ビリー・シュワブ・ダン(ポップカルチャー担当)
<今年2月、ビヨンセが黒人女性で初めてビルボードのカントリー部門で1位を獲得。実は黒人ルーツのカントリーミュージックがヒットチャートとSNSを席巻──>
カントリー音楽が大復活を遂げている。動画投稿アプリのTikTok(ティックトック)でバズる楽曲が立て続けに登場するなど、カントリーの人気は高まるばかりだ。
ビヨンセが2月にリリースしたシングル「テキサス・ホールデム」は、ビルボード・チャートのカントリー部門で初登場1位を獲得。黒人女性アーティストがカントリーチャートの1位に輝いたのは初めてだ。3月29日にはこの曲を含むアルバムも発売された。
ラナ・デル・レイも、9月に発売予定のアルバム『ラッソ』でカントリーに挑戦することを発表。「音楽業界はカントリー化している」と語っている。3月15日には、カントリーミュージシャンのケイシー・マスグレイブスが待望のアルバム『ディーパー・ウェル』を発売した。
ほかにもヒットチャートには、ノア・カーン、レイニー・ウィルソン、ザック・ブライアンなど、新しいカントリーやフォークのアーティストが名を連ねている。
全ての人のための音楽
ルミネート社のデータによると、カントリー音楽は昨年、アメリカの音楽配信サービスで最も成長したジャンルだ。オンデマンドの楽曲再生回数は前年から23.7%増えて、200億回を突破した。
カントリーが音楽界を席巻しつつあると言っても過言ではない。しかし、カントリーは最近生まれたジャンルではないし、これまで批判的な見方をされることも多かった。
カントリー音楽は、アフリカとヨーロッパの2つの音楽的伝統の流れをくむが、今日はおおむね白人の音楽と見なされることが多い。これは、1920年代に音楽業界が人種別に音楽ジャンルを分けて以来の傾向だ。
シンガーソングライターのカイア・ケイターによれば、カントリーは長く白人以外を排除してきたが、ビヨンセのようなミュージシャンがその状況を変えつつある。黒人ミュージシャンが多様な音楽ファンを引き付け始めたことが最近のカントリー人気の背景にあると、ケイターは言う。
「歴史的にカントリーは白人のジャンルだった。白人以外を排除してきたと言ってもいい。そうした状況はカントリーの歴史に真っ向から反する。あまり知られていないけれど、カントリーは黒人の間で始まった音楽だから」
「カントリーは全ての人のための音楽だと気付く人が増え始めた。黒人ミュージシャンは、『なぜ(白人の)音楽をやるのか』ではなく、『このジャンルにおける黒人の歴史と、多様性のある未来について聞かせてほしい』と言われるようになった」
カントリーの多様性を語るカイア・ケイター JOHN NACION/GETTY IMAGES
トランスジェンダーであることを公表しているカントリーミュージシャンのライアン・カッサータも、そうした変化を指摘する。「クィアやトランスジェンダー、全てのマイノリティー」のためにカントリーのジャンルを取り戻そうとしているミュージシャンたちがいると、カッサータは語る。
「カントリーの未来は、クィアにある。トランスにある。黒人にある。カントリーの未来は、マイノリティーと抑圧されている人々のものだ。カントリーの歴史は、そうした要素と切り離すことができない。アミリ・バラカの古典的著作『ブルース・ピープル』(邦訳・平凡社ライブラリー)も述べているように、アメリカのあらゆるポピュラー音楽のルーツは、アフリカからやって来た人たちにある」
踊ってみた動画が大人気
カッサータいわく、カントリーの世界で人種差別、同性愛者差別、トランス差別が蔓延してきたのは、このジャンルを牛耳る「白人、異性愛、シスジェンダーの男性たち」の政治力が原因だ。
「このジャンルの音楽を作り、抑圧と偏見と憎悪を批判することは、とても大きな意味を持つ。抑圧者たちが自分たちのものだと誤って決め付けてきたジャンルを奪い返そうという試みだからだ」と、カッサータは言う。
「私たちの声を届ける必要がある。非常に人気の高い音楽ジャンルであるカントリーは、私たちの経験を伝えるための強力な手だてになる」
