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スタートアップ経営者が感じる「退職代行」のやるせなさ

ニューズウィーク日本版 2024年7月6日 15時0分

カン・ハンナ(歌人・タレント・国際文化研究者)
<ブラック労働や職場への違和感などから若者の利用が広がる退職代行サービス。スタートアップ企業の経営者として感じるモヤモヤ感と働く意味>

始まりよりも別れが大事だとよく言われる。相手としっかり会話し、お互いが納得できる形で別れるのが一番理想だろう。スタートアップ企業の経営者として最近、そんなことを考える機会があった。

今年に入り、本人に代わって会社に退職の意思を伝える「退職代行サービス」が注目を集め、利用者数が急増しているという話を聞くと、なんだか寂しくなってしまった。

日本でスタートアップ企業を経営している身として、退職代行をどう受け止めるべきか。もしもこのサービスを使い、退職希望を出す従業員がいたら、時代の変化だと受け止めるべきか。まだ釈然としない。

特に、退職代行は若者の利用者数が非常に多いという。そのため、自社の若い社員たちに「周りにサービスを利用した人はいる?」と聞いてみたら、「まだいないけど、検討したことのある人は結構いる」という。

その理由は「辞めると言うと何を言われるか怖い」「伝えること自体がメンタル的に大きな負担になる」「辞めるのに労力を使いたくない」などなど。こう聞くと、やっぱり時代の変化を感じてしまう。つまり、若者の転職への意識とともに、働くなかで何を大事にしているのかがこの十数年で大きく変わったのだろう。

私の会社はスタートアップであり、従業員のほとんどが20代と30代前半だ。彼らとコミュニケーションを取るなかで感じるのは、誠実な人も多いし、頑張りたい気持ちはあるけど、メンタルケアができておらず、そもそも自信がなくてキャリアをめぐる不安や悩みが想像以上に大きいことだ。

もう少し前の世代であれば、日本も韓国も1つの会社で長い期間をかけてキャリアを築くことが主流といえば主流だった。ただ、今の若者は転職してキャリアアップすることが主流で、「まず働いてみて、自分に合わなければ辞めればいい」という気持ちで入社する人も少なくない。

だからこそ「疲れる」「つらい」「めんどくさい」という感情に敏感になり、退職する際に負の感情を避けたい若者が多いのではないか。今の時代、1つの会社で何十年も働くことが正解ではないかもしれない。でも人生は長い。この先何が起きるか分からないのに、人生の句点を打つ時を大事にしていない気がして、とても残念な気持ちになる。

そんな状況は、お隣の韓国も同様だ。最近まで韓国には、退職代行というサービスがなかった。

だが日本の事例が大きくニュースで取り上げられ始めた2020年頃から、ある労務法人が退職代行を開始。日本と比べるとまだ市場は小さいが、韓国の利用者の6割以上が20~30代の若者層だという。

最初の職場の勤続期間は平均18・8カ月にまで短くなり、入社してすぐに転職を考える人が非常に多いのが実態だ。

これから退職代行を担う企業が急増する可能性も高いだろう。近年、韓国やアメリカでは「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉も話題を呼んでいる。

特に20~30代の間で広がっているキーワードだが、「実際には退職したい気持ちを持ちつつも、最小限の業務だけは果たす行為」を意味するという。職場への情熱や愛情がないまま、退社したかのような心構えで働く若者が増えているということだろう。

時代の変化とはいえ、日本や韓国では「働くことの大切さ」とともに「働いたことが生み出す価値」がどんどん薄まってきている気がする。働くことの楽しさや得られる経験、人間関係をもっと大事にする社会になれたらいいなと願うばかりだ。

さよならに句点を打てば
 巡り合う春風のよう笑顔で会える
   ──カン・ハンナ

ソウル出身。2011年に来日し、2020年に歌集『まだまだです』で現代短歌新人賞受賞。NHKラジオ「ステップアップハングル講座」に出演し、起業家としてコスメブランドも立ち上げた。著書に『コンテンツ・ボーダーレス』。


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