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イランの核武装への兆候か? イスラエルとの初交戦と大統領墜落死が示すもの

ニューズウィーク日本版 2024年6月27日 12時40分

トム・オコナー(外交・中東担当)
<イスラエルとの初の直接交戦、大統領の墜落死......核政策の転換を示唆する要人の相次ぐ発言は、追い詰められたイランが核武装に踏み切るサインか>

イランは長年、中東で最も進んだ核開発計画と最も強力な通常兵器を維持してきた国の1つ。この国の権力者たちは大量破壊兵器の開発禁止という公式の立場を再考し始めている。その背後にあるのが、この地域における緊張の高まりと安全保障環境の悪化だ。

この動きは核兵器を保有するイスラエルとアメリカの猛反発を招いているが、イランにとっては大きなリスクとチャンスの両方をもたらしそうだ。現在も続くガザ戦争をめぐる深刻な情勢不安は、イランとイスラエルの間で史上初の直接攻撃の応酬にエスカレートした。それを受けてイランの要人たちは、核保有へ舵を切ることによる抑止力強化を以前にも増して重視しつつある。

最高指導者アリ・ハメネイの上級顧問を務めるカマル・ハラジ元外相もその1人だ。ハラジは5月9日、現在のイランは核兵器開発を行っていないと繰り返す一方、「イランの存立自体が脅かされれば、核政策を変更しなければならないだろう」と言った。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の威嚇が現実となり、イラン核施設が攻撃対象になった場合、核政策の変更は「あり得ることであり、想定の範囲内だ」。

イラン国内の別の有力グループからも同様のメッセージが出ている。イラン革命防衛隊のアフマド・ハグタラブ准将(核防護・警備部隊司令官)は4月にこう宣言した。「核政策とイスラム共和国の諸政策の修正、これまで表明してきた配慮との決別は可能であり、考えられる事態だ」

5月19日にはイブラヒム・ライシ大統領がアゼルバイジャン国境付近でヘリコプター墜落事故により死亡した。原因はまだ調査中だが、この出来事はイランという国家の安定をめぐる懸念をさらに強めかねない。

かねてからイランの当局者は、必要ならどんな手段を使っても自国を守ると強調してきたが、イランや国連、アメリカの元当局者は、最近の発言の変化を単なるポーズと見なすことはできないと本誌に語る。

国連軍縮研究所の元研究員で、現在はジュネーブ国際問題高等研究所グローバル・ガバナンス・センターの上級研究員を務めるファルザン・サベットは、「地域の緊張が極めて高まっている今、憂慮すべき発言の変換」だと指摘する。

イランの核開発計画は長年、国際的な監視対象になってきた。秘密裏に核兵器保有を目指しているのではないかと疑われてきたからだ。

核開発計画は1950年代の王政時代にアメリカの支援で始まり、79年のイスラム革命で王政が倒れた後も拡大し続けた。イスラム共和制を創始した最高指導者ルホラ・ホメイニからその座を引き継いだハメネイは、その数年後の90年代に核兵器開発に反対するファトワ(宗教令)を出したとされている。

核燃料の搬入を開始したイラン南部のブシェール原子力発電所(2010年8月)。イランは「平和利用」を強調していた IIPA/GETTY IMAGES

4月の「報復合戦」が契機に

それでも国連安全保障理事会は2006年、イランの核開発をめぐる初の規制決議案を採択した。アメリカはその10年前、既にイランに対する核関連の制裁を発動していた。

対イラン制裁は15年、バラク・オバマ元大統領の下で成立した画期的な多国間核合意である包括的共同作業計画(いわゆる「イラン核合意」)によって一時的に撤廃された。それと引き換えにイランは核開発の制限に同意したが、18年にドナルド・トランプ前大統領の下でアメリカは合意から離脱。その結果、制裁が復活すると、イランは核開発のスピードを徐々に上げ始めた。

ジョー・バイデン現大統領は就任後間もなく、核合意への復帰を目指して一連の交渉を開始したが、交渉は22年末までに決裂。アメリカとイランの相互不信はガザ戦争で深まる一方だ。5月上旬イランを訪問した国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長は、イランはその気になれば数週間で核兵器を製造できると警告した。

