茜 灯里
<なぜH3ロケットプロジェクトチームはすでに打ち上げに成功している2号機に手を加えたのか。また、軌道投入に成功した「だいち4号」に今後期待される役割、同じ軌道上にある2号と同時に運用することで可能になることとは?>
日本の防災や災害状況の把握に重要な役割を果たす地球観測衛星「ALOS-4(だいち4号)」を搭載した新世代の国産大型ロケット「H3」3号機(H3F3、運用1号機)が、1日12時6分42秒(日本時間)に種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられました。16分34秒後には「だいち4号」の分離に成功、現地のプレスセンターではライブ中継を見守っていたJAXA職員らが拍手で称えました。
H3は、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)と三菱重工業が「H2A」の後継機として開発した2段式の使い捨て液体燃料ロケットです。イーロン・マスク氏率いるスペースXの急成長で激化する宇宙輸送産業の中で国際競争力を高めるため、「オーダーごとに形態を変えられる柔軟性」「打ち上げや納期の高信頼性」「低価格」を目標に掲げて開発されています。
2023年3月に打ち上げられた試験機1号機は、電気系統のトラブルで第2段エンジンが着火せず、指令破壊(信号を送って意図的に破壊)されました。そのため、搭載していた地球観測衛星「だいち3号」が喪失されました。原因を究明し、改良した試験機2号機は、本年2月に打ち上げに成功しています。
「100点満点の打ち上げ」「我が子の産声を聞いて一安心」
3号機の打ち上げは、当初は6月30日の同時刻に設定されていました。しかし、機体を発射場に移動する時間帯に、ロケット本体や電気系統に悪影響を及ぼす可能性がある雷の予報が出ていたこと、30日には発射場周辺の雲の中に「氷結層」と呼ばれる雷を誘発する低温(およそ0℃~マイナス20℃)層の発生が予想されたことから、1日延期して万全を期して臨みました。
打ち上げから3時間後に開かれた記者会見で、JAXA宇宙輸送技術部門H3プロジェクトマネージャの有田誠氏は「100点満点の打ち上げだった。(初号機で着火せずに打ち上げ失敗した)第2段エンジンが着火したときは『よし!』と声が出た。衛星(だいち4号)の分離で周囲から拍手が起きて、 (前プロジェクトマネージャの)岡田(匡史・現JAXA理事)と抱き合った」と笑顔を見せました。
打ち上げ成功を拍手で称えるJAXA職員ら 筆者撮影
一方、同ALOS-4プロジェクトマネージャの有川善久氏は「1点の心配もなく打ち上げられ、(ロケットから分離された後に)オーストラリアとチリで『だいち4号』の信号が受信されて我が子の産声を聞いて一安心している。生まれたばかりなので、だいち4号はこれからだ」と語り、表情を引き締めました。
H3ロケット3号機は、2号機からさらに進化させた機能を持つロケットです。大切な「だいち4号」を搭載しているのに、プロジェクトチームはなぜ成功した2号機と同じ機体を使わなかったのでしょうか。軌道投入に成功した「だいち4号」は、今後、どのような役割を期待されているのでしょうか。概観しましょう。
今回のだいち4号打ち上げを予告したポスター(日付は当初予定していた6月30日に) 筆者撮影
経済産業省宇宙産業室によると、22年時点での世界の宇宙産業の市場規模は約54兆円(1ドル140円で換算)で、4分の1が政府予算、4分の3が民間の衛星サービスや打ち上げ関連ビジネスです。アメリカの金融機関であるモルガン・スタンレーは、2040年までに約3倍の140兆円規模になると見積もっています。
世界の年間ロケット打ち上げ成功回数は、23年にはついに200回を超えました。うち約半数はスペースX社によるものです。一社に一人勝ちさせないために、今後はアメリカ、中国、日本、フランスなどを中心に、信頼性や低コスト、利便性を武器にした衛星打ち上げの受注競争が激化することが予想されます。
H3ロケットの打ち上げコストはH2Aの半分
H3ロケットを一言で表せば、「究極の使い捨て型ロケット(ELV)」です。
近年はスペースXの急成長で、ロケットを回収して再度宇宙に打ち上げることでコスト減を図る「再使用型宇宙往還機(RLV)」に注目が集まっています。しかし、ELVも決して過去の遺物ではありません。長年の技術開発による高い信頼性があり、工夫次第で製造コストも下げることができます。
