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イスラエル軍の指揮統制の問題が浮き彫りに...最も明確に表れた3つの事例

ニューズウィーク日本版 2024年7月9日 15時0分

ベンジャミン・アリソン(米テキサス大学オースティン校研究員)
<指揮統制に深刻な問題を抱え、戦争犯罪の疑いも多数、武器を供与するアメリカにとっても他人ごとではない>

イスラエル国防軍(IDF)はプロ意識の高い軍隊という評判が高く、「世界で最も道徳的な軍隊」を自負してもいる。しかし、パレスチナ自治区ガザでのイスラム組織ハマスに対する掃討作戦などから浮かび上がるのは、指揮統制の深刻な問題だ。

最初に確認しておきたいのは、IDFがガザで甚大な人的被害を出しているということだ。これまでに死亡したパレスチナ人は3万8000人以上で、女性や子供も多い。家を追われた人々は約190万人に上る。

IDFがガザ最南部ラファでの作戦を続けるなか、アメリカが供与した武器の使用を疑問視する声も広がっている。5月26日にラファの避難民キャンプを狙った空爆では少なくとも45人が死亡したが、これにはアメリカ製の爆弾が使用されていた。

中東では緊迫した状況が続く。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは6月、昨年10月以降で最大の攻撃をイスラエルに仕掛け、IDFはレバノンに全面攻撃を行うと警告している。同じく6月には、シリアのアレッポ近郊へのIDFによる空爆で、イランの軍事顧問が死亡する事態も起きた。

戦闘が拡大する可能性は十分だ。となれば、IDFが指揮統制を欠いているように見える今の状況は、さらに緊迫度を増す。ここにはイスラエルを支援し、武器を供与するアメリカの立場も絡んでくる。

残虐行為をSNS投稿

指揮統制の問題は、IDFが戦争犯罪を犯しているという疑惑に最もよく表れている。今回の紛争でIDFには、飢餓を意図的に引き起こし、拷問や大量処刑を行い、爆弾や無人機、ミサイルを軍事目標以外にも使用しているといった疑いがある。どれも国際人道法と武力紛争法に違反する。

ここで、指揮統制の問題が最も明確に表れた事例をいくつか挙げてみよう。

1つ目は4月初め、ガザで活動中の国際NGOワールド・セントラル・キッチンの職員7人が空爆で死亡した件。IDFはこの責任は中堅将校らにあるとした。IDFと、イスラエル国防省傘下の占領地政府活動調整官組織(COGAT)の発表によれば、ワールド・セントラル・キッチンはIDFと適切な調整を行った上で活動していたが、中堅の将校が攻撃命令を下したという。

2つ目の事例は2月後半、IDFのヘルツィ・ハレビ参謀総長が自国軍の兵士に対し、自分たちの戦争犯罪の現場を撮影・公開しないよう公に要請したことだ。IDFはこの数カ月、戦争犯罪に大々的に関与しており、兵士らは違法行為を自らSNSに投稿している。IDF内部の規律維持に深刻な問題がある証拠だが、それがハレビの要請後も続いているという事実は状況の深刻さを示している。

3つ目は、IDFがこの紛争を通じてパレスチナ人捕虜を拷問し続けているという信憑性の高い告発が行われていること。出所は被収容者や人権団体、内部告発者などだ。

拷問は軍施設でひそかに行われることもあるが、公然と長時間にわたって無理な姿勢を取らせたり、非戦闘員を下着姿で歩かせるといったケースもある。これらは明らかに国際人道法違反だ。

兵士らが軍の指揮統制に深刻な問題があることを示す行動を続けている要因は、3点考えられる。第1に政治家や軍上層部が兵士の人道法違反を問題視しないこと、第2が軍のドクトリン、第3はIDFが徴兵軍であることだ。

第1の点について言えば、IDFでは民間人を犠牲にすることに関して中堅の将校に過剰な裁量権が与えられている。その一方で一般の兵士は、政府上層部の言葉どおりに行動する。ある元イスラエル兵が英BBCに語ったように、一般兵士は「結果に対して責任を取る必要がない」ためだ。この感覚がIDFの文化に影響を及ぼし、指揮統制を弱体化させ、市民保護の規範とプロ意識を損なっている。

徴兵制による軍の弱点

第2に、イスラエルの軍事ドクトリンはもともと民間人の犠牲について驚くほど寛容だった。この点は、敵を屈服させるために民間インフラに対する意図的で「過剰」な攻撃を指示した「ダヒヤ・ドクトリン」に見て取れる。2006年の第2次レバノン戦争の際に策定されたものだが、多くのアナリストがみるところ、IDFがガザで採用しているのはダヒヤ・ドクトリンの一種のようだという。

IDFは近年、ダヒヤ・ドクトリンのような報復的アプローチに代わり、より積極的なドクトリンを採用してきた。イランの代理勢力や、それらがイスラエルの軍事的優位にもたらす脅威に対して「決定的勝利」を目指すものだ。

だがこうした戦略的な転換にもかかわらず、IDFは今も「敵のシステムに対する迅速かつ大規模な武力行使」に重点を置き、ダヒヤ・ドクトリンに顕著な集団的処罰の考え方や民間人の犠牲に対する無関心に頼っている。実際に昨年10月7日の戦闘開始以降、民間人の犠牲に関するガイドラインは大幅に緩和され、結果として前例のない破壊がもたらされている。

第3に、イスラエルはIDFを世界で最もプロ意識の高い軍の1つと位置付けようとしているが、IDFは徴兵制による軍だ。徴兵軍は職業化された軍よりも規律が緩いことで知られる。

IDFは予備役への依存度も高い。IDFの予備役は米軍のそれと比べて訓練が大幅に不足しており、規律が深刻な問題になるのは当然だ。

以上のことから、大きな問いが浮かび上がる。IDFの軍人の残虐行為に対し、国家としてのイスラエルは責任を負うべきか。

国に責任はないと主張する人もいるだろう。ごく一部の悪党による行為か、何らかのミスの結果だと。

しかし国には、自国軍の兵士の行動に対する法的責任があるはずだ。そう考えると一連の問題は、イスラエル政府が自国軍を、ひいては戦争を管理する能力を欠いていることを示唆している。もし政府が事態を正確に理解しているなら(つまり一連の残虐行為を指示または容認しているなら)、国際人道法や武力紛争法に対するイスラエルの違反の程度はさらに深刻になる。

これはIDFを支援しているアメリカにとっての問題でもある。IDFが自らの兵士を管理できないなら、アメリカは彼らに資金や武器を提供すべきではないはずだ。

From Foreign Policy Magazine

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