パックン(パトリック・ハーラン)
<バイデン大統領にとって散々な結果となった米大統領選討論会。ここから「短期の大病」で逆転するための秘策をハーバード大卒芸人のパックンが考えました>
おっと。短期的な「大病」に罹りそうだ。
ちょっと風邪気味だから早めに寝て治そうとするときってあるよね? そんな感じだけど、風邪ではなく大病の予感がするんだ。でも、ご心配なく! すぐ治るし、そもそも僕自身の体調の話ではない。
大病になりそうなのはバイデン大統領だ。先日の大統領討論会では声もカサカサで咳込んでおり、討論会の最中にスタッフが「実は風邪をひいている」とメディアにリークしている。しかし翌日の集会には出ているし、その風邪の心配もなくなった。というか、どっちみち僕がしたいのは本当の病気ではなく、都合上の「大病」の話だ。
医師のトモダチから聞いたところ、「大病」に罹りたいとき便利なのは「胃痙攣」だそうだ。仕事もできないほどの激痛だが、検査で感知できるものではない。つまり、胃痙攣じゃないことも証明できないので、自己申告だけで診断書を書いてもらえるのだ。バイデンが「胃痙攣」でも訴え、一週間ぐらい公務を休むことにすれば、「大病」としてカウントされることでしょう。
そして、タイミングをうまく見計らって自らの判断で「治れば」いい。胃痙攣はつらいと思うけど、「胃痙攣」は全く痛くない。よっし、これにしよう。
僕がバイデン大統領のブレーンであれば、そんなアドバイスをするだろう。
本当はバイデンは楽勝だった
そう思ったきっかけは先日の米大統領選に向けた候補者同士の討論会。
討論会でバイデンの対戦相手を務めたのはドナルド・トランプ氏。以前、女性に性的暴力を加えた。女性を誹謗中傷した。慈善団体の資金を横領した。不動産の価値を不正に操作した。選挙法違反の一環としてポルノ女優への口止め料の記録を偽造した。そんなトランプ氏。
上記はどれも噂や疑惑ではなく、民事や刑事裁判で立証されたれっきとした事実だ。討論会の司会も「前大統領」と呼ぶトランプだが、肩書を最新バージョンに更新するなら「性加害者・詐欺師・犯罪者」と言った方が正確だろう。
負けるはずがないが、そんな前科持ちにバイデンは負けた。
討論会の最中にトランプは30回以上虚偽の発言をしている。それも中絶、テロ、イラン、ウクライナ、税金、議事堂乱入、関税、貿易、退役軍人、選挙、移民、年金、メディケア(高齢者医療保険制度)、経済などなど、討論で取り上げられたテーマのほとんどについてだ。
バイデンはウソを指摘し、正しい情報で反論できたはず。例えば、トランプはバイデン政権下で財政赤字も中国との貿易赤字も史上最悪レベルに達したと主張したが、そこにチャンスがあった! バイデンが「それはウソ。実はその二つの最悪の記録を作ったのはあなたの政権です」と、真実でもって論破すれば楽勝だったのに、バイデンは(自らも何回か数字を間違えたりして誤報を発信しながら)大ウソつきに負けた。
トランプの弱点は犯罪歴と虚言癖だけではない。討論会で聞かれた重要な質問:NATOから抜ける? 2021年1月に米議会議事堂に乱入した人たちを非難する? 気候変動はどう対策する? 高騰する子育てコストはどうする? 社会に蔓延するオピオイド依存症に苦しむ人々の救済策は? 今年の大統領選の選挙結果を受け入れるか? などを次々と答えずにかわした。
なぜ回答を避けるのか? 自分の支持者と一般国民との間で認識や気持ちの乖離があり、答えづらいものもあるが、それよりも、それぞれの課題に対する政策がないからだと思われる。バイデンは任期中にNATOを拡大させたり、米史上最高額の気候変動対策法を通したり、低所得家庭の育児費用を補助したりしている。つまり、政策だけではなく、実績もある。政策ゼロの男に負けるはずがないが、負けた。
バイデンは自分の老いへの不安の払拭も、トランプの不適切さの証明も、トランプのウソの訂正も、自分の政策や功績アピールもできていないのは、今回の討論会が初めてではない。ここまでの広報や選挙活動もずっと全く効果をみせていない。激戦州の世論調査でバイデンはとことん負けている。このままだと、本選挙も「こだまだけの東海道新幹線状態」だ。そう! のぞみもひかりもないのだ。
「ミッション仮病」でこう勝つ
アメリカや世界の未来がかかっている選挙だから、バイデンは記憶力もコミュニケーション能力も高い、負けるはずのない相手にちゃんと勝てるような「やり手の後輩」に選手交代するべきだ!