H3ロケットの前機であるH2Aロケットは24年1月に48号機が打ち上げられ、42回連続で成功、成功率は97.9%と世界的に見ても抜群の信頼性を誇っています。けれど、打ち上げのコストが1回につき約100億円で、スペースXのRLV「ファルコン9」の4900万ドル(23年時点、約74億円)と比べて3割ほど高いことがネックでした。
H3は電子部品の9割に自動車向けのものを使うなどして、打ち上げコストをH2Aの半分の約50億円、発注から打ち上げまでの期間も半減の約1年を目指しています。実現すれば、人工衛星の打ち上げ受注で国際社会で十分に戦えると期待されています。
「攻めの姿勢」で示した日本の技術力の優位性
とはいえ1号機では搭載の人工衛星を失い、2号機は成功したとはいえ、慎重を期して予定されていた「だいち4号」ではなくダミーを運びました。3号機で初めて実際の人工衛星を宇宙に運ぶことに成功しましたが、もし再度、人工衛星を失うようなことになっていたとしたら、日本の大型宇宙輸送産業は苦しい立場に立たされたでしょう。
その点を踏まえて、先月28日に行われたメディア向けの事前説明会で筆者が驚いたのは、3号機は成功した2号機に手を加えた機体であることでした。
6月30日夜、組み立て棟から400メートル離れた発射台にロケットを移動させる様子 筆者撮影
第1段エンジン「LE-9」は、2号機では1号機に使われたタイプ1と一部を改修したタイプ1Aを1基ずつ搭載していましたが、3号機は2基ともタイプ1Aが使われています。
さらに特筆すべきことは、第1段エンジンの燃焼停止直前の約20秒間で、今回初めて「スロットリング」を飛行実証することでした。
スロットリングでは、意図的にエンジン推力を下げることで、搭載した人工衛星にかかる加速度ダメージを軽減します。有田プロジェクトマネージャによると、3号機では推力を一時的に66%にすることで、一般的なロケットでは搭載衛星に最高で約5.5Gかかるところ、4G程度までに抑えられると言います。
これまでに打ち上げたH3ロケット3機はいずれも第1段エンジンは2基でしたが、今後は3基のものも開発予定です。その場合は、推力がパワーアップするとともに搭載衛星への負荷もより厳しくなるため、スロットリングは必須の技術になります。
6月28日に行われた事前記者会見での有田氏(左)と有川氏(同右) 筆者撮影
とはいえ、1号機の失敗は、第2段エンジンが点火せずに推力を失ったことが原因です。筆者が有田氏に「推力を抑えることに心配はなかったですか」と尋ねたところ、「搭載する『だいち4号』は大切な衛星なので、関係者に『衛星に優しいつくりである』ことを説明し、納得していただいた。もちろん、うまく機能する自信があります」と話していました。
「うまくいっているロケットは、変えてはいけない」と語ったのは、米アポロ計画を主導した科学者ヴェルナー・フォン・ブラウン博士です。しかしH3ロケットの関係者は、開発に敢えて攻めの姿勢を貫き、宇宙輸送で日本の技術力の優位性を見せることに成功したと言えるでしょう。
有田氏は打ち上げ成功後、「だいち3号を失った初号機では、失敗したその日に『大変申し訳ない。必ずH3ロケットを立て直す』と関係者に語った。その意味ではホッとしているし、今後も連続成功あるのみだ」と力を込めました。
地殻変動をより迅速に発見できる可能性
さて、3号機が宇宙に運んだ「だいち4号」は先進レーダ衛星です。
地球観測衛星「だいち」シリーズには、①可視光から近赤外線を観測できる光学センサと合成開口レーダー(SAR)を積載。東日本大震災時に緊急観測を行った初代「だいち」(06~11年)、②SARを積載し、5年の設計寿命を超えた現在も現役で活躍。24年1月の能登半島地震後の地殻変動の解析にも役立った「だいち2号」(14年~)、③光学センサを積載し、初代だいちの機能を継承する予定だった「だいち3号」(23年に打ち上げ失敗で喪失)、④SARを積載し、だいち2号の後継かつ進化版である「だいち4号」(24年~)があります。
光学センサと比べてSARが優れているところは、電波で観測するため太陽光を必要とせず、夜や厚い雲がかかっていても同じように高い解像度の画像が得られることです。
だいち4号は、3メートルの分解能で1度に幅200キロ(だいち2号は1度に50キロ)の範囲を観測できます。わかりやすくたとえると、千葉県の犬吠埼から富士山までの幅のデータを一気に取得することが可能です。
