油輸出国であり、メッカとメディナというイスラム教の2大聖地を抱えるサウジアラビアの特別な影響力から、アメリカは長く恩恵を受けている。サウジアラビアも地域的な紛争では、米国防総省の支援を受けてきた。だが近年は、両国の利害が分かれ始めている。

分裂はバイデン政権下で特に顕著になった。台頭する皇太子と親密な関係を築いた前任者のドナルド・トランプとは異なり、バイデンは強硬路線を取っている。

20年の大統領選では、サウジアラビアの反体制ジャーナリストだったジャマル・カショギが殺害された事件に絡んで、サウジアラビアを世界の「のけ者」にすると発言。

大統領就任の直後には、サウジアラビアがイエメン内戦に介入して民間人に犠牲が出ることを懸念し、攻撃的武器の販売を停止した。

バイデンは22年7月にサウジアラビアを訪れたが、関係修復にはほとんど役立たなかったようだ。サウジアラビアは主要産油国でつくるOPECプラスのほかの加盟国と共に、石油増産を求めるアメリカに真っ向から背いた。ウクライナに侵攻したロシアへの制裁によるエネルギー高騰のさなかだった。

バイデンへの冷遇とは対照的に、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は22年12月、初の中国・アラブ諸国サミットをサウジアラビアで開き温かい歓迎を受けた。

その数カ月後、サウジアラビアは北京の仲介でイランと国交を回復し、中国とロシアが大きな影響力を持つ2つの多国間ブロックに参加する。上海協力機構とBRICSだ。

2022年7月にバイデン(左)はサウジアラビアを訪問し、ムハンマド皇太子(右)と会談 MANDEL NGANーPOOLーREUTERS

いまバイデンは、ガザ戦争に関連してサウジアラビアとの関係修復を再び試みている。

ホワイトハウスが目指すのは、いわゆる「メガディール」をまとめること。具体的には、アメリカとサウジアラビアの安全保障協力を強化する、イスラエルとサウジアラビアが国交を正常化する、そしてパレスチナ国家の樹立に向けた道筋をつくる、といったものだ。

しかし、サウジアラビアはアメリカとの交渉に強い姿勢で臨んでいる。自国の地政学的な影響力が強まっている状況を生かして、国益を最大化しようとしているのだ。

OPECプラス、アラブ連盟、イスラム協力機構(OIC)の有力メンバーであり、G20諸国の中でも屈指のペースで経済成長を遂げているサウジアラビアは、そうした戦略を追求しやすい立場にある。

ほかには、ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカ、トルコといった国々も同様の外交姿勢を実践している。これらの国々は、国際政治でどの陣営と連携するかが流動的で、地政学上の勢力図の大きなカギを握っている。

米シンクタンク「ジャーマン・マーシャルファンド(GMF)」は、こうした国々を「グローバルなスイング・ステート」と呼ぶ(編集部注:スイング・ステートとは、米大統領選で民主党と共和党のどちらが制するかが流動的な激戦州のこと)。

「このような国々にとって世界秩序がより不安定に、より複雑に、より多極化するなかで、連携する国を増やすことは理にかなった選択」だと、GMFの研究員であるクリスティナ・カウシュは本誌に語っている。

「サウジアラビア政府は、例えて言えば結婚ではなく、複数の相手と流動的な関係を育むことこそ、世界の不安定化がもたらすダメージを抑え、自国の強みを最大限生かすための方策だと考えている」

アメリカに欠けている視点

サウジアラビアにとっては、アメリカ、中国、ロシアと等しく良好な関係を築くことが大切だ。アメリカは今も安全保障上の最も重要なパートナーだが、中国は最大の貿易相手国であり、エネルギー資源の最大の輸出先でもある。

