岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)
<人口減少や温暖化などの問題に対応できる建築とは?>
2022年の温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas 気候変動に直接影響を与えるCO2や一酸化二窒素(N2O)など複数のガスの総称)は、中国、アメリカ、インド、EU27カ国、ロシア、ブラジルが6大排出国だ。別のGHGの国別ランキングではフィンランドは第62位と排出は少なめだが、さらなる減少を目指している。その実践の1つが、同国で少しずつ広まっている画期的なレンタル建築だ。
400軒以上の、サステナブルなレンタル建築
フィンランドのパルマコ社は、住民数の増減に合わせて学校や病院といった公共施設を簡単に増やしたり撤去する方法を広めている。設計から製作まで工場で行い、建設予定地で組み立てるモジュール式の建物だ。建設現場での天候に左右されないため工期が短くて済み、竣工も早い。住民が減り、不要になったときも撤去しやすい。これらの建物をレンタル契約で提供している。同社が建てたレンタル建築はすでに400軒以上に上る。
フィンランドの標準的な教室のサイズは55平方メートルだということで、同社ではそのサイズを基準モジュールにしているが、顧客のニーズに応じてスペースのデザインを変えることも可能だ。"レンタルで従来と変わらない快適さ"を追求しており、デザイン性の高さは、ヘルシンキの小学校とデイケアセンターの例からもうかがえる。この建物がレンタル建築だとは思えないだろう。顧客の満足度は高く、今春の同社の調査では、同社のレンタル建築に対して「非常に満足」「かなり満足」の回答が94%を占めた。
建材は軽量で、耐久性と断熱性に優れた特製スチールFIXEL(R)をメインに、国産の木材などを使っている。これらの建材はエコ志向で循環することを前提にしており、撤去後は別のレンタル建築に再利用される。また断熱性に加え、空間設計を工夫することで通常の建物よりも暖房が少なく済むため、建物を使っている間のCO2排出量は最大50%削減できるという。
フィンランドにおける2021年のGHG排出量全体(冒頭のサイト)を業種別に見ると、電気・ヒーティング業からは1680万トン、製造業・建築業からは724万トンが排出されている。パルマコの建築は、両分野の排出量削減にかなり貢献しているはずだ。
公立学校の例 月額レンタル料は約400万円
パルマコのレンタル建築が実際に使われている様子を見てみよう。ロシア国境に近いフィンランド東部の町イマトラの公立学校だ。イマトラの人口は今年4月末時点で約2万5千人。1~4月に43人が出生し、148人が亡くなり自然増減は105人の減少だった。また、この期間の転出入による増減は127人増だった。
町にある基礎学校(小学校と中学校を合わせた9年間)の1つ、コスキ・スクールセンターには4つの建物があり、2019年から2021年の間に建てられた2階建ての建物2棟がレンタル建築だ。およそ360人が2つの校舎を使っている(1棟にはインターナショナルスクールも入居)。レンタル期間は2019年から2031年までで、月額料金は約400万円(2万3270ユーロを現在のレートで換算)だという。
期間限定の建築だが品質は恒久的な建物と変わらず、断熱材、窓、ドアは通常の物件と同じ品質だ。2校舎ともカスタマイズされている。施工者の選択はコンペで行われ、モジュール式の建物で応募したのはパルマコのみだったという。町は将来の生徒数減少を予測して、同社のレンタル建築を採用した。
地震も見据えて
耐久性に優れたパルマコの建築だが、地震が起きたときはどうなのだろうか。ヨーロッパ全体では地震は少ないが、イタリアなど地震が多い地域もある。その点について同社に尋ねたところ、以下の回答を得た。
「当社の鉄骨は耐震の品質テストが行われていて、地震がある地域での使用にも適しています。地震に限らず、建物全体が建設予定地の自然の力(自然災害)に耐えるよう設計する必要があるため、もしイタリアで建設する場合には、地元の専門家を設計に起用することになります」(マーケティングコミュニケーションズ・ディレクターのアナ・エロ氏)
パルマコはスウェーデンでもレンタル建築を広めており、最近はドイツでも展開を始めた。「最適なサイズで、最適な場所に、最適な期間建てる」という同社のコンセプトは、環境対策の強化にまい進するヨーロッパ内でさらに人気が高まっていくに違いない。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com
フィンランド最大のモジュール型建築とは?