音楽団体アカデミー・オブ・カントリーミュージックのデーモン・ホワイトサイドCEOは、カントリー大復活の理由について持論を示す。
「今も昔もカントリーが愛されるのは、一流の楽曲とアーティストの音楽性、そして素直に共感できる歌詞のおかげだ」とホワイトサイドは言う。「カントリーが長年語り続けてきた素晴らしいストーリーが、幅広いオーディエンスの共感を呼んでいる」
さらにホワイトサイドは「超大物スターやソングライターがジャンルの壁を打ち破り、新鮮でダイナミックな楽曲を発表するようになったことで、カントリーはこれまでになく幅広い大衆に受け入れられている」と評価する。「伝統的な境界線は限りなく曖昧になった」
ブランコ・ブラウンの大ヒット曲はTikTok動画が起爆剤に SCOTT LEGATO/GETTY IMAGES
この点に気付いたアーティストの1人が、ブランコ・ブラウンだ。2019年のデビュー曲「ザ・ギット・アップ」は、「ツーステップ、次はカウボーイブーギー」というように、ダンスの振り付けが歌詞の大部分を占める。
【動画】ダンスの振付が歌詞になっているブランコ・ブラウンの「ザ・ギット・アップ」MV
ブラウンは公式ミュージックビデオ(MV)でも踊っており、レイニー・ウィルソンとペアで踊るダンスチャレンジMVも発表。これを機に、友達同士や学校や職場でのダンスチャレンジが爆発的に広がり、TikTokには13万件もの動画が投稿された。曲自体も、スポティファイでの再生回数が3億3000万回を超え、全米チャートで14位まで上昇する快挙となった。
「私の場合、カントリーに対する強い愛情が、トレーラートラップ(ヒップホップとカントリーをミックスした音楽スタイル)を始めるきっかけになった」とブラウンは語る。「私の曲をきっかけに、このジャンルに興味を持つ人が増えたことは最高の気分だ」
カントリーとそれ以外のジャンルを結ぶ「橋を渡る人が増えて、隔たりそのものがなくなり、誰もが古き良きカントリー音楽の心地よさを楽しむようになってきた」と、ブラウンは言う。そして新曲のタイトルに引っかけて、「さあ、カントリーに太陽の光を浴びせよう!」と笑った。
コロナ禍が人気の一因?
音楽業界との関わりが長いPR会社ブレーキング・クリエーティブズ・エージェンシーのダイアナ・ダンジェロCEOは、カントリー人気の背景にはコロナ禍があると言う。「カントリーの曲は共感を呼びやすい。困難を前にしてもがいたり、それを乗り越えたり、より良い明日を追い求めるといった人間の生きざまを反映している」
さらにダンジェロは「コロナ禍の後、多くの社会的不正義や戦争が起こるなかで、カントリーが支持されているのは、シンプルな物語に安心感を抱けるからかもしれない」と語る。「正直が何よりも尊く、傷つきやすいことはたたえられる。今は集団的な癒やしの時代なのかもしれない」
一方、カントリー・ミュージック協会に勤務していた経験があるミドルテネシー州立大学のタミー・ドナム准教授は「現在のカントリー人気の原動力となっているのは、若いファンだ」と指摘する。
Z世代(現在12〜27歳)やミレニアル世代(28〜43歳)の音楽の聴き方は、ヒット曲の生まれ方にも影響を与えている。このため音楽レーベルは最近、新譜の宣伝にTikTokを駆使している。
実際、本稿執筆時点で、TikTokで「カントリートック」というハッシュタグが付いた動画は計9億5250万回再生されているし、「ブラックカントリーミュージック」というハッシュタグの動画も急増している。
「人生の記念すべきイベントを撮った動画にカントリーのBGMを付けるユーザーが増えている」と、TikTokの広報担当は語る。「カントリーにはコミュニティー的な側面があるが、TikTokでもそれが表れている」
この人物はさらに、「(TikTokは)黒人カントリーアーティストが知名度を上げ、世界に自分の音楽を届ける場になった」と言う。「『ブラックカントリーミュージック』のハッシュタグが付いた動画が100万回再生を超えるなか、ここを活動の拠点と考える黒人アーティストが増えている」
