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追い詰められた民主党が苦しむ「バイデン降ろし」のジレンマ

ニューズウィーク日本版 2024年7月20日 21時8分

グレン・カール
<トランプ銃撃事件の衝撃から立ち直れず、混乱と分断が続く民主党。今から知名度の低い若手の候補者を立てても、トランプの勝利を阻止できる見込みは薄い>

災難は続くものだ。まずは大統領選に向けて6月27日に行われたテレビ討論会。民主党の候補者指名を確実にしているジョー・バイデン大統領は、共和党のドナルド・トランプ前大統領との論戦で目を覆うばかりの失態をさらした。

結果、民主党内では81歳の現職大統領に選挙戦からの撤退を求める声が一気に高まった。それに追い打ちをかけたのが7月13日に共和党の選挙集会で起きた暗殺未遂事件だ。トランプは耳から血を流しながらガッツポーズをして、屈強ぶりをアピールした。

この2つの出来事の相乗効果でトランプは支持率でリードを広げ、11月の本選でのトランプ勝利を確実視するムードが広がった。ファシストが大統領になり、アメリカが独裁的な国家の仲間入りをする悪夢のシナリオが現実味を帯びている。

バイデンと民主党、そしてアメリカは今、苦しいほどのジレンマを抱えている。民主主義を救うには、現職大統領を引きずり降ろすという事実上の「王殺し」を実行するしかなさそうだ。だが、そこにはリスクが伴う。王に代わる候補者を立てるには、醜悪なドタバタ劇を演じなければならない。しかもそこまでして別の候補者を立てたところで、本選での勝率が上がるとは限らない。

私はテレビ討論会を最初の3分間だけ見た。バイデンは言葉に詰まり、何を言いたいのか忘れ、口を開けたまま宙を見つめるありさま。しどろもどろで、ろれつが回らず、意味不明なつぶやきを漏らすこともあった。私はその姿を見ていられなくなり、チャンネルを変えて『スター・トレック』のお気に入りのエピソードを見て、地球の現実から逃げ出した。

CIAの工作員として長年の経験から学んだのは、人は第一印象で判断されること。討論会の最初の3分間でバイデンが有権者の信頼を失い、アメリカの民主主義が大きく後退したとしても驚くには当たらない。

「昨夜は調子が悪かった」。討論会後に撤退圧力が高まると、バイデンはそう言い訳した。バイデンと親しいナンシー・ペロシ元下院議長でさえ、バイデンを説得して撤退させるよう水面下で画策したと伝えられた。もっともペロシはこの件について記者に確認されると、「私はわが国の命運に関わることについて、廊下でコメントしたりしない」と、いら立ちをあらわにした。

前回の大統領選からこの4年で、バイデンが老いて衰えたのは明らかだ。それでも、私は撤退を求めることには抵抗があった。ペロシも同じ理由で記者の質問にいら立ったのだろう。私の見立てでは、バイデンは今でもほぼあらゆる場面で鋭い知性を発揮できる。問題は「ほぼ」が付くこと。周囲の人たちによれば、知性の鋭さどころか認知能力すら危ぶまれることもあるらしい。そうした事例は大々的に報道されるが、近頃はその手の報道がやけに目につく。

「老いぼれバイデン」対「ヒーロー・トランプ」の戦いに

バイデンは米政治史上で最も経験を積んだ、最も見識の高い、最大の実績を上げた大統領の1人に数えられる。本人が言うように、6月27日以降は「数々の主要なイベント」を難なくこなし、「大勢の人々に会い、聴衆を魅了」してもいた。

アメリカン大学のアラン・リクトマン教授は短期・長期の経済動向やカリスマ性など13の指標で大統領選の結果を予測し、過去10回のうち9回的中させている。その読みによれば、民主党はほかの候補者を立てたところで、バイデン以上に勝率を上げることは望み薄だという。

