藤崎剛人
<選挙の有力候補者には、様々なバッシングが行われるのが常だ。その全てを防ぐことは難しいが、民族マイノリティに対して候補者の適格性を謂れなく問うことは差別であり、他の誹謗中傷とは次元が異なる>
5月27日、立憲民主党の蓮舫参議院議員が、7月に行われる都知事選への出馬表明を行った。現職の小池百合子都知事との対決が話題になっている。東京都の行政改革に期待を寄せる声もある一方、様々なバッシングも生じている。そのバッシングの一つで、小池知事を支援する現職区議なども含め、ネットを中心に蒸し返されているのが、2016年に発生した蓮舫氏の「二重国籍疑惑」だ。
およそ大きな選挙があるとき、その有力候補者に対しては様々なバッシングが行われる。中には誹謗中傷や根拠のないデマを元にしたものもあるが、その全てを防ぐことは難しい。しかし、民族マイノリティに対して候補者の適格性を謂れなく問うことは差別であり、他の誹謗中傷とは次元が異なる。本日の公示を機に、「二重国籍疑惑」を振り返り、改めて蓮舫氏に「二重国籍」を問うことの不当性を確認しておきたい。
蓮舫氏は中国のために働いている?
台湾籍の父と日本国籍の母を持ち、東京都で生まれ育った蓮舫氏は、1985年に日本国籍を取得している。2016年に判明したのは、蓮舫氏の台湾籍が残ったままになっていたことだった。これがいわゆる「二重国籍」問題として批判されたのだ。
SNSや保守系雑誌などでは、蓮舫氏がダブルルーツを誇りにしていると述べた様々なインタビューが掘り起こされ、そこに自身が台湾の国籍を持っていることを示唆する発言もあったことなどから、蓮舫氏は「中国のために」働いているのであり(実際に蓮舫氏が持っていたのは台湾籍)、日本の議員として適格性を欠くという差別的な議論が行われていた。マスメディアはそれを非難することなく、蓮舫氏が「二重国籍」であったことをまるで重大な事件のように報道した。
今になっても、当時の「二重国籍疑惑」が蒸し返されている。たとえば、蓮舫氏の「二重国籍」の最初の発見者だと称する評論家は、蓮舫氏の都知事選への立候補表明とともに、立て続けに「二重国籍」に関係する記事を複数のネットメディアであげ続けている。また蓮舫氏の対抗馬となる小池知事の与党「都民ファースト」に所属する品川区議が、Xで「やはり、東京都知事は日本人にやって頂きたいな。」と投稿し、物議をかもした。6月11日、小池都知事への支援を表明した自民党に所属する千代田区議も、同じくXで「二重国籍問題は解決していないです。」と述べるなど、繰り返しこの話題を投稿し続けている。このような言説に振り回されてはいけない。
議員になるための要件は日本国籍のみ
大前提として、蓮舫氏が「二重国籍」だったとしても、それをもって2004年から参議院議員だった蓮舫氏の議員適格を疑うのは不当だ。確かに日本の国籍法は日本の国籍を取得した際、他の国の国籍を放棄する努力義務を定めている。しかし、これがあくまで努力義務に留まるのは、他国の国籍に関わることは日本国や本人が自由に決められるわけではないからだ。たとえばそもそも国籍を放棄することが不可能な国も存在する。従って、公職選挙法上でも、日本国籍を持つことのみが立候補の条件となっており、蓮舫氏は当時から今に至るまで合法的に議員であるといえる。
経緯として踏まえておきたいのは、1985年まで蓮舫氏が日本国籍を持っていなかった理由だ。日本は1984年まで、父母の国籍が異なる場合は自動的に父方の国籍となるという極めて家父長的な国籍法を敷いていた。それが1984年の改正で父母両系血統主義になったため、蓮舫氏は遡及的に日本国籍を取得できることになった。いわゆる「帰化」手続きではない。
