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イスラエルがハマスと同時にヒズボラにも戦争を仕掛けたがる理由

ニューズウィーク日本版 2024年6月29日 21時18分

イアン・パーメーター(オーストラリア国立大学アラブ・イスラム研究センター)
<レバノンのイスラム教過激派勢力ヒズボラによるミサイル攻撃を受け、イスラエルはヒズボラへの攻撃の意思を明らかにしている。ガザ地区でのハマスとの戦いも続くなか、本気で二正面戦争に突入するのだろうか>

元英国首相ウィンストン・チャーチルが残した多くの名言の中に、「歴史から学ばない者は、歴史を繰り返して滅ぶ」というものがある。

イスラエルがレバノン南部で、レバノンの過激派組織ヒズボラと本格的な戦争に乗り出す準備をしている可能性があることも、まさにその例であるようにみえる。

イスラエルのカッツ外相は先ごろ、ヒズボラに対する全面戦争を決断する時が「まもなくやってくる」と述べ、イスラエル国防軍(IDF)幹部が作戦計画に署名したことを明かした。

一方、ガザ地区のハマスに対するイスラエルの戦争もまだ終わっていない。イスラエルは、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が紛争開始時に掲げた2つの主要目標、すなわち、ガザにおける軍事・統治組織としてのハマスの壊滅と、ハマスが拘束している残りのイスラエル人人質(生存とみられる約80人と、死亡とみられる約40人の遺体)の解放をまだ達成していない。

The Israeli army said plans for an offensive in Lebanon were "approved and validated" amid escalating cross-border clashes with Hezbollah and a relative lull in Gaza fighting https://t.co/H0nq61Gbay pic.twitter.com/qzzFq3nDt5— AFP News Agency (@AFP) June 18, 2024

 

激怒する北部住民

イスラエルには、ヒズボラの脅威を排除したいもっともな理由がある。昨年10月8日にガザ紛争が始まって以来、ヒズボラは後ろ盾のイランから供与されたミサイルやロケット、無人機を、国境越しにイスラエル北部に撃ち込んでいる。しかもその目的は、イスラエル国防軍の注意をガザ作戦からそらせ、ハマスを支援するためだと、ヒズボラは明言している。

ヒズボラの攻撃は比較的限定的で、今のところイスラエル北部に限られている。それでも、国境付近の住民約6万人が避難を余儀なくされている。うんざりした住民は、ネタニヤフ政権にヒズボラを国境から撤退させろと要求している。

その怒りはここ数日でさらに増大した。ヒズボラが低空飛行の偵察機で撮影したイスラエル北部の都市ハイファの軍事施設や民間施設の映像を公表したからだ。

つまり、ヒズボラはこの地域で新たな標的を設定する準備にかかっていたのだ。ハイファは人口30万人近い都市だが、ヒズボラの攻撃はまだ受けていない。

ネタニヤフ内閣で最も右寄りの閣僚ベザレル・スモトリッチ財務相とイタマール・ベン・グヴィル警察相は、イスラエル軍のレバノン南部への侵攻を公然と要求している。このような圧力がなくても、イスラエル北部の住民は与党リクード党の強力な支持者であることから、ネタニヤフ首相としては、ヒズボラの脅威をなんとしても無力化したいのだ。

"Let's build the regions of the south and north, three, four and five times bigger"While addressing the crowd at the 'Flag March' day in Jerusalem on Wednesday, Israeli finance minister Bezalel Smotrich Pleaded with prime minister Netanyahu to "go to war with Hezbollah."... pic.twitter.com/CCSZZ6mqk2— Middle East Eye (@MiddleEastEye) June 6, 2024

アメリカとイランの利害関係

アメリカは明らかに、イスラエルが紛争で第二の戦端を開くリスクを懸念している。ジョー・バイデン大統領はイスラエルとレバノンにアモス・ホッホシュタインを特使として派遣し、緊張緩和を図っている。        

ホッホシュタインはレバノンを訪れても、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララと直接交渉することはできない。ヒズボラがアメリカの国際的テロ組織リストに載っているからだ。その代わり、彼は同じシーア派としてナスララと話ができるレバノン国会のナビ・ベリ議長と会談した。

だがヒズボラは、この地域における主な支援者であるイランの要求には従う。どんなレバノンの指導者も、イランに承認された行動をやめるようヒズボラを説得できるかどうかは疑わしい。