グロッシも複数のイラン要人発言に懸念を表明した1人だ。IAEAのある報道官は本誌に言った。「核兵器に関する『粗雑な発言』には深い懸念を抱いていると、グロッシ事務局長は繰り返し明確にしてきた。イランが非核保有国の核兵器開発を禁じる核拡散防止条約(NPT)の加盟国であることも強調してきた」

この報道官は一方で、「イランが核兵器開発に動いたか、動きつつあるか、動くことを計画している証拠はない」というグロッシの最近のコメントにも言及した。

イラン国連代表部にコメントを求めたところ、核兵器に反対するハメネイの最初の指令を守ると再度強調したが、IAEAとの協力を再考させるような敵対的行動に警告を発するのも忘れなかった。

「周知のように、イランの核政策に変更はない。いかなる形の大量破壊兵器の製造、調達、備蓄、使用も明確に禁止する最高指導者のファトワを遵守し続ける」と、イラン代表部は本誌に語った。「だがIAEAの監視と査察の対象であるイランの核施設が攻撃された場合には、IAEAとの包括的保障措置協定に基づく協力を再考する可能性がある」

イラン国内の核に関する議論の転換を後押しする3つの要因のうち、「最も重要なもの」は敵対国の動向に対する懸念だと、サベットは本誌に語った。具体的には4月に起きた危険な武力の応酬(イスラエルがシリアのイラン大使館領事部を攻撃し、その報復でイランがイスラエルに大量のミサイルとドローン〔無人機〕を発射。イスラエルがイランの防空施設を再報復攻撃)だという。

「イラン政府当局者や要人による4月の核に関するサインは、かなりの部分までイスラエルへの牽制と、イランの核施設を標的にしたイスラエルの報復攻撃をアメリカにやめさせることが目的だったようだ」

一方「一般的に言って、転換を後押しする第2、第3の要因は」と、サベットは話を続けた。「制裁の解除につながるような核交渉の実現が見込めないこと。それにアメリカの現政権か次期政権が、イランに対する軍事的または経済的締め付けを強化するのではないかという懸念だ」

「安全が保障されれば核は不要」

イランは発効当初の70年からNPTに加盟してきたが、制裁解除を期待できなければ、脱退を検討する可能性もあると指摘する専門家もいる。

「イラン政府はNPTに残留し、核兵器開発を自粛しているのに、制裁を強化されるという流れを容認できないだろう」と、本誌に語るのは、00年代半ばに欧米との核交渉に当たったイランの元外交官で、現在はプリンストン大学の「科学および国際安全保障」プログラムの中東安全保障・核政策専門家を務めるホセイン・ムサビアンだ。

「問題は核だけではない」と、ムサビアンは言う。イランはNPTに加え、化学・生物兵器など大量破壊兵器や民間人を無差別に殺傷する兵器の開発を禁止する条約を締結している。にもかかわらず、外交的、経済的、軍事的に猛烈な圧力をかけ続けられているというのだ。

「過去何十年も世界の列強がイランに誓約を守らせようと、イランからさまざまな権利を奪ってきた」と、ムサビアンは言う。「そんなことがいつまでも続くはずがない」

イラン国内にも核政策転換の兆しに注目している人たちはいる。

テヘラン在住の安全保障アナリスト、アリレザ・タガビニアによると、核政策を変えられるのは、権威あるイスラム法学者でもあるハメネイただ一人だ。けれども国家の存続が脅かされたとなれば、信仰を根拠に政策転換を論じることが可能になると、タガビニアは本誌に語った。「イスラムでは人々の生存と生活を守ることが何より重要とされる」ので、「国民の命と国家の存続が危うくなれば、話は違ってくる」というのだ。

「アメリカは気付くべきだ」と、彼は主張する。「軍事攻撃の脅しと制裁ではイランの核開発を止められないことを。そして、イランを敵視する政策は捨てるべきだということを。そうなれば、イランは核武装をする必要がなくなり、NPTの枠内で核利用を進めるだろう」

イランが核保有を望んでいないのは確かだ、とタガビニアは語気を強めた。「だが自国の存続や安全保障を脅かす行為を許すわけにはいかないのだ......アメリカとイスラエルはイランに対する挑発と威嚇を控えるべきだ。そうすれば、イランは政策を変える必要がなくなる」

