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トランプ暗殺未遂で「団結」を実現した共和党、分裂に直面する民主党

ニューズウィーク日本版 2024年7月17日 15時0分

冷泉彰彦
<カリスマ性を強くしたトランプを相手に、民主党は全く対応ができていない>

先週13日にペンシルベニア州で発生したトランプ候補の暗殺未遂事件は、何よりも共和党に変化をもたらしました。まず、負傷しつつも拳を振り上げる写真によって、強運とタフネスを持った特殊なカリスマ性のイメージを増幅したトランプは、確かに当選へ向けて勢いを増しています。

それ以上に、この「カリスマ性の増幅」というタイミングを使って、様々な動きがありました。それは、共和党の団結ということです。大統領候補の暗殺未遂、しかも巻き込まれた民間人には犠牲者が出るという中で、アメリカでは「団結」というスローガンが幅広く叫ばれるようになりました。

事件当初は、トランプ氏への批判を強める民主党と、自身への起訴などへの政治的な報復を口にするトランプの対立エネルギーがエスカレートしたことが、20歳の若者を凶行に走らせたという批判がありました。これを受けて、アメリカ全体の「団結」が必要という議論がありました。バイデン大統領の発信した自制的なメッセージもその文脈でした。

ですが、結果的に「団結」を実現したのは共和党だったようです。今回の事件で明らかにカリスマ性の増幅に成功したトランプ候補に対して、多くの献金が集まっただけでなく、共和党の政治家たちも小異を捨ててトランプ候補の周囲に結集しています。

39歳の若手の副大統領候補

そんな中で、トランプ陣営の副大統領候補にはJ.D.バンス上院議員が指名されました。そもそもアパラチア地域の貧困層出身で、鉱工業の衰退によって取り残された人々を描いた『ヒルビリー・エレジー』という著作で有名な人物です。当初はトランプ現象を厳しく批判していたヴァンス氏ですが、やがてトランプ氏本人に直接謝罪することで和解、熱心なトランプ派に転じて上院議員に当選したという異色の経緯を持った人でもあります。

知的なことで、都市型の有権者にもアピールする一方で、自身の立場の変節を丁寧に説明する姿勢、その一方で熱烈にトランプ支持を訴える姿勢などを通じて、幅広い保守派に対して存在感を誇示してきた不思議な政治家でもあります。何よりも、39歳という若さから、若年層への浸透も期待できるかもしれません。

長い間、アメリカの共和党は穏健派の議員団と、保守とされるトランプ派が対立を続けてきました。ですが、今回の暗殺未遂、そしてバンス指名という中で行われている共和党全国大会では、この対立が緩和しているのを感じます。具体的には、リアリズムとトランプ主義の折衷ということがあり、世代間の架け橋の完成ということがあります。

その上で、現在進行している党内政治の大きな部分は、2024年に勝つというだけでなく、2028年以降も勝ち続けるための考慮ということになってきているようです。

問題は民主党です。この間に立て続けに発生した4つの事件、つまり、

・「バイデン大統領の健康不安が噴出し、しかも払拭されていない」
・「最高裁が限定つきながら大統領の不起訴特権を認め、その影響からかトランプ氏の機密文書持ち出し事件の裁判がやり直しになった」
・「トランプ氏が暗殺未遂事件を生き延びることで、タフで強運というカリスマ性を増幅した」
・「共和党の副大統領候補に39歳のバンス議員が指名され、世代交代の動きが始まった」

という4つの問題に対して、民主党は全く対応ができていません。それどころか、新たな対立を抱え始めています。それは、

・「トランプ政権の復活を恐れる余り、バイデン氏以外の候補にスイッチするリスクが取れないとしてバイデン候補に強く固執するグループ」
・「世代交代と団結を実現しつつある共和党に対して、今こそ民主党も世代交代による組織の刷新を求めるというグループ」

への分裂です。更に、この分裂の奥には民主党の抱えている根深い政策の対立があります。

民主党に残された時間は少ない

・「市場主義、グローバリズム、国際協調、NATO、国連、イスラエル寄りの中東和平を重視しつつ、環境と格差については穏健なアプローチをする中道派」
・「国内雇用を重視し、格差是正を強く支持し、環境問題には厳しい具体策を要求し、軍事外交はやや孤立主義で国連やNATOは尊重するが、中東などへの米軍の介入には厳しく反対し、中東和平においてはパレスチナに同情的な左派」

の2つで、この2つはバイデン氏の老獪な調整で何とか呉越同舟が保たれています。ですが、ハリス氏のように「人権には敏感だが、政策はハッキリ中道派」という人の場合は、よほど注意しないと左派との共闘が難しくなってしまうのです。

バイデン候補に固執するのか、世代交代をするのか、左派との共闘をどう維持するのか、とにかく民主党には分裂の要因が渦巻いています。今週は、共和党の全国大会が開催されていますが、民主党の全国大会は8月19日からで残り1カ月に迫っています。

そんな中で、今週末(19~20日)には、民主党全国大会の大統領候補選出の手続きを決める事務方の重要な会議があります。団結しつつある共和党に対抗して、民主党が結束を示すには、残った時間はあまりないと言えそうです。

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