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サプライチェーンが持つ脆弱性の打開のカギは企業幹部の「インセンティブ改革」にあり

ニューズウィーク日本版 2024年7月3日 15時56分

ポール・ローデス(ジャーナリスト)
<コロナに次ぐ「次なるショック」がグローバル企業を待ち受ける。グローバル・サプライチェーンの持つリスクは現在の資本主義経営の構造的欠陥にあった>

新型コロナのパンデミックは世界中のさまざまな面に警鐘を鳴らした。コロナ禍のようなショックに直面して物流に混乱が生じるグローバル・サプライチェーンの脆弱さも露呈した。

こうしたリスクとその原因を、ニューヨーク・タイムズ紙のグローバル経済担当記者ピーター・S・グッドマンは新著『世界的な物流危機リスク──グローバル・サプライチェーンの内幕(How the World Ran Out of Everything: Inside the Global Supply Chain)』で探っている。

ジャーナリストのポール・ローデスがグッドマンに話を聞いた。

◇ ◇ ◇

──執筆の動機は?

私はロンドン在住で、ブレグジット(英EU離脱)の記事を数多く書いていた。その影響の現れ方についても書こうと思い、ブレグジットが完了して関税などの障壁が復活した際にイギリス中の輸入業者に電話したら、障壁もひどいが輸送も危機的状況だと言われた。

輸送の混乱についてはブレグジットの観点では分からなかった。

掘り下げてみると、実は輸送の乱れはコロナ禍の影響によるものだと気付き、(必要な物を必要なときに必要なだけ生産・供給する)ジャスト・イン・タイム(JIT)生産に注目するようになった。

物不足の原因は大抵、企業が長年利益を増やそうと在庫を減らし、サプライチェーンの回復力を低下させてきた点にあると直感したからだ。

──政治もしくは規制の失敗か、それとも資本主義が陥りがちな失敗の1つか?

従来の資本主義の失敗だ。私は資本主義には賛成だ。私たちは資本主義がもたらす成長を好む。ダイナミズムを、技術革新を好む。だがもちろん、規制当局はここ数十年よりもはるかに大きな役割を果たす必要がある。

私たちは自分の運命を、利益を最大化する一握りの企業に任せたも同然だ。その手の企業は総じて消費財の価格を下げるのはかなりうまい。ある種の効率化もかなりうまいが、その結果、私たちはショックに弱くなる。

今回もそうだった。パンデミックのさなかに防護服が底を突いた。人工呼吸器も医療機器も底を突いた。乳児用のミルクが手に入らなかった。病院は必要な薬を入手できなかった。これらは民主政治の失敗だ。

私たちは自分たちの運命を企業幹部に委ねている。企業幹部は株主に利益を還元する義務があるが、株主の利益は必ずしも社会的な利益と一致しない。この企業独り勝ちのシステムは、間違いなく規制の失敗だ。

コスト削減の弊害を指摘するグッドマン ANDREW TESTA

──現在、リショアリング(国内回帰)がある程度進んでいる。何もかも国内回帰すれば何もかも値上がりする。この状況は長期的にはどのように折り合うのか?

企業は何もかもを中国の工場に依存してきた体制を改めようとしている。今後は生産を中国以外にも分散し、生産拠点を顧客の住む地域に近づけることを重視するだろう。

米企業が中国依存を続ける場合、当分は中国のサプライチェーンがグローバル生産の要になるが、移転できるものはメキシコや中米に移転するだろう。

欧州企業はインドやトルコや北アフリカに、アジアの企業も東南アジアに引かれるが、原材料や部品はやはり中国のサプライチェーンが魅力的だろう。つまり一種の再配分だ。グローバル化をやめて全て国産に、というわけではない。

──普通の生活が戻ったように見えるが、またパンデミックのようなショックに直面するリスクは残っているか。

重要な問題だ。ひとことで言えば答えはイエス。同様のリスクは残り、歴史を振り返っても見通しは明るくはない。

私が最初にサプライチェーンの混乱に関する記事を書いたのは1999年。台湾で大きな地震があって多くの半導体工場が被災し、チップ不足に陥った。過度のJIT生産で在庫を減らしすぎた、もっとレジリエンス(回復力)を考慮するべきだという声が出た。

それなのに企業は従来どおり利益を最大化し、大企業は消費者や社会一般ではなく株主を優遇している。

2011年には津波で福島第一原発の原子炉建屋が浸水。日本経済とグローバル・サプライチェーンは大混乱し、コンピューターチップなど電子機器が慢性的な品不足に陥った。

JIT生産はあまりに行きすぎた、もっと在庫について、一極集中を避けることについて考える必要がある──。そういう意見もあったが、完全に無視された。

企業は明らかに今回の混乱を真剣に受け止めている。私は世界中の行く先々で、大手多国籍企業の担当者に出会った。彼らは生産拠点の移転先探しを任されている。

本書では米アウトドアブランドのコロンビアスポーツウェアの例を紹介している。私も同行したのだが、同社の関係者は中米を訪れ、グアテマラの工場を視察した。生産システムにもう少し余裕を持たせ、一極集中のせいで供給がストップするのを防ぐためだ。

こうした企業は例外なのか。他の大企業とは社風が少し違うのか。それはまだ分からない。だが結局は、企業幹部にとってのインセンティブが変わらない限り、不安は残る。

上場企業のCEOが「在庫を増やしたい」「中国など当社の既存の生産拠点より多少コストが高くても、別の場所に工場を建てたい。そうすれば次に何かあったときの備えになる」と発言したら、次の四半期収益に悪影響が生じ、CEOはクビになるだろう。

一方、「在庫をぎりぎりまで切り詰める。在庫に金をかける気はない。工場の新設や資源の分散などコストのかかることはしない。増益・増配で株主を満足させ、自社株を買い戻せば、株価が上がる」と言えば、CEOの報酬はアップし、地位も安泰だ。

そうした資本主義の構造的インセンティブの改革に取り組まない限り、次なるショックのリスクは確実にある。

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