そう求める声が日々高まっている。米メディア各社のコメンテーターや寄稿者からも。大口の献金者からも。そしてなんと、ニューズウィーク日本版のコラムニスト(僕)からも。
だが、問題がある。8月の党大会で候補を変えることはルール上できるが、既に終了している全国の予備選挙で党員たちはバイデンを選んでいる。党大会で別人を本候補に指名すればそれは民意に反する、非民主主義的な強硬手段だ!と、確実にトランプから非難されるはずだ。これは痛い。
「大統領になったら政敵へ報復する」「就任した初日に独裁者になる」「憲法を停止できる」などと宣言しているトランプは非民主主義のエキスパートだ。彼が言うなら間違いない。
そこで僕は、民意に逆らわない形でバイデンが身を引き、他人に候補を譲るための作戦として短期的な「大病」を提案したい。まずバイデンの健康上の懸念を発表する。(トランプに負けそうだからではなく)治療と大統領の仕事に専念したいという口実で選挙から退けるわけ。
その直後から、党大会に向けて民主党の若手候補が猛スピードで選挙活動を始める。大会で全国からのオンライン投票などでしっかり民意を採り入れる形をとる。全国民が注目するなか、本候補が決定するとバイデン大統領が舞台上で感動的な応援演説を行う。そして、最後の大統領討論で新候補が圧勝し、その勢いでホワイトハウスへ(トランプもなんらかの公共施設に入りそうだけど)。
これが「ミッション仮病」のシナリオ。夢にすぎないかもしれないが、先日の討論会で立派な悪夢を見てしまったから、しばらくそんな夢でも見たいのだ。
<バイデン大統領にとって散々な結果となった米大統領選討論会。ここから「短期の大病」で逆転するための秘策をハーバード大卒芸人のパックンが考えました>
おっと。短期的な「大病」に罹りそうだ。
ちょっと風邪気味だから早めに寝て治そうとするときってあるよね? そんな感じだけど、風邪ではなく大病の予感がするんだ。でも、ご心配なく! すぐ治るし、そもそも僕自身の体調の話ではない。
大病になりそうなのはバイデン大統領だ。先日の大統領討論会では声もカサカサで咳込んでおり、討論会の最中にスタッフが「実は風邪をひいている」とメディアにリークしている。しかし翌日の集会には出ているし、その風邪の心配もなくなった。というか、どっちみち僕がしたいのは本当の病気ではなく、都合上の「大病」の話だ。
医師のトモダチから聞いたところ、「大病」に罹りたいとき便利なのは「胃痙攣」だそうだ。仕事もできないほどの激痛だが、検査で感知できるものではない。つまり、胃痙攣じゃないことも証明できないので、自己申告だけで診断書を書いてもらえるのだ。バイデンが「胃痙攣」でも訴え、一週間ぐらい公務を休むことにすれば、「大病」としてカウントされることでしょう。
そして、タイミングをうまく見計らって自らの判断で「治れば」いい。胃痙攣はつらいと思うけど、「胃痙攣」は全く痛くない。よっし、これにしよう。
僕がバイデン大統領のブレーンであれば、そんなアドバイスをするだろう。
本当はバイデンは楽勝だった
そう思ったきっかけは先日の米大統領選に向けた候補者同士の討論会。
討論会でバイデンの対戦相手を務めたのはドナルド・トランプ氏。以前、女性に性的暴力を加えた。女性を誹謗中傷した。慈善団体の資金を横領した。不動産の価値を不正に操作した。選挙法違反の一環としてポルノ女優への口止め料の記録を偽造した。そんなトランプ氏。
上記はどれも噂や疑惑ではなく、民事や刑事裁判で立証されたれっきとした事実だ。討論会の司会も「前大統領」と呼ぶトランプだが、肩書を最新バージョンに更新するなら「性加害者・詐欺師・犯罪者」と言った方が正確だろう。
負けるはずがないが、そんな前科持ちにバイデンは負けた。