<本誌2024年5月14日号掲載>
<今年2月、ビヨンセが黒人女性で初めてビルボードのカントリー部門で1位を獲得。実は黒人ルーツのカントリーミュージックがヒットチャートとSNSを席巻──>
カントリー音楽が大復活を遂げている。動画投稿アプリのTikTok(ティックトック)でバズる楽曲が立て続けに登場するなど、カントリーの人気は高まるばかりだ。
ビヨンセが2月にリリースしたシングル「テキサス・ホールデム」は、ビルボード・チャートのカントリー部門で初登場1位を獲得。黒人女性アーティストがカントリーチャートの1位に輝いたのは初めてだ。3月29日にはこの曲を含むアルバムも発売された。
ラナ・デル・レイも、9月に発売予定のアルバム『ラッソ』でカントリーに挑戦することを発表。「音楽業界はカントリー化している」と語っている。3月15日には、カントリーミュージシャンのケイシー・マスグレイブスが待望のアルバム『ディーパー・ウェル』を発売した。
ほかにもヒットチャートには、ノア・カーン、レイニー・ウィルソン、ザック・ブライアンなど、新しいカントリーやフォークのアーティストが名を連ねている。
全ての人のための音楽
ルミネート社のデータによると、カントリー音楽は昨年、アメリカの音楽配信サービスで最も成長したジャンルだ。オンデマンドの楽曲再生回数は前年から23.7%増えて、200億回を突破した。
カントリーが音楽界を席巻しつつあると言っても過言ではない。しかし、カントリーは最近生まれたジャンルではないし、これまで批判的な見方をされることも多かった。
カントリー音楽は、アフリカとヨーロッパの2つの音楽的伝統の流れをくむが、今日はおおむね白人の音楽と見なされることが多い。これは、1920年代に音楽業界が人種別に音楽ジャンルを分けて以来の傾向だ。
シンガーソングライターのカイア・ケイターによれば、カントリーは長く白人以外を排除してきたが、ビヨンセのようなミュージシャンがその状況を変えつつある。黒人ミュージシャンが多様な音楽ファンを引き付け始めたことが最近のカントリー人気の背景にあると、ケイターは言う。
「歴史的にカントリーは白人のジャンルだった。白人以外を排除してきたと言ってもいい。そうした状況はカントリーの歴史に真っ向から反する。あまり知られていないけれど、カントリーは黒人の間で始まった音楽だから」
「カントリーは全ての人のための音楽だと気付く人が増え始めた。黒人ミュージシャンは、『なぜ(白人の)音楽をやるのか』ではなく、『このジャンルにおける黒人の歴史と、多様性のある未来について聞かせてほしい』と言われるようになった」
カントリーの多様性を語るカイア・ケイター JOHN NACION/GETTY IMAGES
トランスジェンダーであることを公表しているカントリーミュージシャンのライアン・カッサータも、そうした変化を指摘する。「クィアやトランスジェンダー、全てのマイノリティー」のためにカントリーのジャンルを取り戻そうとしているミュージシャンたちがいると、カッサータは語る。
「カントリーの未来は、クィアにある。トランスにある。黒人にある。カントリーの未来は、マイノリティーと抑圧されている人々のものだ。カントリーの歴史は、そうした要素と切り離すことができない。アミリ・バラカの古典的著作『ブルース・ピープル』(邦訳・平凡社ライブラリー)も述べているように、アメリカのあらゆるポピュラー音楽のルーツは、アフリカからやって来た人たちにある」
踊ってみた動画が大人気
カッサータいわく、カントリーの世界で人種差別、同性愛者差別、トランス差別が蔓延してきたのは、このジャンルを牛耳る「白人、異性愛、シスジェンダーの男性たち」の政治力が原因だ。
「このジャンルの音楽を作り、抑圧と偏見と憎悪を批判することは、とても大きな意味を持つ。抑圧者たちが自分たちのものだと誤って決め付けてきたジャンルを奪い返そうという試みだからだ」と、カッサータは言う。
「私たちの声を届ける必要がある。非常に人気の高い音楽ジャンルであるカントリーは、私たちの経験を伝えるための強力な手だてになる」
