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パリ五輪直前に突然の議会解散・総選挙という危険な賭けに出たマクロン大統領の成算と誤算

ニューズウィーク日本版 2024年6月26日 18時0分

山田文比古
<マクロン大統領が、欧州議会選挙でのマクロン与党の敗北と「極右」とされる国民連合の躍進という衝撃的な結果を受けて、電撃的に議会(下院)の解散と総選挙という挙に出たことで、フランスはパンドラの箱を開けたような大混乱に陥り、最大級の政治危機の瀬戸際にある>

マクロン大統領が巻き起こした大混乱の渦の中から、総選挙の結果次第で、マクロン大統領の下で国民連合のバルデラ党首が首相に就くという、中道と「極右」の野合政権が誕生する可能性が現実味を帯びてきた。最近の世論調査でも、第1回投票で国民連合が35%を獲得し、29%の左翼連合「新人民戦線」と21.5.%のマクロン与党を上回って、議会第1党となる可能性が高いことを示している。

その勢いが第2回投票でも維持され、国民連合が第1党となり過半数の議席を制すれば、マクロン大統領は、不本意ながら国民連合のバルデラ党首を首相に任命せざるを得なくなる。大統領は首相を任命する権限をもつが、首相は議会(下院)の信任が必要とされるため、下院議員の多数派の中から選ばなければならないからだ。

マクロン大統領が、そうした危険性のあることを知らなかったはずがない。それを承知の上で、独断で議会の解散・総選挙に踏み切ったことで、各方面から無謀、無責任、独善との誹りを受け、与党陣営からもこのタイミングで総選挙を実施することに疑問の声が挙がった。

マクロン大統領の危険な賭け

それではなぜ、マクロン大統領はこうした危険な賭けに打って出たのか。
マクロン大統領は、2期目に入った直後の2022年下院議員選挙で大統領与党が絶対多数(過半数)となる議席を獲得することに失敗し、相対多数の第1党にとどまったことで、かろうじて首相の任命権は確保できたものの、重要政策の立法化にあたって、常に議会の多数派工作のため野党への妥協を強いられてきた。

また、それが功を奏さない場合には、議会をスルーするため政府に憲法上認められる伝家の宝刀の強権的立法手続き(法案の採択に政府不信任決議を絡ませ、後者が可決されなければ、前者は採択されたものとみなされる)を発動することでかろうじて乗り切ってきた。

こうして政治的主導権を議会によって制約され、半ばレームダック状況に置かれていたマクロン大統領にとっては、大統領権限である議会解散権を行使して総選挙に持ち込み、それに勝利して議会多数派を取り戻し、自らの政治的主導権を再確立することが、任期当初からの念願であった。

マクロン流の読みと成算

しかし問題は、そのタイミングである。
大統領としての任期5年の中間点に近づきつつあるマクロン大統領にとって、残された時間は日々減っていくばかりで、来年度予算(フランスの会計年度は1~12月の暦年)の編成を解散総選挙後の新しい議会の下で行おうとすれば、議会における予算審議が始まる今秋がギリギリのタイミングとなる。しかし、夏にはパリ五輪が控えており、その後は国を挙げてバカンスに入るので、それが明けた初秋あたりが常識的な線だと見られてきた。

そうした常識を覆して、マクロン大統領が、パリ五輪前で欧州議会選挙直後というこのタイミングを選んだのは、欧州議会選挙での敗北というショックによるのではなく、むしろ国民連合の躍進というショックを逆手にとって、「極右」に拒否感をもつ左右穏健派を「反極右」で結集・糾合することで総選挙での勝利が可能と考える、マクロン流の読みと成算があったからだ。

下院議員選挙の小選挙区2回投票制は、そうした「極右」と「反極右」という2つのブロックの間の対決という構図を作るのに絶好の選挙方法だ。第1回投票での上位数名が第2回投票に残れるが、第3位の候補が立候補辞退したり、第1回投票のあとに選挙結果次第で選挙協力の組み換えや再調整がおこなわれたりして、結局第2回投票は、第1回投票の上位2名での決戦となることが多い。しかも、第2回投票では2人の間で逆転が生じ、第1回目で第2位の候補が決戦を制することもたびたびある。