一方、ロシアと強力な関係を維持することも、OPECプラスを通じて原油の生産量と相場をコントロールする上で不可欠だ。

「その結果、(サウジアラビアは)常に曖昧な立場を取ることになり、どうしてもアメリカ政府との間で摩擦が生じる」と、カウシュは言う。

2017年10月、モスクワを訪れたサルマン国王。サウジアラビアは中ロとの関係強化に積極的 MIKHAIL SVETLOV/GETTY IMAGES

メガディールをめぐるアメリカとサウジアラビアの交渉がまとまれば、双方に大きな恩恵があるが、アメリカはこれまでのアプローチを修正しなくてはならないと、カウシュは指摘する。

「サウジアラビアが同盟関係を取引的な関係と見なすようになっていて、アメリカの意向に沿った行動を基本的に取るとは限らないと理解する必要がある」

しかし、ここ数年のアメリカの中東政策はそのような理解につながるものではないと、カウシュは懸念している。「アメリカ政府は、イランへの対抗、そして中国およびロシアとの競争という視点でしか中東地域を見ていない」

米プリンストン大学のバーナード・ヘイケル教授(中東地域研究)も、サウジアラビアの戦略上の立場が変わったと指摘する。「サウジアラビアは、アメリカが全てを牛耳る時代ではなくなり、世界が多極化に向かっていることを認識している」

ムハンマドと直接連絡を取る関係にあるヘイケルは、皇太子の主導によりサウジアラビアの目指す方向が大きく変わったと語り、その新しいアプローチを「サウジ・ファースト」という言葉で表現する。

「ほかのどのようなイデオロギーでもなく、ナショナリズムを意識して行動する面が強まった」と、ヘイケルは言う。

「地域の利害よりも自国の国益を前面に押し出すようになった。以前は、アラブ世界全体やイスラム世界全体の利益、そしてアメリカの利益を重んじていた」

「国益を最優先にし、自国を変容させて経済を多角化させ、石油依存を減らそうとしているサウジアラビアは、その一環として、米中の両方と同時に良好な関係を築こうとしている」と、ヘイケルは分析する。

ヘイケルは、アブドラ前国王の下で始まったイスラム主義者に対する弾圧にも注目している。

「(ムハンマドは)イスラム主義と決別し、信仰心などイスラム教のもっと伝統的な考え方を重んじてきた。そうした考え方は......政治の側面ではよりナショナリズムの色彩が強い」

ムハンマドのこの路線の下で、社会変革をさらに前進させる道が開けた。女性の自動車運転が解禁されたり、女性への男性後見人制度(女性が外国旅行などをする際に男性親族の同意を義務付ける)が緩和された。

東部の都市ダーランの石油精製施設 REZA/GETTY IMAGES

国外からの投資を呼び込み、観光振興キャンペーンを行い、有力なコンサートやスポーツイベントを誘致することも可能になった。今年に入って首都リヤドに酒店がオープンしたり、最近はサウジアラビア史上初めて女性用水着のファッションショーが開催されたりもした。

サウジアラビアとイスラム教超保守派の伝統的な結び付きを思えば、こうした試みにはさまざまなリスクがあるというのがヘイケルとシハビの一致した意見だ。超保守派は「イスラム社会の構成要素としては従来考えられていたよりはるかに小さい」と、シハビは指摘する。

これらのイデオロギー、特に国が支援するワッハーブ主義は長年サウジ王室の正統性の礎となってきたが、イスラム教の最も原理主義的で時に暴力的な解釈は「ビジョン2030」の推進で厳しく抑え付けられてきた。

だがこうした改革は、民主主義や表現の自由など、サウジアラビアの絶対君主制における人権問題でアメリカ側が懸念を示しがちな点について妥協するものではない。

この現状を米政府が今後も容認するかどうかは「アメリカがサウジアラビアとの関係に何を求めるかの問題」だと、ヘイケルは考えている。

「責任あるグローバルな産油国、産油政策によって国際石油市場を均衡させる国を望むなら、サウジアラビアはうってつけだが、人権と価値観を優先するなら、緊張した関係になるだろう」

グローバルな「懸け橋」に?

