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フランスの「極右」が「極右」と呼ばれなくなる日

ニューズウィーク日本版 2024年7月2日 17時30分

山田文比古
<フランスの総選挙における「極右」国民連合の大躍進の背景には、国民連合がもはや「極右」とはみなされなくなってきたフランス国民意識の変化がある>

7月7日に行われるフランス総選挙の決選投票では、「極右」国民連合が第1党となることが確実視されるが、もし単独で過半数(絶対多数)の議席まで獲得するようなことになれば、マクロン大統領はその国民連合のバルデラ党首を首相に任命せざるを得なくなり、まったく政策や主義主張が異なり、政治的に鋭く対立する大統領と首相の野合政権が誕生することとなる。

「極右」に対する国民意識の変化

ここまで「極右」とされる国民連合が党勢を拡大してきたことの背景には、国民連合を必ずしも「極右」とはみなさなくなってきたフランス国民意識の変化がある。

それは特に右派支持層の中に顕著に見られる。
左派支持層と中道支持層の中では、依然として「極右」に対する拒否感・警戒感は根強いが、右派支持層の間では、「極右」に対する警戒感が薄れ、国民連合はかつての「極右」のように危険な政党ではないという考え方がじわじわと浸透してきたのだ。

ここで言う「極右」は、フランス語のextrême droiteの直訳だ。
ルモンド紙など左派系のメディアでは、extrême droiteを国民連合の代名詞として使っているし、マクロン大統領も常に国民連合をextrême droite呼ばわりしている。
一方、フィガロ紙など右派系メディアでは、いつの間にか、国民連合をextrême droiteと形容することはなくなっている。

こうした状況を受けて日本のメディアでも、依然として「極右」を使い続けているところもあれば、「極右の流れを汲む右派政党」とか「右翼」とか、「極右」に代る言葉を使い出したところもある。

「脱悪魔化」の成功

こうして、一部とは云え、「極右」というレッテルが剥がれ始めたことは、まさにマリーヌ・ルペン元党首が進めてきた、党の「脱悪魔化」戦略の成功によるものに他ならない。

「脱悪魔化」とは、父親のジャンマリ・ルペン党首時代の「国民戦線」が喧伝していた極右的な主義主張(過激なナショナリズム、排外主義、反ユダヤ主義、復古主義、反共和主義など)を封印し、超保守的な基本姿勢は保ちつつ穏健化した政策(フランス第一主義、反グローバリズム、反EU、移民規制の強化、治安対策の強化、反エリートなど)を前面に出すことで、極右性を払拭し、右派の中の「普通の政党」となることを目指したものだ。

2011年に2代目党首に就任した娘のマリーヌ・ルペンは、この「脱悪魔化」路線の下、生活苦や治安の悪化に悩む庶民の味方、フランス人の権利を第一に考える愛国者、それでいてリベラルで個人主義的な家族政策や女性の権利拡大にも熱心なフェミニスト、というソフトなイメージを、国民の中に植え付けることに成功した。このイメージ・チェンジは、2018年に党名を今の「国民連合」に変えたことで、さらに確かなものになった。

この「脱悪魔化」は、イメージだけではなく、政策のレベルでも具現されている。
今の国民連合の公約を見ても、かつてのEU離脱やユーロ離脱などの過激な主張は姿を消し、移民規制の強化といっても、国籍付与にあたっての出生地主義の廃止(すなわち血統主義の採用)や、二重国籍者の権利制限、不法滞在者への罰則強化など、海外の多くの国(日本を含む)が実施している規制と同じ程度のものを主張しているにすぎない。

また、燃料・エネルギーに掛かる消費税の引下げや、社会党政権時代に導入されマクロン政権下で廃止された金融資産課税(いわゆる富裕税)の復活、マクロン政権が行った年金改革(年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることなどが柱)の撤回などは、「金持ち優遇のエリート」のマクロン大統領とは正反対の、やさしい庶民の味方を印象付ける。

マクロン政権への不満

こうした「脱悪魔化」と裏腹に、フランス国民の間ではマクロン政権に対する不満が強まっていった。

物価高や重税に伴う購買力の低下、年金支給開始年齢の引上げに伴う社会保障の後退、ウクライナ戦争の影響による燃料・エネルギー価格の高騰などにより、庶民の生活は苦しくなる一方なのに、それに目をつむったかのように、平然とグローバル化とEU統合を進めているマクロン大統領に対する国民の不満は高まる一方だった。
また、移民の多く住む都市の郊外地区を中心にして、治安の悪化が恒常化しており、マクロン政権がそれに有効に対処していないとの不満も鬱積していた。

こうした不満を吸い上げてマクロン大統領を舌鋒鋭く批判する国民連合に共感する人々が、底辺層から中間層、更に右派支持層にまで広がって、国民連合の支持基盤の拡大につながったのだ。

国民連合の支持基盤の全般的拡大

そのことは、最近の選挙結果や世論調査に如実に表れている。
先の欧州議会選挙では、パリを除く全国ほぼすべての地域で、国民連合が第1位となった。国民連合支持者の多寡は、これまでは地域的に偏りがあったが、今やほぼ全国均一に国民連合の支持者が他のすべての政党の支持者を上回っている。

また、ある世論調査によれば、国民連合の支持者は、これまでは女性より男性が多く、中高所得者より低所得者が多く、高学歴者より低学歴者が多く、若者世代や高齢者世代より中年世代が多い、とされてきたが、今や、それらすべての面で偏差がなくなり、ほぼすべての社会階層に一定の厚い支持層があるという、支持層の標準化が見られるようになってきた。

「極右」のレッテルが剝がれる日

このような国民連合の支持基盤の拡大に対する強い危機感が、マクロン大統領による議会解散・総選挙の決断の引き金になったのは間違いない。
自分と同じく危機感を持つはずの国民の「反極右」の良識に訴え、「極右」か「反極右」かを争点として強行突破を図ろうという作戦だ。

しかし、この「反極右」戦法は、うまく行きそうにない。。
なぜなら、国民の間で、もはや国民連合を「極右」とは考えない人々が多数になってきたからだ。そうした人々には、「反極右」というスローガンはまったく響かない。

それどころか、民主的な選挙で国民連合が一定程度の勝利を収めれば、「普通の政党」として市民権を得たことの証左との解釈も俄然説得力をもってくる。
いずれ国民連合の「極右」というレッテルが剝がれる日が来るのかもしれない。


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