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反移民感情と民主主義のバランスが崩壊したフランスの教訓...人口移動は今後「さらに加速する」

ニューズウィーク日本版 2024年7月2日 17時37分

木村正人
<フランス議会選の1回目投票でマリーヌ・ルペン氏率いる極右「国民連合」が得票率1位になった背景には移民・難民問題の存在がある>

[ロンドン発]フランス国民議会選(下院、定数577)の1回目投票が6月30日行われ、極右の国民連合(旧国民戦線)が29%で首位、不服従のフランスや社会党など左派連合が28%で2位、エマニュエル・マクロン大統領の中道連合は20%と事前の予想通り3位に沈んだ。

国民連合と共和党を合わせた右派連合の得票率は実に36%。7月7日の2回目投票で最終的な議席数が確定する。左派連合と中道の選挙協力がなければ、マリーヌ・ルペン氏の秘蔵っ子、国民連合党首ジョルダン・バルデラ氏(28)がフランスの首相になる可能性が強まる。

国民連合への支持はマクロン氏への不満の裏返しだ。欧州連合(EU)の経済モデルは勝者と敗者を生み出す。マクロン氏の親ビジネス政策はさらに格差を広げ、逆進的な環境政策は低所得・貧困層に襲いかかる。コロナ危機はパートタイムや非正規労働者を痛撃した。

欧州の難民申請者、再び激増

ウクライナ戦争は光熱費を押し上げた。マクロン氏も無策だったわけではないが、低所得・貧困層の購買力は低下圧力にさらされる。2015年の欧州難民危機でEU域内の難民申請者(新規)は約122万人に達した後、20年に約42万人に減ったが、昨年約105万人まで拡大した。

国民連合が欧州議会選に続いてフランス国民議会選でも大成功を収めた背景には欧州難民危機以降、移民・難民問題が欧州の政治論争の中心になっていることも大きい。フランスでは移民が人口の1割強を占め、60万~70万人の不法移民がいるとされる。

米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院のハフェド・アル=グウェル上級研究員(筆者撮影)

ルペン氏は「移民は国家を水没させる」と危機感を煽る。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院のハフェド・アル=グウェル上級研究員は「欧州は民主主義、人権、法の支配を守りながら、不法入国者から国境を守るという微妙なバランス感覚を前提にしてきた」と語る。

「西側指導者は道徳的な指針を失った」

しかし、政策の矛盾はますます大きくなっている。難民流入を抑制するため、欧州諸国がアフリカの有力者と協定を結ぶことが権威主義支配を定着させ、欧州が体現していると標榜してきた自由と民主主義の理想そのものを危うくしている。

「西側指導者は道徳的な指針を失い、難民の権利、人道主義に関する自らの長年の道徳的立場を損なっている。その結果、便宜的なご都合主義に走り、手っ取り早い解決策を追い求めるようになった。難民が不都合だからと言って出身国に送り返すのはおかしなことだ」

アル=グウェル氏によると、モノであれ、サービスであれ、お金であれ、労働力であれ、資源は世界中を自由に移動する。それが人類の歴史だ。「私たちはお金が自由に動くことを望んでいるが、労働力が自由に移動することは望んでいない」。しかし自然の摂理は止められない。

難民問題を武器化するロシアのプーチン大統領

「米国やフランスが難民をアフリカに送り返し始めれば始めるほど、自らの不道徳さや、アフリカに対して人種差別的な政策をとっていることを露呈することになる。人口移動は気候変動によって世界的に悪化する」(アル=グウェル上級研究員)

気候変動によって世界のいくつかの地域が住めなくなり、人々は移動せざるを得なくなる。水の安全保障、食糧の安全保障の問題も今後20年でますます増えていくだろう。ウラジーミル・プーチン露大統領は西側諸国を不安定化させるため、すでに難民・移民問題を武器化している。

「世界は非常に深刻な形でそれに対処しなければならない。米国、欧州、日本、世界中の国々がアフリカに投資してチャンスを与え、国を安定させるために政治的にも投資しなければならない。アフリカが不安定で経済的に困窮している限り難民は増え続ける」

果たしてアル=グウェル氏の警鐘は欧州や米国の有権者に届くのか。


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