蓮舫氏は国籍法改正に伴う救済措置により、1985年に日本国籍を取得する。しかしそのころは、蓮舫氏はまだ未成年だったため、手続きのほとんどは父親によって行われた、蓮舫氏はその際、父親が台湾籍放棄の手続きを行ったと思い込んでいた。ところがその手続きは何らかの事情で行われていなかったことが2016年に判明したのだった。
台湾籍は中国籍という複雑な外交事情
そこで2017年に蓮舫氏は台湾国籍離脱の手続きを行い、その証明書を法務省に提出した。ところがここで複雑な外交問題が状況にさらなる混乱を与えてしまう。法務省はそれを受理しなかったのだ。その代わり、日本国籍の選択宣言を改めてさせるという行政指導を蓮舫氏に行った。これもまた極めて異例の措置だった。
この異例の措置はなぜ生じたのか。それは日本側の事情による。日本は中華人民共和国を中国の唯一の正統政府と認めている。従って日本政府は台湾籍を公式には認めておらず、台湾籍を持つ者は、書類上は中国籍だ。中国籍は中国の国籍法により日本国籍の取得と同時に消滅するので、蓮舫氏が中国籍だったとすればそもそも「二重国籍」問題が最初から存在しないことになる。
一方、蓮舫氏が2017年まで「二重国籍」だったと認めるなら、それは台湾籍の存在を日本政府が認めているということになってしまう。一般的に台湾出身者が日本国籍を取得する際、法務省の裁量として台湾籍の離脱手続きを提出させることもあるようだが、蓮舫氏のケースのように大きく報道された政治問題となると話は別であり、法務省は台湾の国籍離脱証明書を受け取れなかった。
しかしそうであるならば、法務省は改めて国籍選択をさせる必要すらなかったはずだ。台湾籍の存在を認めないのならば、1985年の時点で蓮舫氏は既に日本国籍のみしか保持していなかったことになるのだから。法学者の奥田安弘は当時、蓮舫氏の「二重国籍」問題についての説明義務は蓮舫氏ではなく法務省にあると述べていた。
法務省が蓮舫氏に改めて国籍選択宣言をさせたことで、攻撃者たちは、蓮舫氏は2017年までは日本国籍を持っていなかったという曲解を行い、さらにバッシングを強めた。「二重国籍」問題を悪化させた原因の一つには、この法務省の態度および中国と台湾をめぐる複雑な外交問題があった。
当時の蓮舫氏の発言を振り返ると、確かに時系列や事実認識の面で不正確な部分が多かったように思える。しかしここまでみてきたように、その理由は問題の複雑さや、手続きを行ったのが30年以上前だったこと、手続きを行ったのが本人ではなかったことを考えれば、仕方なかったといえる。
蓮舫氏がダブルルーツを誇りにしていることは民族マイノリティとして当然で、ダイバーシティの観点からもそうした政治家は世界でも珍しくない。
もちろん蓮舫氏が東京都知事として相応しいかは選挙民の選択となる。しかし蓮舫氏をめぐる差別的な陰謀論は、この都知事選を機に終止符を打つべきときだろう。
<選挙の有力候補者には、様々なバッシングが行われるのが常だ。その全てを防ぐことは難しいが、民族マイノリティに対して候補者の適格性を謂れなく問うことは差別であり、他の誹謗中傷とは次元が異なる>
5月27日、立憲民主党の蓮舫参議院議員が、7月に行われる都知事選への出馬表明を行った。現職の小池百合子都知事との対決が話題になっている。東京都の行政改革に期待を寄せる声もある一方、様々なバッシングも生じている。そのバッシングの一つで、小池知事を支援する現職区議なども含め、ネットを中心に蒸し返されているのが、2016年に発生した蓮舫氏の「二重国籍疑惑」だ。
およそ大きな選挙があるとき、その有力候補者に対しては様々なバッシングが行われる。中には誹謗中傷や根拠のないデマを元にしたものもあるが、その全てを防ぐことは難しい。しかし、民族マイノリティに対して候補者の適格性を謂れなく問うことは差別であり、他の誹謗中傷とは次元が異なる。本日の公示を機に、「二重国籍疑惑」を振り返り、改めて蓮舫氏に「二重国籍」を問うことの不当性を確認しておきたい。
蓮舫氏は中国のために働いている?
