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右傾化するヨーロッパと左傾化するイギリス

ニューズウィーク日本版 2024年6月22日 16時0分

コリン・ジョイス
<ヨーロッパで極右が躍進するなかイギリスで左派政党が順調なのは、移民問題や反EUなどでイギリスの主要政党が大衆の懸念を足蹴にせずきちんと向き合ってきたから>

6月上旬に行われた欧州議会選挙の結果に、不可解な疑問が湧いた。ひょっとしてキア・スターマー党首率いるイギリスの労働党は、「極右」だったっけ?と。

なぜならフランスでもドイツでも、イタリア、オランダ、その他の国々でも、「ポピュリスト」や「ナショナリスト」、さらには「過激派」と呼ばれる政党が、主に2つの争点を掲げて欧州議会選で健闘したからだ。その2つとは、EU懐疑主義と増加する移民に対する懸念である。

伝統的にイギリスの「左派政党」と見られてきた労働党は、これらの争点について攻撃的あるいは極端な主張を唱えているわけではないが、7月4日に行われる英総選挙に向けた彼らの立場は明白だ。イギリスのEU復帰を訴えてはいないし、将来的な復帰を掲げてもいない。つまりブレクジット(英EU離脱)を既成事実として受け入れているということだ。

移民についてはあらゆる層を歓迎するとも、より多くの移民を受け入れるべきだとも提唱していない。それどころか、保守党政権は移民の受け入れ抑制に失敗したとの批判を展開している。つまり労働党ならもっとうまく移民を抑制できるという言い分であり、両者のイデオロギーに大きな隔たりがあるわけではない。

欧州の怒れる大衆は過激な政党頼み

今度のイギリスの総選挙は、右派である保守党が敗北すると予想され、限りなく「出来レース」に近いものになるはずだ。ヨーロッパの多くが右傾化しているが、イギリスは左傾化しているように見えるかもしれない。

しかしイギリスが他と異なるのは、主要な政党が、有権者のEU嫌いや移民への懸念をきちんと受け止めている点だ。一方、欧州大陸の多くの国では、EUを敵視し、移民の無制限な受け入れは望ましくないと考える有権者たちは、「ドイツのための選択肢(AfD)」や「イタリアの同胞」など多かれ少なかれ過激主義に染まっている政党にしか、政治的なよりどころを見いだすことができない。

ブレグジットは特異な出来事だったかもしれないが、EUやその機関(つまりはブリュッセル)の理念に対する嫌悪がイギリス特有のものだという考えは間違っている。ヨーロッパ中の多くの人たちも、国家から主権を奪う超国家組織という考えを嫌っており、EUの官僚主義や予算の無駄を嫌悪している。EUで権力を握る連中は、自分たちとはかけ離れた利己的なエリートだと考えている。

もちろんEU加盟国であることには経済をはじめ多くのメリットがあることも確かで、各国はそれぞれのメリットを享受している。例えばルーマニアなど貧しい国は拠出額を上回る予算の配分を受けているし、ベルギーのような小国は世界の舞台で大役を担うことができる。

ドイツは「よきグローバル市民」として忌まわしい歴史を償い、バルト諸国はかつての支配者ロシアから距離を置き、「西側」への忠誠を示すことができる。ポルトガルやキプロスなど自国政府への不信感が強い国にとっては、ブリュッセルは便利な「抑止力」となっている。

つまり、ヨーロッパの多くの国は、EUを進化的で素晴らしい形態として歓迎しているわけではなく、その欠点も含めて「受け入れている」にすぎないのだ。

EUに対する熱意を示す指標は投票率に表れている。今回の欧州議会選の投票率は51%(11カ国が同時に自国の地方選挙などを行ったおかげで押し上げられた)。クロアチアでは辛うじて20%に届く程度だったし、ブルガリアでは3人に1人をやや上回る人が投票した。オランダでは2023年に行われた総選挙の投票率が77.75%だったのに対し、欧州議会選は46.2%、スウェーデンでは2022年の総選挙が84.2%で、今回が50.4%だった。

移民問題に物申す人は「人種差別主義」?

この20年間で移民流入がヨーロッパを大きく変えたのは明らかだ。この間、リベラルで「グローバル志向」の人たちは、移民反対派は単純に人種差別主義で狭量だと主張して、彼らを黙らせようとしてきた。

しかし近年では、移民に対して最も開放的だったスウェーデンとオランダにも変化が見られ、移民規制の強化を掲げる政党が躍進している。これは増え続ける大量の移民を受け入れてきた社会が、その経験から移民の減少を望むようになっていることを示唆している。

主要な政党がこの事実を無視することによって、移民流入はいかなる形態であれ害悪で危険であり、それゆえ誰であれ移民は脅威だ、と誤った考え方を吹聴するような、より過激な勢力が世間の機運を悪用する余地が生まれてしまう。



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