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「ハマス殲滅」は、なぜ「空想」なのか?...国際社会が放置してきた「大きなツケ」

ニューズウィーク日本版 2024年7月9日 11時13分

曽我太一
<ネタニヤフ首相は「ハマス殲滅」と「人質解放」の2つの目標を掲げ「完全勝利」を訴えるが、多くの専門家が「不可能」と指摘。国際社会は「ハマス後」にどう向き合っていくのか>

ハマスをどう終わらせるのか、これは難題中の難題だ。

6月、イスラエル軍のダニエル・ハガリ報道官が「ハマスは思想であり、政党でもある。人々の心に根差すもので、ハマスを殲滅できると考えるのは誤りだ」と現地のテレビ番組で発言。ネタニヤフ首相への反発とも取れるとして話題になった。

今回のハガリの発言がどこまで軍内で調整されたものなのか真相は不明だ。ネタニヤフは戦争直後から、ハマス殲滅と人質解放をという2つの目標を掲げて「完全勝利」を訴えてきた。

しかし、このまま軍事作戦を続ければ、イスラエルはその「空想」のために、才能ある若い兵士を失い続けることになる。少なくともハガリ自身は、ハマス殲滅という目標が「空想」であることに気付いているようだ。

ハマスはパレスチナ自治区ガザを実効支配する行政主体としての側面を持つ半面、イスラエルの占領に対する抵抗運動という意味では思想的でもあり、そのハマスの殲滅が不可能であるということは多くの専門家が指摘している。

イスラエルの3大情報機関の1つで国内テロ対策を担う「シンベト」の元長官アミ・アヤロンは戦争直後から、「ハマスの軍事能力を解体し、指導者を殺害することは軍事的には可能だが、『勝利』など達成できない。武力でイデオロギーを倒すことはできず、むしろ深化させる」と警鐘を鳴らしてきた。

アヤロンの指摘のとおり、確かにハマスの軍事能力は弱体化した。ガラント国防相は今年5月、7カ月に及ぶ戦闘の結果、ハマスは既に軍事組織としての機能を失い、いわばゲリラ化していると断言した。

ただ、いくら弱体化しようとも、ハマスが思想でもある限りゲリラ戦を続け、イスラエルと戦い続けるだろう。占領が続く限り、今のハマスがなくなったとしても「ハマス2.0」のような存在が現れる可能性もある。

一方、ガザ統治の行政主体としてのハマスの終焉は国際社会の既定路線になりつつある。EUのボレル外交安全保障上級代表は「政治的にも軍事的にもハマスはガザ統治に戻ることはできない」と発言。

筆者の取材に応じたG7の外交筋も、ハマスが以前と同じように再びガザを統治することは受け入れられないと話す。また、パレスチナの世論調査を見ても、ガザ住民の半分以上がハマス統治の継続を望んではいない。

しかし、ハマス自らが統治を断念することは現実的ではない。ガザ地区にはもともと、行政の中枢機能を担う象徴的な場所や政府があったわけではなく、ハマス系の公務員が各種の行政手続きを担っていたにすぎない。

イスラエルが殺害を宣言するハマスのガザ地区指導者ヤヒヤ・シンワルは、イデオロギー的なリーダーであっても、行政府の指導者とは違う。「ここが占拠されたらハマス陥落」というような場所もなく、何をもってハマスのガザ統治が終結したと判断するのかのシナリオは描けていない。

何よりハマス統治が終わったとして、230万人が暮らしていた地区を誰が統治するのか。パレスチナ自治政府が最有力候補だが、ネタニヤフ首相および極右政治家たちは自治政府によるガザ統治を認めるつもりはない。

また、パレスチナ自治政府はヨルダン川西岸地区でも機能不全に陥っている。人心を掌握できないなかで、ガザ地区の統治に乗り出すことが本当に可能なのか、外交関係者は頭を抱える。今まさに国際社会が自治政府の立て直しに躍起になっているところだ。

ガザでの戦闘が終わったとしても、それは次なる混沌の始まりとなる。17年にわたるハマスの実効支配や封鎖をそのままにしてきた国際社会は、いま改めて大きな課題を突き付けられている。

ネタニヤフへの反発と言われたハガリ報道官の発言

Israel army spokesman says Hamas cannot be eliminated • FRANCE 24 English/FRANCE 24 English

 

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