だがリクトマンの指標には人間の本性や、年齢とパワーを人々がどう見るかという視点が欠けている。

バイデンの撤退を求める声が上がるたびに、選挙戦の焦点がトランプの脅威からバイデンの惨状へと移り、バイデンの支持率がさらに下がる恐れがある。バイデンは撤退圧力に屈しまいと粘りに粘るだろう。王殺しは民主党の自殺になりかねず、暴君の勝利を招きかねない。「バイデン降ろし」への抵抗は、それを恐れるが故の慎重さにほかならない。

討論会と暗殺未遂事件が起きる前から、世論調査はバイデンに厳しい結果を突き付けていた。権威ある数種の調査で、トランプの支持率は49%、バイデンは43%と6ポイント差があった。討論会後の2週間で、バイデンの支持率はさらに2%下がった。前回の大統領選が行われた2020年の7月には、バイデンは平均して約9ポイント差でトランプをリードしていた。

再選を目指す現職の大統領としては、バイデンの支持率は1992年のジョージ・H・W・ブッシュ以来最も低い。なぜか? 「彼の歩き方を見れば分かる。よぼよぼじゃないか」と、私の息子は言う。息子の言葉は、この選挙に対する浮動層の見方を端的に表している。

そして7月13 日、激戦州のペンシルベニア州で行われた選挙集会で、20歳の若者が近くの建物の屋上からトランプの頭を狙って銃を撃った。銃弾はわずかにそれて耳に当たり、直後にトランプは顔に血を流しながらこぶしを突き上げ、「戦え! 戦え!」と叫んだ。この時の写真は今や象徴的なイメージになっている。

情報不足で誰に投票するか決めかねている有権者たち。選挙の行方は彼らの決断に懸かっているとも言えるが、討論会と暗殺未遂を経て、彼らの脳裏にはこの選挙の構図がくっきりと焼き付いただろう。それはよぼよぼの現職と凶行に屈しないヒーローとの戦いというものだ。

バイデン頼みで負け戦を続けるより、若手候補を立てる方が得策か

米大統領選には選挙人団制度という特殊な仕組みがある。各州には2票ずつ選挙人の票が割り当てられ、さらに人口に応じて選挙人票が上積みされる。一般投票で有権者が選ぶのは選挙人で、選挙人が大統領を選ぶ。この制度では人口の少ない州と共和党が有利になる。共和党員には田舎に住む人が多いからだ。そのため通常、民主党は一般投票の得票率で共和党を4ポイント上回らなければ、大統領選の勝率で共和党と五分五分になれない。

今年の大統領選ではペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、バージニアの4つの激戦州をどちらが取るかで勝敗がほぼ決まるとみられている。バイデンは一般投票の得票率ではトランプを上回ると選挙アナリストはみていたが、たとえそうなってもペンシルベニア州を制し、さらにいくつかの激戦州を押さえなければ勝利をつかめない。暗殺未遂が起きたとき、トランプがペンシルベニア州の田舎で選挙運動をしていたのはただの偶然ではないのだ。

バイデンに代わる、バイデンより1世代若い有力な候補者としては、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事、イリノイ州のJ・B・プリツカー知事、ミシガン州のグレッチェン・ウィトマー知事、ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事、そしてもちろんカマラ・ハリス副大統領らの名前が挙がっている。

代わりを選ぶなら、8月19〜22日にシカゴで開催される民主党全国大会でしかるべき手続きを踏むことになる。新たな候補者を立てれば有権者の関心がそちらに向き、トランプの独走を止められる可能性もある。

誰が指名されるにせよ、これから陣営を組織し、知名度を上げて資金を調達するなど数々の難題をクリアして、わずか10週間で有権者の信頼を勝ち取らなければならない。それでも、バイデン頼みで負け戦を続けるよりは、困難を承知で若い候補者を立てて全力で勝ちにいくほうが得策かもしれない。

バイデンによると、選挙は「コイン投げ」のようなもの。本当にそうなら勝率は50%だが、現状ではそれは楽観的すぎる見方のようだ。

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