バイデン政権は「外交的対話を強化し、サウジアラビアを公然と批判することを減らし、地政学的な違いを考慮し、両国の利害の違いに配慮する」とともに「経済・安全保障問題での歩み寄り」によってサウジアラビアとの関係を改善できると、サウジアラビアの著名なジャーナリストで研究者のアブドゥルアジズ・アル・ハミスは感じている。

しかし「アメリカがサウジアラビアとの関係安定化に失敗すれば多くのリスクを招きかねない」と、ハミスは言う。

「国際エネルギー市場の安定に悪影響を及ぼす」ばかりか、「中東におけるアメリカの影響力が低下し、サウジアラビアとの関係強化を狙う中国・ロシアといったライバルの影響力が増す」。

バイデン政権の取り組みが成功しても、サウジアラビアはアメリカの利害と対立しかねない国へのシフトを続けるだろう。ほかの大国との連携強化にはさまざまなメリットがあると、ハミスは指摘する。

同盟を多様化して国際社会でのサウジアラビアの足場を強化し一国依存を減らす、貿易相手・投資先を多様化してサウジ経済を強化する、複数の主要国との関係を強化して地域の「力の均衡(バランス・オブ・パワー)」の確立に寄与するなどだ。

「ほかの主要国との関係構築において、この路線はムハンマドが王位に就いても変わらない」と、ハミスは言う。「こうした関係には戦略的・経済的メリットがあるからだ」

アメリカがサウジアラビアの「スイング・ステート」的立場を受け入れることが関係安定化・強化のカギだと、サウジアラビアの地政学アナリスト、モハメド・アルハメドは指摘する。

「アメリカ、特に民主党・バイデン政権が、安全保障面でアメリカの重要な同盟国であるサウジアラビアとの関係を危険視しようとしたために生じたダメージを修復し、地域の力の均衡を実現する絶好のチャンスだ」と、アルハメドは本誌に語った。

「サウジアラビアを危険視しようとする試みは常に失敗する。サウジアラビアでは目下、経済・文化・科学・政治が大きく発展し、穏健化するアラブ・中東・イスラム教世界に対するリーダーシップも非常に成熟しているからだ」

アルハメドによれば、現状打破が非常に重要になる。中東がガザの戦争で不安定になっている今、サウジアラビア政府が本格的変化をもたらすかもしれないからだ。「アメリカは交渉の際、経済的・地政学的に重要なサウジアラビアの利害を考慮せざるを得ない。

サウジアラビアの戦略的重要性を思えば、政権のイデオロギー的アジェンダだけでなく、サウジアラビアと強固な関係を維持することのより広いメリットも考慮する必要があるだろう」

アメリカが中東で影響力を維持するには「地域の安定、テロ対策、安全保障面での取り組み、エネルギー安全保障など共通の利益での協力も不可欠だ」と、アルハメドは言う。

駐米サウジアラビア大使館のファハド・ナゼル報道官は本誌の取材に対し、「サウジアラビアは世界の圧倒的多数の国々と良好な関係にあり、グローバルノースとグローバルサウス、東側と西側の懸け橋になれるはずだ」と語った。

「サウジアラビアが『ビジョン2030』における経済的利害に基づいてさまざまな国と関係を深めるのは当然だが、アメリカとの関係は先端技術やサプライチェーンの回復力や宇宙探査にまで広がっている。『ビジョン2030』の目標の多くが達成済みで上方修正されている」

「私たちはわが国の若者や女性や起業家に力を与え、行政サービスの提供方法に革命も起こした」と、ナゼルは言う。「これらの措置は経済を多様化し、雇用を創出し、人々の生活の質を向上させてきた。『ビジョン2030』などの計画は国民の幅広い支持を得ている」

この点について、米国務省は何と答えるのだろうか?

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