こうした戦術を成功させるためには、上位2位以内に付けておくことが、極めて重要となるが、マクロン与党は、欧州議会選挙で国民連合の後塵を拝したとはいえ、かろうじて他の政党を抑えて第2党のポジションを確保した。マクロン与党が第2党となることを脅かす可能性のある左翼連合は、中東紛争に対するスタンスの違いが表面化したことで、急進派と穏健派の間で対立が深まり、分裂状態に陥っていた。分裂したままで臨んだ欧州議会選挙では、個々の党別では票を伸ばした政党もあったが、逆に左翼連合としての弱体化を曝け出した。こうした状況は、マクロン与党にとって、来るべき下院議員選挙でも2位以内に入る可能性を与えていた。

マクロン大統領の誤算

ところが、ふたを開けてみたら、それは誤算であったことがすぐに明らかになった。
マクロン与党への求心力はマクロン大統領の思惑通り働き始めたが、それをはるかに上回る大きな遠心力が発生した。今回の強引な決定が、マクロン大統領の政治手法に対する大きな反発を呼び、左右両派においてマクロン離れの動きを招いてしまったのだ。

分裂していた左派では、「反マクロン」で共同戦線を組もうという再結集の動きが急速に進み、急進左派から社会党右派まで(「メランションからオランドまで」)ほぼすべての左派勢力が大同団結した、新たな左翼連合「新人民戦線」が立ち上げられた。

一方右派の側でも、「反マクロン」の遠心力が強まった。
それは、「極右」への擦り寄りという形で現れた。共和党内に潜在的にあった内部分裂が顕在化したものだが、ショッティ党首が秘密裏に国民連合と接触して、独断で選挙協力・連合を組むという方針を発表したのだ。

これに対し「反極右」路線を堅持してきた他の党幹部は一斉に反発し、ショッティ党首の解任を決めたが、即時抗告の裁判の結果、解任は認められず、ショッティは党首のまま、国民連合との連合が成立した形となっている。

その結果、ショッティ派の「共和党」と国民連合が連合したブロックが一方において存在し、反ショッティ派の「元祖共和党」がもう一方において存在するという、支離滅裂の状況が生じている。ショッティ派「共和党」からは約60名程度が立候補し、「極右」勢力を補強している。

こうした政党・政治家レベルでの政界再編が、有権者レベルでの政治勢力関係、ひいては投票による選挙結果に、どう結びつくのかはふたを開けてみないと分からないが、上述の世論調査によれば、国民連合の第1位(35%)は揺るがないが、新たな左翼連合が第2位(29%)に浮上し、マクロン与党は第3位(21.5%)に落ち込んでいる。この傾向が総選挙でも表れれば、マクロン与党が決選投票に進めるチャンスはほぼ絶望的だ。

カギとなる投票率

最後の頼みの綱は、再び小選挙区2回投票制のカラクリだ。第2回投票に残るために乗り越えなければならない壁は有権者数の12.5%とされているが、この壁は投票率が上がれば低くなり(例えば投票率75%の下では、得票率ベースで16.7%に相当)、下がれば高くなる(例えば投票率50%の下では、得票率ベースで25%に相当)。

予想得票率21.5%のマクロン与党にとって、この壁は厳しい。
選挙区によっては、この壁を乗り越える場合もあるだろうが、そうでない場合もあろう。総体的にみれば、投票率が上がれば上がるほど、第2回投票に残って3党間での決選投票に持ち込めるケースが増えるということになる。

最近の世論調査に基づく予測では、投票率は64%と推定される。
投票率が64%であれば、この壁は得票率ベースで約20%に相当し、予想得票率21.5%のマクロン与党はかろうじてクリアできることになる。この趨勢が維持されれば、個別には選挙区次第ではあることに変わりはないが、総体的には何とかギリギリで第2回投票に残って3党間での決選投票に持ち込めるケースが多くなると言えそうだ。
いずれにせよ、投票率が極めて重要なカギとなることは、間違いない。

三つ巴の帰趨

3党間の三つ巴が実現したとしても、その後の展開は、極めて複雑な状況になる。
通常の選挙では、第1回投票の後、第2回投票までの間に、第1回投票の結果次第で、各党間での候補者調整(立候補辞退など)、選挙協力の組み換えや再調整(政治的立場が近い政党の候補への支持表明など)などが行われるが、今回の場合はどうなるだろうか。