日本全域のデータを14日間で取得できるので、「前回との差」をより頻繁に探れます。つまり、地震や火山噴火につながったり、水害や土砂崩れの兆候などが見られたりする地殻変動をより迅速に発見できる可能性が高くなり、災害の事後把握だけでなく異変の早期発見が強化されることで防災につながることが期待されます。
打ち上げ成功後、「ホッとしている」と語った有田氏 筆者撮影
その他にも、海洋で船舶や海氷の位置を把握したり、地球規模で農作物の作付け状況や森林破壊のデータを得たりすることで、国際社会への貢献も計画されています。
だいち2号の開発に携わり、4号では中核を担うプロジェクトマネージャとなった有川氏によれば、2号と4号を同時に運用することで、さらに世界でも類のないデータを取得できるかもしれないと言います。そのために、だいち4号は2号と同じ軌道上に打ち上げてもらったそうです。
たとえば2号と4号の両方を使うことで、250キロの幅をほぼ同時に観測したり、2号を追いかけるように短時間の時差で4号でも観測して移動物体を検出したり、2機を連携することで地面を立体視して3D画像を取得したりなど、アイディアは広がります。
有川氏は以前、能登半島地震の発生初日に「だいち2号」が被災地の状況を捉えた画像を示しながら、「この時に、もしだいち4号が運用開始していれば、東西に70キロある能登半島の全域をカバーできていた。だいち2号では珠洲市の一部が観測できなかった」と悔しそうに語ったことがあります。
これから日本は台風や水害が多いシーズンが到来します。また、広域に甚大な被害が予想される南海トラフ地震もいつ起きてもおかしくありません。
だいち4号は打ち上げられた後、まずは3日以内に姿勢の確立や太陽電池パドル、アンテナの展開をし、今後6ヵ月かけて実用に耐えるかの機能チェックを行います。少なくとも「だいち4号」の観測が安定するまでは、設計年数を大幅に超えている「だいち2号」に、観測の空白期間が起こらないように頑張ってもらわなければなりません。有川氏によれば「常に挙動を監視しているが、おかしな様子はなく、まだしばらくは大丈夫そうだ」とのことです。
自然災害大国の日本は、とくに宇宙からの見守りが威力を発揮します。だいち2号がさらに長持ちし、だいち4号とのコラボでますます「減災」に役立つことに期待したいですね。
<なぜH3ロケットプロジェクトチームはすでに打ち上げに成功している2号機に手を加えたのか。また、軌道投入に成功した「だいち4号」に今後期待される役割、同じ軌道上にある2号と同時に運用することで可能になることとは?>
日本の防災や災害状況の把握に重要な役割を果たす地球観測衛星「ALOS-4(だいち4号)」を搭載した新世代の国産大型ロケット「H3」3号機(H3F3、運用1号機)が、1日12時6分42秒(日本時間)に種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられました。16分34秒後には「だいち4号」の分離に成功、現地のプレスセンターではライブ中継を見守っていたJAXA職員らが拍手で称えました。
H3は、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)と三菱重工業が「H2A」の後継機として開発した2段式の使い捨て液体燃料ロケットです。イーロン・マスク氏率いるスペースXの急成長で激化する宇宙輸送産業の中で国際競争力を高めるため、「オーダーごとに形態を変えられる柔軟性」「打ち上げや納期の高信頼性」「低価格」を目標に掲げて開発されています。
2023年3月に打ち上げられた試験機1号機は、電気系統のトラブルで第2段エンジンが着火せず、指令破壊(信号を送って意図的に破壊)されました。そのため、搭載していた地球観測衛星「だいち3号」が喪失されました。原因を究明し、改良した試験機2号機は、本年2月に打ち上げに成功しています。
「100点満点の打ち上げ」「我が子の産声を聞いて一安心」
3号機の打ち上げは、当初は6月30日の同時刻に設定されていました。しかし、機体を発射場に移動する時間帯に、ロケット本体や電気系統に悪影響を及ぼす可能性がある雷の予報が出ていたこと、30日には発射場周辺の雲の中に「氷結層」と呼ばれる雷を誘発する低温(およそ0℃~マイナス20℃)層の発生が予想されたことから、1日延期して万全を期して臨みました。