現時点のイスラエルとヒズボラの戦争の可能性におけるイランの利害関係は複雑だ。イスラエルが二正面から軍事的圧力を受けるのが喜ばしいことは明らかだ。だが、イランの指導者たちはヒズボラを、イランの核施設を攻撃したがっているイスラエルに対する抑止力だと考えている。

ヒズボラは推定15万発のミサイルとロケット弾を保有しており、その中にはイスラエル領の内部まで届くものもある。これまでのところイランは、ヒズボラとイスラエルとの大規模な戦闘拡大は望んでいないようだ。

イスラエルのミサイル防衛システム「アイアン・ドーム」は、ガザからのロケット弾攻撃を無力化することには目覚しい成功を収めているが、より高性能なミサイルの集中砲火に対しては、それほど有効ではないかもしれない。

現に今年4月、イランがイスラエルにミサイル150発と無人機170機を直接撃ち込んだときは、イスラエルはアメリカ、イギリス、フランス、ヨルダンからの支援を必要とした。

レバノン介入の教訓

もう1つのファクターは、イスラエルによるレバノンへの過去の介入は、歴史的にかなりコストがかかったということだ。

イスラエルとレバノンの問題は、ヨルダンの故フセイン国王が1970年、当時ヤセル・アラファトが率いていたパレスチナ解放機構(PLO)をレバノンに移転させたことから始まった。PLOが1967年の戦争後、ヨルダンを対イスラエル作戦の拠点として使っていたため、イスラエルの報復を誘発したからだ。

1970年代初頭から、PLOはレバノンで国家の中の国家を作った。PLOは弱体化していたレバノン政府とほぼ無関係に行動した。レバノンは宗派を理由に分裂し、1975年には長期にわたる内戦に突入した。

PLOはレバノン南部からイスラエルに攻撃を仕掛け、イスラエルは1978年にレバノンへの限定侵攻を開始し、パレスチナの民兵集団をリタニ川以北に追いやった。

この侵攻は部分的にしか成功しなかった。PLOはすぐに国境まで後退し、イスラエル北部への攻撃を再開した。1982年、イスラエルのメヘナム・ベギン首相(当時)はPLOをレバノンから完全に排除することを決定し、ベイルートまでレバノン侵攻を開始した。PLO指導部と戦闘員の大部分は拠点をチュニジアに移さざるをえなくなった。

この成功にもかかわらず、2度にわたる侵攻は、それまで静かだったレバノン南部のシーア派住民を急進化させるという予期せぬ結果を招いた。

その結果、最高指導者ルホラ・ホメイニ師率いるイランは、革命後間もない時期にレバノンのシーア派聖職者たちと協力して、ヒズボラ(アラビア語で「神の党」)を設立。イスラエルにとってPLO以上の脅威となった。

イランの支援を受けてヒズボラは年々勢力を強め、レバノン政治に影響を与える勢力となり、定期的にイスラエルに向けてミサイルを発射するようになった。

2006年、ヒズボラは、捕らえた2人のイスラエル兵の救出を目的としたレバノン南部へのイスラエル国防軍の進撃を阻止することができた。結果は実質的に引き分けで、2人の兵士は2008年にレバノン人捕虜と交換された。

当時、多くのアラブ人オブザーバーは、軍事力で圧倒的に不利な紛争を引き分けにもちこんだヒズボラは、政治的・軍事的に勝利したと判断した。

この紛争中と紛争後しばらくの間、ナスララは、サウジアラビアなど保守的なスンニ派アラブ諸国の支配者に嫌われていたにもかかわらず、この地域で最も人気のある指導者の一人だった。

歴史は繰り返すのか

歴史は繰り返すのか──これは、イスラエルがヒズボラとの戦争を議論する場合避けて通れない問題だ。現在の状況とチャーチルの言葉との関連も明らかだ。

ほとんどの軍事専門家は、二つの正面で戦争を構えることには警告を発するだろう。ジョージ・W・ブッシュ元米大統領は、アフガニスタン戦争にまだ決着がつかない2003年にイラク侵攻を開始した。その結果、米軍は大きな犠牲を払い、国も壊滅的な損失を被った。

19世紀のアメリカの作家マーク・トウェインは、「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む」と言ったと伝えられる。イスラエルの指導者たちは過去からの響きに耳を傾けるだろうか。

Ian Parmeter, Research Scholar, Centre for Arab and Islamic Studies, Australian National University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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