アメリカとイスラエルは、核政策の転換をにおわすイラン側の発言を受けて、一層厳しい警告を発するばかりだ。特にハメネイの顧問であるハラジの発言には、米国務省のマシュー・ミラー報道官が5月の記者会見で「無責任」だと非難を浴びせた。

バイデン政権はイランへの締め付けを強化すると誓い、軍事オプションも排除していないと、国務省の広報スタッフは本誌に語った。バイデンとアントニー・ブリンケン米国務長官は「イランの核保有を絶対に許さない」というのだ。

「前々から述べているように、持続可能かつ有効な解決に至る最善の方法は外交だと、われわれは考えているが、手元には全ての選択肢を残しておく」と、このスタッフは言う。「(バイデン)政権は対イラン制裁を1つも解除していない。圧力を強化し続け、引き続き広範な制裁を科し、われわれは違反を厳しく取り締まっている」

ライシの「事故死」を怪しむ声

とはいえ、米当局もIAEAと同様、「今のところイランは実験可能な核装置の製造に不可欠な工程には着手していないと評価し続けている」と、このスタッフは明かした。

イスラエルは長年、イランの核保有の可能性に対してアメリカ以上に厳しい警告を発してきた。ネタニヤフはガザ戦争を始めて以来、イランの核の野望を打ち砕く差し迫った必要性があるとみて、何度もそれに言及してきた。イランはイスラエル軍と戦うイスラム組織ハマスと、イスラエル攻撃に加わったレバノン、イラク、シリア、イエメンの武装組織を大っぴらに支援している。

イスラエルはこれまでも長年、イランの核開発に関わる科学者らの暗殺や核施設を標的にした電波妨害といった攻撃を繰り返してきた。さらには81年6月にイラク、07年9月にはシリアの核施設を空爆。地域の敵対的な国々の核保有を許さないかのような傲慢さを見せつけてきた(本誌はイスラエル首相府にコメントを求めている)。

ライシらを乗せて濃霧の中を飛んでいたヘリの墜落については、イスラエルかアゼルバイジャンの工作を疑う声は公式には上がっていない(ちなみにアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領はネタニヤフと親交を結んでいる)。

「あくまで仮説だが、イスラエルがアゼルバイジャン領内でヘリの電子機器などに破壊工作を行った可能性が取り沙汰されている」と、テヘラン在住の国際法学者であるアフマド・カゼミは本誌に語った。「イスラエルは過去20年間、イラン人核科学者の暗殺などのテロ工作にアゼルバイジャンを利用してきた」

こうした仮説が事実だと分かったら、「地域の諸勢力の均衡は根底から覆され、イスラエルとアゼルバイジャンは痛い目に遭うことになる」と、カゼミは警告する。

イランは過去のイスラエルの破壊工作から警戒すべきポイントを学び、地下に広大なネットワークを築くなど、核とミサイル関連施設の防御を固めてきた。そのためイスラエルが単独でイランの核開発を妨害するのは極めて困難な状況になっている。

「イスラエル単独でイランの国内各地に分散する核施設を破壊するのは難しいと思う」と、オバマ政権下で米国務省の初代特別顧問(核不拡散・軍備管理担当)を務めたロバート・アインホーンは本誌に語った。「だがイスラエルは間違いなくイランが核兵器を保有するのを阻止しようとするはずだ」

現在はブルッキングス研究所上級研究員のアインホーンによれば、イランの政策立案者たちが21世紀の新興核保有国が経験している「リスクとチャンスの両方」に目を向ける可能性は高いという。

抑止力が今後の戦略のカギに

イラクが大量破壊兵器を保有しているという主張は03年の米主導によるイラク侵攻の口実となった。この年、同じく核開発を進めるリビアと北朝鮮は大きく異なる道をたどった。リビアは核施設解体で欧米と合意。一方、北朝鮮はNPTから脱退し核開発を加速させた。

そのわずか8年後、リビアではムアマル・カダフィの長期独裁政権がついに倒され、カダフィはNATOが支援する反政府勢力によって殺害された。一方、北朝鮮の金一族は今もしぶとく権力の座にとどまり、アメリカをも射程に収めることのできる核兵器の開発を加速させている。