打ち上げから3時間後に開かれた記者会見で、JAXA宇宙輸送技術部門H3プロジェクトマネージャの有田誠氏は「100点満点の打ち上げだった。(初号機で着火せずに打ち上げ失敗した)第2段エンジンが着火したときは『よし!』と声が出た。衛星(だいち4号)の分離で周囲から拍手が起きて、 (前プロジェクトマネージャの)岡田(匡史・現JAXA理事)と抱き合った」と笑顔を見せました。
打ち上げ成功を拍手で称えるJAXA職員ら 筆者撮影
一方、同ALOS-4プロジェクトマネージャの有川善久氏は「1点の心配もなく打ち上げられ、(ロケットから分離された後に)オーストラリアとチリで『だいち4号』の信号が受信されて我が子の産声を聞いて一安心している。生まれたばかりなので、だいち4号はこれからだ」と語り、表情を引き締めました。
H3ロケット3号機は、2号機からさらに進化させた機能を持つロケットです。大切な「だいち4号」を搭載しているのに、プロジェクトチームはなぜ成功した2号機と同じ機体を使わなかったのでしょうか。軌道投入に成功した「だいち4号」は、今後、どのような役割を期待されているのでしょうか。概観しましょう。
今回のだいち4号打ち上げを予告したポスター(日付は当初予定していた6月30日に) 筆者撮影
経済産業省宇宙産業室によると、22年時点での世界の宇宙産業の市場規模は約54兆円(1ドル140円で換算)で、4分の1が政府予算、4分の3が民間の衛星サービスや打ち上げ関連ビジネスです。アメリカの金融機関であるモルガン・スタンレーは、2040年までに約3倍の140兆円規模になると見積もっています。
世界の年間ロケット打ち上げ成功回数は、23年にはついに200回を超えました。うち約半数はスペースX社によるものです。一社に一人勝ちさせないために、今後はアメリカ、中国、日本、フランスなどを中心に、信頼性や低コスト、利便性を武器にした衛星打ち上げの受注競争が激化することが予想されます。
H3ロケットの打ち上げコストはH2Aの半分
H3ロケットを一言で表せば、「究極の使い捨て型ロケット(ELV)」です。
近年はスペースXの急成長で、ロケットを回収して再度宇宙に打ち上げることでコスト減を図る「再使用型宇宙往還機(RLV)」に注目が集まっています。しかし、ELVも決して過去の遺物ではありません。長年の技術開発による高い信頼性があり、工夫次第で製造コストも下げることができます。
H3ロケットの前機であるH2Aロケットは24年1月に48号機が打ち上げられ、42回連続で成功、成功率は97.9%と世界的に見ても抜群の信頼性を誇っています。けれど、打ち上げのコストが1回につき約100億円で、スペースXのRLV「ファルコン9」の4900万ドル(23年時点、約74億円)と比べて3割ほど高いことがネックでした。
H3は電子部品の9割に自動車向けのものを使うなどして、打ち上げコストをH2Aの半分の約50億円、発注から打ち上げまでの期間も半減の約1年を目指しています。実現すれば、人工衛星の打ち上げ受注で国際社会で十分に戦えると期待されています。
「攻めの姿勢」で示した日本の技術力の優位性
とはいえ1号機では搭載の人工衛星を失い、2号機は成功したとはいえ、慎重を期して予定されていた「だいち4号」ではなくダミーを運びました。3号機で初めて実際の人工衛星を宇宙に運ぶことに成功しましたが、もし再度、人工衛星を失うようなことになっていたとしたら、日本の大型宇宙輸送産業は苦しい立場に立たされたでしょう。
その点を踏まえて、先月28日に行われたメディア向けの事前説明会で筆者が驚いたのは、3号機は成功した2号機に手を加えた機体であることでした。
6月30日夜、組み立て棟から400メートル離れた発射台にロケットを移動させる様子 筆者撮影
第1段エンジン「LE-9」は、2号機では1号機に使われたタイプ1と一部を改修したタイプ1Aを1基ずつ搭載していましたが、3号機は2基ともタイプ1Aが使われています。
さらに特筆すべきことは、第1段エンジンの燃焼停止直前の約20秒間で、今回初めて「スロットリング」を飛行実証することでした。
スロットリングでは、意図的にエンジン推力を下げることで、搭載した人工衛星にかかる加速度ダメージを軽減します。有田プロジェクトマネージャによると、3号機では推力を一時的に66%にすることで、一般的なロケットでは搭載衛星に最高で約5.5Gかかるところ、4G程度までに抑えられると言います。
これまでに打ち上げたH3ロケット3機はいずれも第1段エンジンは2基でしたが、今後は3基のものも開発予定です。その場合は、推力がパワーアップするとともに搭載衛星への負荷もより厳しくなるため、スロットリングは必須の技術になります。