討論会の最中にトランプは30回以上虚偽の発言をしている。それも中絶、テロ、イラン、ウクライナ、税金、議事堂乱入、関税、貿易、退役軍人、選挙、移民、年金、メディケア(高齢者医療保険制度)、経済などなど、討論で取り上げられたテーマのほとんどについてだ。
バイデンはウソを指摘し、正しい情報で反論できたはず。例えば、トランプはバイデン政権下で財政赤字も中国との貿易赤字も史上最悪レベルに達したと主張したが、そこにチャンスがあった! バイデンが「それはウソ。実はその二つの最悪の記録を作ったのはあなたの政権です」と、真実でもって論破すれば楽勝だったのに、バイデンは(自らも何回か数字を間違えたりして誤報を発信しながら)大ウソつきに負けた。
トランプの弱点は犯罪歴と虚言癖だけではない。討論会で聞かれた重要な質問:NATOから抜ける? 2021年1月に米議会議事堂に乱入した人たちを非難する? 気候変動はどう対策する? 高騰する子育てコストはどうする? 社会に蔓延するオピオイド依存症に苦しむ人々の救済策は? 今年の大統領選の選挙結果を受け入れるか? などを次々と答えずにかわした。
なぜ回答を避けるのか? 自分の支持者と一般国民との間で認識や気持ちの乖離があり、答えづらいものもあるが、それよりも、それぞれの課題に対する政策がないからだと思われる。バイデンは任期中にNATOを拡大させたり、米史上最高額の気候変動対策法を通したり、低所得家庭の育児費用を補助したりしている。つまり、政策だけではなく、実績もある。政策ゼロの男に負けるはずがないが、負けた。
バイデンは自分の老いへの不安の払拭も、トランプの不適切さの証明も、トランプのウソの訂正も、自分の政策や功績アピールもできていないのは、今回の討論会が初めてではない。ここまでの広報や選挙活動もずっと全く効果をみせていない。激戦州の世論調査でバイデンはとことん負けている。このままだと、本選挙も「こだまだけの東海道新幹線状態」だ。そう! のぞみもひかりもないのだ。
「ミッション仮病」でこう勝つ
アメリカや世界の未来がかかっている選挙だから、バイデンは記憶力もコミュニケーション能力も高い、負けるはずのない相手にちゃんと勝てるような「やり手の後輩」に選手交代するべきだ!
そう求める声が日々高まっている。米メディア各社のコメンテーターや寄稿者からも。大口の献金者からも。そしてなんと、ニューズウィーク日本版のコラムニスト(僕)からも。
だが、問題がある。8月の党大会で候補を変えることはルール上できるが、既に終了している全国の予備選挙で党員たちはバイデンを選んでいる。党大会で別人を本候補に指名すればそれは民意に反する、非民主主義的な強硬手段だ!と、確実にトランプから非難されるはずだ。これは痛い。
「大統領になったら政敵へ報復する」「就任した初日に独裁者になる」「憲法を停止できる」などと宣言しているトランプは非民主主義のエキスパートだ。彼が言うなら間違いない。
そこで僕は、民意に逆らわない形でバイデンが身を引き、他人に候補を譲るための作戦として短期的な「大病」を提案したい。まずバイデンの健康上の懸念を発表する。(トランプに負けそうだからではなく)治療と大統領の仕事に専念したいという口実で選挙から退けるわけ。
その直後から、党大会に向けて民主党の若手候補が猛スピードで選挙活動を始める。大会で全国からのオンライン投票などでしっかり民意を採り入れる形をとる。全国民が注目するなか、本候補が決定するとバイデン大統領が舞台上で感動的な応援演説を行う。そして、最後の大統領討論で新候補が圧勝し、その勢いでホワイトハウスへ(トランプもなんらかの公共施設に入りそうだけど)。
これが「ミッション仮病」のシナリオ。夢にすぎないかもしれないが、先日の討論会で立派な悪夢を見てしまったから、しばらくそんな夢でも見たいのだ。