台湾籍の父と日本国籍の母を持ち、東京都で生まれ育った蓮舫氏は、1985年に日本国籍を取得している。2016年に判明したのは、蓮舫氏の台湾籍が残ったままになっていたことだった。これがいわゆる「二重国籍」問題として批判されたのだ。
SNSや保守系雑誌などでは、蓮舫氏がダブルルーツを誇りにしていると述べた様々なインタビューが掘り起こされ、そこに自身が台湾の国籍を持っていることを示唆する発言もあったことなどから、蓮舫氏は「中国のために」働いているのであり(実際に蓮舫氏が持っていたのは台湾籍)、日本の議員として適格性を欠くという差別的な議論が行われていた。マスメディアはそれを非難することなく、蓮舫氏が「二重国籍」であったことをまるで重大な事件のように報道した。
今になっても、当時の「二重国籍疑惑」が蒸し返されている。たとえば、蓮舫氏の「二重国籍」の最初の発見者だと称する評論家は、蓮舫氏の都知事選への立候補表明とともに、立て続けに「二重国籍」に関係する記事を複数のネットメディアであげ続けている。また蓮舫氏の対抗馬となる小池知事の与党「都民ファースト」に所属する品川区議が、Xで「やはり、東京都知事は日本人にやって頂きたいな。」と投稿し、物議をかもした。6月11日、小池都知事への支援を表明した自民党に所属する千代田区議も、同じくXで「二重国籍問題は解決していないです。」と述べるなど、繰り返しこの話題を投稿し続けている。このような言説に振り回されてはいけない。
議員になるための要件は日本国籍のみ
大前提として、蓮舫氏が「二重国籍」だったとしても、それをもって2004年から参議院議員だった蓮舫氏の議員適格を疑うのは不当だ。確かに日本の国籍法は日本の国籍を取得した際、他の国の国籍を放棄する努力義務を定めている。しかし、これがあくまで努力義務に留まるのは、他国の国籍に関わることは日本国や本人が自由に決められるわけではないからだ。たとえばそもそも国籍を放棄することが不可能な国も存在する。従って、公職選挙法上でも、日本国籍を持つことのみが立候補の条件となっており、蓮舫氏は当時から今に至るまで合法的に議員であるといえる。
経緯として踏まえておきたいのは、1985年まで蓮舫氏が日本国籍を持っていなかった理由だ。日本は1984年まで、父母の国籍が異なる場合は自動的に父方の国籍となるという極めて家父長的な国籍法を敷いていた。それが1984年の改正で父母両系血統主義になったため、蓮舫氏は遡及的に日本国籍を取得できることになった。いわゆる「帰化」手続きではない。
蓮舫氏は国籍法改正に伴う救済措置により、1985年に日本国籍を取得する。しかしそのころは、蓮舫氏はまだ未成年だったため、手続きのほとんどは父親によって行われた、蓮舫氏はその際、父親が台湾籍放棄の手続きを行ったと思い込んでいた。ところがその手続きは何らかの事情で行われていなかったことが2016年に判明したのだった。
台湾籍は中国籍という複雑な外交事情
そこで2017年に蓮舫氏は台湾国籍離脱の手続きを行い、その証明書を法務省に提出した。ところがここで複雑な外交問題が状況にさらなる混乱を与えてしまう。法務省はそれを受理しなかったのだ。その代わり、日本国籍の選択宣言を改めてさせるという行政指導を蓮舫氏に行った。これもまた極めて異例の措置だった。
この異例の措置はなぜ生じたのか。それは日本側の事情による。日本は中華人民共和国を中国の唯一の正統政府と認めている。従って日本政府は台湾籍を公式には認めておらず、台湾籍を持つ者は、書類上は中国籍だ。中国籍は中国の国籍法により日本国籍の取得と同時に消滅するので、蓮舫氏が中国籍だったとすればそもそも「二重国籍」問題が最初から存在しないことになる。
一方、蓮舫氏が2017年まで「二重国籍」だったと認めるなら、それは台湾籍の存在を日本政府が認めているということになってしまう。一般的に台湾出身者が日本国籍を取得する際、法務省の裁量として台湾籍の離脱手続きを提出させることもあるようだが、蓮舫氏のケースのように大きく報道された政治問題となると話は別であり、法務省は台湾の国籍離脱証明書を受け取れなかった。
しかしそうであるならば、法務省は改めて国籍選択をさせる必要すらなかったはずだ。台湾籍の存在を認めないのならば、1985年の時点で蓮舫氏は既に日本国籍のみしか保持していなかったことになるのだから。法学者の奥田安弘は当時、蓮舫氏の「二重国籍」問題についての説明義務は蓮舫氏ではなく法務省にあると述べていた。
法務省が蓮舫氏に改めて国籍選択宣言をさせたことで、攻撃者たちは、蓮舫氏は2017年までは日本国籍を持っていなかったという曲解を行い、さらにバッシングを強めた。「二重国籍」問題を悪化させた原因の一つには、この法務省の態度および中国と台湾をめぐる複雑な外交問題があった。
当時の蓮舫氏の発言を振り返ると、確かに時系列や事実認識の面で不正確な部分が多かったように思える。しかしここまでみてきたように、その理由は問題の複雑さや、手続きを行ったのが30年以上前だったこと、手続きを行ったのが本人ではなかったことを考えれば、仕方なかったといえる。
蓮舫氏がダブルルーツを誇りにしていることは民族マイノリティとして当然で、ダイバーシティの観点からもそうした政治家は世界でも珍しくない。
もちろん蓮舫氏が東京都知事として相応しいかは選挙民の選択となる。しかし蓮舫氏をめぐる差別的な陰謀論は、この都知事選を機に終止符を打つべきときだろう。