6月28日に行われた事前記者会見での有田氏(左)と有川氏(同右) 筆者撮影
とはいえ、1号機の失敗は、第2段エンジンが点火せずに推力を失ったことが原因です。筆者が有田氏に「推力を抑えることに心配はなかったですか」と尋ねたところ、「搭載する『だいち4号』は大切な衛星なので、関係者に『衛星に優しいつくりである』ことを説明し、納得していただいた。もちろん、うまく機能する自信があります」と話していました。
「うまくいっているロケットは、変えてはいけない」と語ったのは、米アポロ計画を主導した科学者ヴェルナー・フォン・ブラウン博士です。しかしH3ロケットの関係者は、開発に敢えて攻めの姿勢を貫き、宇宙輸送で日本の技術力の優位性を見せることに成功したと言えるでしょう。
有田氏は打ち上げ成功後、「だいち3号を失った初号機では、失敗したその日に『大変申し訳ない。必ずH3ロケットを立て直す』と関係者に語った。その意味ではホッとしているし、今後も連続成功あるのみだ」と力を込めました。
地殻変動をより迅速に発見できる可能性
さて、3号機が宇宙に運んだ「だいち4号」は先進レーダ衛星です。
地球観測衛星「だいち」シリーズには、①可視光から近赤外線を観測できる光学センサと合成開口レーダー(SAR)を積載。東日本大震災時に緊急観測を行った初代「だいち」(06~11年)、②SARを積載し、5年の設計寿命を超えた現在も現役で活躍。24年1月の能登半島地震後の地殻変動の解析にも役立った「だいち2号」(14年~)、③光学センサを積載し、初代だいちの機能を継承する予定だった「だいち3号」(23年に打ち上げ失敗で喪失)、④SARを積載し、だいち2号の後継かつ進化版である「だいち4号」(24年~)があります。
光学センサと比べてSARが優れているところは、電波で観測するため太陽光を必要とせず、夜や厚い雲がかかっていても同じように高い解像度の画像が得られることです。
だいち4号は、3メートルの分解能で1度に幅200キロ(だいち2号は1度に50キロ)の範囲を観測できます。わかりやすくたとえると、千葉県の犬吠埼から富士山までの幅のデータを一気に取得することが可能です。
日本全域のデータを14日間で取得できるので、「前回との差」をより頻繁に探れます。つまり、地震や火山噴火につながったり、水害や土砂崩れの兆候などが見られたりする地殻変動をより迅速に発見できる可能性が高くなり、災害の事後把握だけでなく異変の早期発見が強化されることで防災につながることが期待されます。
打ち上げ成功後、「ホッとしている」と語った有田氏 筆者撮影
その他にも、海洋で船舶や海氷の位置を把握したり、地球規模で農作物の作付け状況や森林破壊のデータを得たりすることで、国際社会への貢献も計画されています。
だいち2号の開発に携わり、4号では中核を担うプロジェクトマネージャとなった有川氏によれば、2号と4号を同時に運用することで、さらに世界でも類のないデータを取得できるかもしれないと言います。そのために、だいち4号は2号と同じ軌道上に打ち上げてもらったそうです。
たとえば2号と4号の両方を使うことで、250キロの幅をほぼ同時に観測したり、2号を追いかけるように短時間の時差で4号でも観測して移動物体を検出したり、2機を連携することで地面を立体視して3D画像を取得したりなど、アイディアは広がります。
有川氏は以前、能登半島地震の発生初日に「だいち2号」が被災地の状況を捉えた画像を示しながら、「この時に、もしだいち4号が運用開始していれば、東西に70キロある能登半島の全域をカバーできていた。だいち2号では珠洲市の一部が観測できなかった」と悔しそうに語ったことがあります。
これから日本は台風や水害が多いシーズンが到来します。また、広域に甚大な被害が予想される南海トラフ地震もいつ起きてもおかしくありません。
だいち4号は打ち上げられた後、まずは3日以内に姿勢の確立や太陽電池パドル、アンテナの展開をし、今後6ヵ月かけて実用に耐えるかの機能チェックを行います。少なくとも「だいち4号」の観測が安定するまでは、設計年数を大幅に超えている「だいち2号」に、観測の空白期間が起こらないように頑張ってもらわなければなりません。有川氏によれば「常に挙動を監視しているが、おかしな様子はなく、まだしばらくは大丈夫そうだ」とのことです。
自然災害大国の日本は、とくに宇宙からの見守りが威力を発揮します。だいち2号がさらに長持ちし、だいち4号とのコラボでますます「減災」に役立つことに期待したいですね。