通常の選挙の場合は、政治的立場の近い政党間で協力や提携が模索されるが、今回の場合は、3党ともお互いに敵対し合っているので、どの党の間をとってみても、通常の選挙の場合のような協力や提携が成立する余地は極めて小さい。3党とも現時点では手の内を明らかにしておらず、どうなるかまったく見通せない状況だ。

しかし、かすかながら、一部で協力や提携が成立する余地はある。
マクロン与党は「反極右」かつ「反極左」(マクロン大統領は左翼連合を「極左」と見なしている)の立場だが、「反極左」より「反極右」の方が強い。したがって、第1回投票で国民連合と左翼連合の2党が上位2位を占めた場合、第3位のマクロン与党は、左翼連合への支持に回る可能性が高い。ただし、左翼連合の中の「極左」系の候補者に対しては留保が付くだろう。

左翼連合は「反極右」かつ「反マクロン」の立場だが、「反マクロン」より「反極右」の方が強い。したがって、第1回投票で国民連合とマクロン与党の2党が上位2位を占めた場合、第3位の左翼連合はマクロン与党への支持に回る可能性が高い。あるいは、左翼連合の中で、マクロン与党を支持するかしないかで路線対立が表面化して、再び内部分裂を起こす可能性もある。

国民連合は「反マクロン」かつ「反左翼連合」の立場で、両者に対し等しく敵対関係にあるので、マクロン与党と左翼連合の2党が上位2位を占めた場合、第3位の国民連合はどちらも支持しないという姿勢のまま第2回投票に進み、3党間での三つ巴の再現となる可能性が高い。それを回避すべく、マクロン与党と左翼連合のいずれかが立候補辞退するなどの選挙協力をして、国民連合の決選投票での敗退を図ろうとするするかもしれない。

その他、以上の3つのブロックに与していない「元祖共和党」と独立系右派は、少数勢力ではあるが、こうした3ブロック間の鍔迫り合いの中で、バランス関係を変えるような存在感を示すことがあるかもしれない。

4つのシナリオ

こうした政党間の駆け引きが、国民・有権者のレベルでどう作用するかはまったく予想できないが、理論的には4つのシナリオが考えられる。

第1のシナリオは、国民連合が第1党となり過半数を制するというケースだ。
この場合、冒頭で述べたように、マクロン大統領の下で国民連合のバルデラ党首が首相に就き、中道と「極右」の野合政権が誕生する。

第2のシナリオは、国民連合が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ。この場合、バルデラ党首は首相を引き受けることはないと公言しているので、マクロン大統領は代わりに誰を任命するかが大問題となる。

第3のシナリオは、左翼連合が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ(過半数を制することは、おそらくないであろう)。
この場合、考えられる首相候補は、左翼連合の最大の実力者である急進派のメランションであるが、左翼連合の中には分裂していた時のしこりが残っていて、メランションに対する反発も大きいので、「メランション首相」ではまとまらず、誰か別の政治家を任命することにならざるを得ないだろうが、その選考の過程で左翼連合の内部分裂を再び惹起して、政治的混乱をもたらす可能性がある。

第4のシナリオは、マクロン与党が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ(過半数を制することは、おそらくないであろう)。
このケースは、結局、解散前の議会下院の構成と同じで、今のアタル首相が引き続き首相を務めるということになる。

最大級の政治危機の瀬戸際

第1のシナリオは、マクロン大統領にとって最悪のシナリオだが、可能性は排除されない。
その場合、水と油の間柄で、基本的政策においてまったく相容れない関係にあるマクロン大統領とバルデラ首相が、どのような政権運営を行っていくのかまったく不明であるが、過去の野合政権(コアビタシオン)の時をはるかに上回る、壮絶な権限争いと深刻な政治対立が起きることは間違いない。その結果、大統領の辞任か、1年後に再解散総選挙となる可能性がある。

第4のシナリオは逆に、マクロン大統領にとって最善のシナリオだが、現状維持に過ぎないので、何のために選挙をやったのかということになり、マクロン大統領のレームダック状態はいよいよ決定的になる。

第2のシナリオと第3のシナリオの場合は、マクロン大統領と各党との間で、首相を誰にするかで権謀術数の政争が繰り広げられ、政治的混乱が深まる可能性が高い。

フランスは、第5共和政下で最大級の政治危機を迎えるかいなかの瀬戸際に立たされている。



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