ヘルシンキに建てられたフィンランド最大のモジュール型建物は、マートゥリ小学校とミントゥ・デイケアセンターとして利用されている。 Parmaco Oy / YouTube
<人口減少や温暖化などの問題に対応できる建築とは?>
2022年の温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas 気候変動に直接影響を与えるCO2や一酸化二窒素(N2O)など複数のガスの総称)は、中国、アメリカ、インド、EU27カ国、ロシア、ブラジルが6大排出国だ。別のGHGの国別ランキングではフィンランドは第62位と排出は少なめだが、さらなる減少を目指している。その実践の1つが、同国で少しずつ広まっている画期的なレンタル建築だ。
400軒以上の、サステナブルなレンタル建築
フィンランドのパルマコ社は、住民数の増減に合わせて学校や病院といった公共施設を簡単に増やしたり撤去する方法を広めている。設計から製作まで工場で行い、建設予定地で組み立てるモジュール式の建物だ。建設現場での天候に左右されないため工期が短くて済み、竣工も早い。住民が減り、不要になったときも撤去しやすい。これらの建物をレンタル契約で提供している。同社が建てたレンタル建築はすでに400軒以上に上る。
フィンランドの標準的な教室のサイズは55平方メートルだということで、同社ではそのサイズを基準モジュールにしているが、顧客のニーズに応じてスペースのデザインを変えることも可能だ。"レンタルで従来と変わらない快適さ"を追求しており、デザイン性の高さは、ヘルシンキの小学校とデイケアセンターの例からもうかがえる。この建物がレンタル建築だとは思えないだろう。顧客の満足度は高く、今春の同社の調査では、同社のレンタル建築に対して「非常に満足」「かなり満足」の回答が94%を占めた。
建材は軽量で、耐久性と断熱性に優れた特製スチールFIXEL(R)をメインに、国産の木材などを使っている。これらの建材はエコ志向で循環することを前提にしており、撤去後は別のレンタル建築に再利用される。また断熱性に加え、空間設計を工夫することで通常の建物よりも暖房が少なく済むため、建物を使っている間のCO2排出量は最大50%削減できるという。
フィンランドにおける2021年のGHG排出量全体(冒頭のサイト)を業種別に見ると、電気・ヒーティング業からは1680万トン、製造業・建築業からは724万トンが排出されている。パルマコの建築は、両分野の排出量削減にかなり貢献しているはずだ。
公立学校の例 月額レンタル料は約400万円
パルマコのレンタル建築が実際に使われている様子を見てみよう。ロシア国境に近いフィンランド東部の町イマトラの公立学校だ。イマトラの人口は今年4月末時点で約2万5千人。1~4月に43人が出生し、148人が亡くなり自然増減は105人の減少だった。また、この期間の転出入による増減は127人増だった。
町にある基礎学校(小学校と中学校を合わせた9年間)の1つ、コスキ・スクールセンターには4つの建物があり、2019年から2021年の間に建てられた2階建ての建物2棟がレンタル建築だ。およそ360人が2つの校舎を使っている(1棟にはインターナショナルスクールも入居)。レンタル期間は2019年から2031年までで、月額料金は約400万円(2万3270ユーロを現在のレートで換算)だという。
期間限定の建築だが品質は恒久的な建物と変わらず、断熱材、窓、ドアは通常の物件と同じ品質だ。2校舎ともカスタマイズされている。施工者の選択はコンペで行われ、モジュール式の建物で応募したのはパルマコのみだったという。町は将来の生徒数減少を予測して、同社のレンタル建築を採用した。
地震も見据えて
耐久性に優れたパルマコの建築だが、地震が起きたときはどうなのだろうか。ヨーロッパ全体では地震は少ないが、イタリアなど地震が多い地域もある。その点について同社に尋ねたところ、以下の回答を得た。
「当社の鉄骨は耐震の品質テストが行われていて、地震がある地域での使用にも適しています。地震に限らず、建物全体が建設予定地の自然の力(自然災害)に耐えるよう設計する必要があるため、もしイタリアで建設する場合には、地元の専門家を設計に起用することになります」(マーケティングコミュニケーションズ・ディレクターのアナ・エロ氏)
パルマコはスウェーデンでもレンタル建築を広めており、最近はドイツでも展開を始めた。「最適なサイズで、最適な場所に、最適な期間建てる」という同社のコンセプトは、環境対策の強化にまい進するヨーロッパ内でさらに人気が高まっていくに違いない。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com
フィンランド最大のモジュール型建築とは?
ヘルシンキに建てられたフィンランド最大のモジュール型建物は、マートゥリ小学校とミントゥ・デイケアセンターとして利用されている。 Parmaco Oy / YouTube