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「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】

ニューズウィーク日本版 2024年7月25日 7時15分

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<独学を習慣化できるのは、大人の〈勉強〉が他者から強制されるものではないからだ。勉強を怠けないための心構えとは?>

朝日新聞の名物記者として知られる近藤康太郎氏のもとには、〈仕事〉や〈勉強〉の方法を学ぼうと若い記者が集まる。自身も仕事のかたわら、最低2時間の読書、数学、外国語を毎日必ず欠かすことなく続けているが、なぜ可能なのか?

〈仕事〉〈勉強〉〈遊び〉の三要素を磨く理由と、三要素がご機嫌な人生に結びついていくプロセス書いた『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』(CCCメディアハウス)より、大人の勉強のおもしろさについて取り上げる。

◇ ◇ ◇

〈勉強〉の意味を求めないことに価値がある

〈勉強〉というのはパラノイアな百姓になるってことです。耕す。もっと深く、もっと広く。自分をカルティベート(耕作)する。自分という畑を、みのり豊かな土壌にしていく。

だからこその、リストです。リストを探してきて、未読を既読に変えていく。蛍光ペンで消して、つぶしていく。制覇する。[※編集部注:現代人にとって勉強とはコミュニケーション能力を伸ばすことで、読書が究極の勉強ということになる。しかも「必読書リスト」にしたがって読むのが効果的だという]

わたしはリスト読書を高校のころに始め、かれこれ四十年以上続けています。まだ続けている。自分で思いますけれど、病気ですよ。でも、〈勉強〉ならばいいんです。病気になるほどやれってことです。〈勉強〉では、パラノイアになれ。

そして、リストの本分は、強制的に学ばされるということです。当の〈勉強〉をしている最中は、この〈勉強〉がなんの役に立つのか、分からないんです。分かっちゃいけないんです。分かっていたら、それは自分のすでに知っていることを焼き直しで繰り返しているに過ぎない。

〈勉強〉の本質は、だから、している最中は「なんだこりゃあ?」でなければいけない。子供のころを思い出せば分かるはずで、かけ算の九九を暗記させられたときに、「これがなんの役に立つのか」と考えましたか? もっと昔、幼児が親から言葉を口移しされるとき、「日本語はグローバルじゃないから英語がいい」なんて選べましたか? 大人は、世界は、そういうリクエストを受け付けないんです。〈勉強〉の本質は、強制です。

他人に命令されたくなければ、自分に命令されたらよい

ただ、ここが大人になってからの〈勉強〉の、もっともおもしろいところですが、大人の〈勉強〉は、ほかの大人や世間から強制されたものではない。強制するのは、自分なんです。自分が自分に命じている。おまえは変わる必要がある。おまえにはまだ伸びしろがある。まだいける。成長途中だ。おれは、こんなもんじゃない。

そうやって、自分が自分に命じているからこそ、いい大人になってまで、小難しい本を、ときには外国語で、辞書を引き引き、数学だったらノートに数式や図を書き写して、定規やコンパスも使って、〈勉強〉している。他者が命令するのではない。自分が自分に命令する。

Dem wird befohlen, der sich nicht selber gehorchen kann.
自己に服従しえざる者は他者によって命令せらるる
(ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』)

わたしは、学校と名のつくものは、どれもこれも大嫌いでした。小学校も中学校も、思い出すとおなかが痛くなるくらい嫌いだった。勉強が嫌い、だったわけではどうやらない。命令されていたからです。他者に命令されるのが、わたしはほとほと嫌いなんです。

他者に命令されるのが嫌いな人は、自分で自分に命令するしかない。ニーチェの書いたとおりです。

〈勉強〉している人がかっこいいのは変わり続けるから

そして、〈勉強〉している人は、かっこいいとも思う。ライターだけではありません。ミュージシャンだって画家だって、アスリートも、人の気持ちをうつことができるのは、〈勉強〉している人です。自分を、変えている人です。転がる石。

史上最長寿のロックバンド、ローリング・ストーンズは文字通りの転がる石です。黒人音楽のR&B好きでキュートなルックスの五人組が、女の子にキャーキャー言われてデビューして、変化しなかったらそこで終わります。そんなバンドは掃いて捨てるほどある。今後も出る。

彼らはそこで変わった。ブルースなどアメリカ黒人音楽を、勉強し直した。カントリー/ウエスタンの白人伝統音楽も探究した。七〇年代初頭の奇跡の名作群は、そうした彼らの研究によってできあがったものです。

どんなに売れても、成功しても、〈勉強〉をやめなかった。レゲエを学んだ。いまはディスコがはやってる? じゃあディスコミュージックだ。若いやつはパンクだと? パンクのビートってどんなだ。どんどん吸収して、自分たちを変えていった。二〇二三年に出た新作は、配信音楽を深く研究しています。

〈勉強〉していない一流はいない

才能にあふれたストーンズでさえこうなんです。天才でもないわたしたちはなおさらです。〈勉強〉して、自分の殻を破っていく。自分を変えていく。外部の力によって変える。その道具が、しつこく繰り返しているリストです。

なにも『必読書150』だけがリストではなく、いろいろあります。詳しくは『百冊で耕す』を参考にしてください。なるたけ権威主義的な、オーソドックスなリストの方がいいです。正典(カノン)を学ぶ。そうすると、異端(オルタナティブ)のおもしろさが、より分かるようになる。

身もふたもないことですが、〈勉強〉をすれば「得」をしますよということです。社会人になっても自らに〈勉強〉を課している人は、極端に少ないです。少ないということは、市場経済においては価値を生むことです。「得」をするためには、人がしていないことをしなければならない。

◇ ◇ ◇

近藤康太郎(こんどう・こうたろう)

作家/評論家/百姓/猟師。1963年、東京・渋谷生まれ。1987年、朝日新聞社入社。川崎支局、学芸部、AERA編集部、ニューヨーク支局を経て、九州へ。新聞紙面では、コラム「多事奏論」、地方での米作りや狩猟体験を通じて資本主義や現代社会までを考察する連載「アロハで猟師してみました」を担当する。

著書に『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)、『アロハで田植え、はじめました』『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』『アメリカが知らないアメリカ 世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、『リアルロック 日本語ROCK小事典』(三一書房)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)他がある。

『ワーク・イズ・ライフ 宇宙一チャラい仕事論』
 近藤康太郎[著]
 CCCメディアハウス[刊]

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