イランは既に中東では最多のミサイルとドローンを保有し、「抵抗の枢軸」と連携している。「抵抗の枢軸」とは、アメリカのジョージ・W・ブッシュ元大統領がイラク戦争前にイラン、イラク、北朝鮮を名指しした「悪の枢軸」に対抗してつくられた言葉で、大部分が非国家武装勢力という前例のないネットワークだ。この2つが、信頼し得る抑止力を確立しようというイランの数十年来の取り組みの核となってきた。

そんな状況が変わりつつあるのかもしれないとアインホーンは指摘する。「いくつかの進展がイランのエリート層の核兵器に対する賛成意見の一部を裏付けてきた」

「彼らはこれまで自国の従来型抑止力と代理勢力からの支援が十分な抑止力になると感じてきた。だが現在は、イランは今年4月の初の直接交戦が示すようにイスラエルから、ひょっとするとアメリカからも直接攻撃されかねない状況にある」

そしてアインホーンは別の見方を示した。「イランは以前は地域戦略がうまくいき、影響力を拡大し、敵を抑止していると感じていたかもしれないが、今ではアメリカがイスラエルや、もしかするとサウジアラビアなど湾岸諸国やエジプトも含めた有志連合を模索しているというものだ。イランと代理勢力に対抗するための連合だ」

だが近年、他の中東の国々の多くはイランとの戦略的競争にもかかわらずイランとの関係改善を選んでいる。アインホーンが注目しているのはイランの核のメッセージのもう1つの効果──他の国々が追随する可能性だ。特にサウジアラビアは核開発強化に興味を示し、エジプトとトルコにもその兆しが見られる。

国連軍縮研究所の元研究員サベットも同様の結論に達した。「イランの核実験強行を受けて他の中東諸国も核兵器国産をより真剣に考えるようになり(欧米の根強い抵抗は必至だが)、国際的な核不拡散体制にとって重大な課題となるはずだ」

「後戻りできないレベル」に

結局、イランの核開発の結果は確立される抑止力次第かもしれないとサベットは言う。

「地域の力の均衡(バランス・オブ・パワー)はイラン有利にシフトするはずだ。イランが今後も存亡の危機──少なくとも外交など他の方法では解決できない深刻な問題──に直面していると信じ続けるなら、敵に対する攻撃はより強く、よりあからさまになるだろう。一方、アメリカと中東の反イラン勢力の一部がイランとの合意を受け入れれば、中東情勢はいくらか安定し、解決困難だった問題が進展する可能性もある」

しかしながら現状の不安定さに追い打ちをかけているのは、アメリカ政府とイラン政府の間に信頼関係が根本的に欠けていることだ。かつて歴史的快挙とたたえられたイラン核合意という外交的打開策に代わって、合意に対する両国政府の強硬派の懐疑的な見方が優勢になった。

オバマ・トランプ両政権の米国家安全保障会議(NSC)核不拡散担当官で、現在はNPOのシンクタンクである核脅威イニシアチブ副代表代理のエリック・ブルーワーは、トランプ政権がイラン核合意から離脱した当時、イランは合意を遵守していたと指摘する。「アメリカの合意離脱を受けて、イラン政府が核開発を拡大したのは当然だ」

「バイデン大統領は合意復活に努めたが、結局駄目だった。その結果、今ではイランと何らかの合意に達することははるかに難しくなっている」とブルーワーは本誌に語った。「イランの核開発計画は後戻りできないレベルまで技術的進展を遂げている。地政学的環境、および欧米とロシア・中国との関係も15年に比べてはるかに厄介になっている」

ブルーワーはお手上げというわけではないとしながらも「合意の見込みは薄く、どんな合意なら可能で、そのためにはどうすればいいのかについて、枠にとらわれずに考える必要がある」と語った。

一方、中東ではより不確実性さを増す国際的秩序を背景に、ガザでの戦争によって不安定さが増している。

「イランが明日にも核保有国になろうとしているわけではないとしても、核政策の転換を示唆する発言は気がかりだ」とブルーワーは言う。「イランの核能力がかつてないほど向上し、ガザの紛争がイラン政府に核開発拡大もしくは核保有を決意させる方向に展開しかねないだけに、なおさらだ」

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