音楽団体アカデミー・オブ・カントリーミュージックのデーモン・ホワイトサイドCEOは、カントリー大復活の理由について持論を示す。
「今も昔もカントリーが愛されるのは、一流の楽曲とアーティストの音楽性、そして素直に共感できる歌詞のおかげだ」とホワイトサイドは言う。「カントリーが長年語り続けてきた素晴らしいストーリーが、幅広いオーディエンスの共感を呼んでいる」
さらにホワイトサイドは「超大物スターやソングライターがジャンルの壁を打ち破り、新鮮でダイナミックな楽曲を発表するようになったことで、カントリーはこれまでになく幅広い大衆に受け入れられている」と評価する。「伝統的な境界線は限りなく曖昧になった」
ブランコ・ブラウンの大ヒット曲はTikTok動画が起爆剤に SCOTT LEGATO/GETTY IMAGES
この点に気付いたアーティストの1人が、ブランコ・ブラウンだ。2019年のデビュー曲「ザ・ギット・アップ」は、「ツーステップ、次はカウボーイブーギー」というように、ダンスの振り付けが歌詞の大部分を占める。
【動画】ダンスの振付が歌詞になっているブランコ・ブラウンの「ザ・ギット・アップ」MV
ブラウンは公式ミュージックビデオ(MV)でも踊っており、レイニー・ウィルソンとペアで踊るダンスチャレンジMVも発表。これを機に、友達同士や学校や職場でのダンスチャレンジが爆発的に広がり、TikTokには13万件もの動画が投稿された。曲自体も、スポティファイでの再生回数が3億3000万回を超え、全米チャートで14位まで上昇する快挙となった。
「私の場合、カントリーに対する強い愛情が、トレーラートラップ(ヒップホップとカントリーをミックスした音楽スタイル)を始めるきっかけになった」とブラウンは語る。「私の曲をきっかけに、このジャンルに興味を持つ人が増えたことは最高の気分だ」
カントリーとそれ以外のジャンルを結ぶ「橋を渡る人が増えて、隔たりそのものがなくなり、誰もが古き良きカントリー音楽の心地よさを楽しむようになってきた」と、ブラウンは言う。そして新曲のタイトルに引っかけて、「さあ、カントリーに太陽の光を浴びせよう!」と笑った。
コロナ禍が人気の一因?
音楽業界との関わりが長いPR会社ブレーキング・クリエーティブズ・エージェンシーのダイアナ・ダンジェロCEOは、カントリー人気の背景にはコロナ禍があると言う。「カントリーの曲は共感を呼びやすい。困難を前にしてもがいたり、それを乗り越えたり、より良い明日を追い求めるといった人間の生きざまを反映している」
さらにダンジェロは「コロナ禍の後、多くの社会的不正義や戦争が起こるなかで、カントリーが支持されているのは、シンプルな物語に安心感を抱けるからかもしれない」と語る。「正直が何よりも尊く、傷つきやすいことはたたえられる。今は集団的な癒やしの時代なのかもしれない」
一方、カントリー・ミュージック協会に勤務していた経験があるミドルテネシー州立大学のタミー・ドナム准教授は「現在のカントリー人気の原動力となっているのは、若いファンだ」と指摘する。
Z世代(現在12〜27歳)やミレニアル世代(28〜43歳)の音楽の聴き方は、ヒット曲の生まれ方にも影響を与えている。このため音楽レーベルは最近、新譜の宣伝にTikTokを駆使している。
実際、本稿執筆時点で、TikTokで「カントリートック」というハッシュタグが付いた動画は計9億5250万回再生されているし、「ブラックカントリーミュージック」というハッシュタグの動画も急増している。
「人生の記念すべきイベントを撮った動画にカントリーのBGMを付けるユーザーが増えている」と、TikTokの広報担当は語る。「カントリーにはコミュニティー的な側面があるが、TikTokでもそれが表れている」
この人物はさらに、「(TikTokは)黒人カントリーアーティストが知名度を上げ、世界に自分の音楽を届ける場になった」と言う。「『ブラックカントリーミュージック』のハッシュタグが付いた動画が100万回再生を超えるなか、ここを活動の拠点と考える黒人アーティストが増えている」
<本誌2024年5月14日号掲載>