Infoseek 楽天

自分で思うほど「偉大な国」でなくなった英国...スターマー新首相が見習うべき古豪サッカークラブの教訓

ニューズウィーク日本版 2024年7月13日 15時20分

木村正人
<新首相に就任したイギリスのキア・スターマー氏は、衰退し続けるこの国の現実を直視しなければならない>

[ロンドン発]定数650のうち412議席を占める大勝利で14年ぶりに政権を奪還した英国のキア・スターマー首相(労働党)は地味で生真面目。欧州連合(EU)強硬離脱を主導した「政界の道化師」ことボリス・ジョンソン元首相(保守党)とは北極と南極ほど正反対の政治家だ。

スターマー氏の伝記を出版したジャーナリストで元労働党上級顧問トム・ボールドウィン氏は7月11日、ロンドンの外国人特派員協会(FPA)で記者会見し、男子サッカー・イングランド代表のガレス・サウスゲート監督とスターマー氏を比較してみせた。

「2024年欧州選手権でイングランドはオランダを破り、海外で初の決勝進出を果たした。『慎重すぎる』『やる気がない』と批判されがちな現実的なリーダーシップが良い結果を出した。サウスゲート監督もスターマー首相も勝ち方を知っている指導者だ」

スターマー氏の伝記を出版したトム・ボールドウィン氏(筆者撮影)

ちっぽけなサッカークラブの果たす役割

「2人とも(ジョンソン氏のように)目立ちたがり屋ではない。政治もサッカーももっとドラマチックで、もっとスペクタクルであってほしいと願う人たちから彼らは常に批判されることになると思う。なぜこの比喩が効果的かと言うとスターマー氏は本物のサッカーファンだからだ」

ボールドウィン氏によると、スターマー氏は生涯にわたってサッカーをプレーしてきた。子供の頃から、自分の人生を軌道に戻すためサッカーを使ってきた。スターマー氏の父親は偏屈な性格で、家で子どもにテレビを視るのを許さなかった。

学校でテレビの話題に加われなかったスターマー氏はサッカーをしようと友だちを誘った。彼はビクトリア時代のように堅苦しい英国人で、集団主義的だ。ちっぽけなサッカークラブが英国で果たしている役割を理解しているスターマー氏は選挙期間中に11のサッカークラブを回った。

「レクサムへ、ようこそ」

あまり誇りを持てないコミュニティーでサッカークラブが果たす役割にスターマー氏は興味を示す。「レクサムへ、ようこそ」という米国のTVドラマシリーズをご存知だろうか。ウェールズの旧炭鉱街にある名門クラブ、レクサムA.F.C.を2人のハリウッドスターが買収する。

1864年に創設され、世界で3番目に古い伝統を持つレクサムA.F.C.は炭鉱の閉鎖とともに苦境に立たされ、イングランドの5部リーグを低迷していた。TVシリーズはクラブの苦闘と快進撃、選手とクラブ、コミュニティーを温かいタッチで描き出し、サポーターを世界中に広げていく。

産業革命で栄華を極めた後、衰退し続ける英国にはレクサムのように落ちぶれた街とちっぽけなサッカークラブがたくさんある。スターマー氏に課せられた仕事はクラブの復活を通じてレクサムというコミュニティーに活気を取り戻した2人のハリウッドスターと同じなのだ。

英国は自分で思っているほど偉大ではなくなった

まず資本、マネジメント力、タレントが必要だ。その3つが核となってコミュニティーも次第に元気を取り戻していく。スターマー政権には統計だけでなく、現実生活の中で人々に貢献する方法を見つける必要があるとボールドウィン氏は指摘する。

「スターマー政権には経済成長を非常に早く達成しなければならないという緊張感がある。しかしそれは長期的な目標や技能、インフラ、産業計画に関わっている。ジョー・バイデン米大統領、オラフ・ショルツ独首相は素晴らしい政策を実施しているが、人々はそれを感じていない」

旧敵・保守党と地域政党・スコットランド民族党(SNP)を打ち破ったスターマー氏にはポピュリストの極右政党「リフォームUK」(改革英国)との新たな戦いが待ち受ける。そしてガザでの戦争、中国の台頭、気候変動、トランプ2.0の可能性、ウクライナ戦争という外患もある。

「英国は自分で思っているほど偉大ではなくなった」ことを自覚することから始めるべきだと筆者は考える。しかし欧州連合(EU)との間でヒト・モノ・カネ・サービスが停滞したままでは瀕死の英国経済を立て直すのは至難の業だろう。


この記事の関連ニュース