森田優介(ニューズウィーク日本版デジタル編集長)
<一般社団法人の日本サステナブルビジネス機構が「サステナブルビジネス認証制度」を創設し、日本企業のSDGs支援に乗り出した。企業側にとって、認証を得ることにはどのようなメリットがあるのか>
6月末、まったく新しいSDGs(持続可能な開発目標)認証制度が発表された。日本サステナブルビジネス機構(以下、JSBO)が開始する「サステナブルビジネス認証制度」で、中小企業を念頭に置いた全国的なSDGs認証としては日本初だという。
JSBOは「SDGs対応戦略の加速と産業界の活性化」を目指し、3月に設立された一般社団法人だ。日本のSDGs研究の第一人者である蟹江憲史氏(慶應義塾大学大学院・メディア研究科教授、xSDG・ラボ代表)が理事長を務める。
JALの小川宣子ESG推進部長や、シブサワ・アンド・カンパニーの澁澤健代表取締役、サステナビリティ・プロデューサーの川廷昌弘氏といった、SDGsの有識者が多数参画。内閣府、環境省、中小企業庁、SDGs認証に意欲的な自治体の担当者らも協力し、昨年から産官学で研究と制度設計を進めてきた。
これだけのメンバーが集まって、なぜ「認証制度」なのか。そして「中小企業を念頭に」とは、一体どのような意味を持つのか。
その理由を探ると、2つのポイントが浮かび上がった。
SDGs推進に苦戦する中小企業にとっての「解を導く」
1つは、大企業を中心にSDGsの達成に向けた取り組みが広がるなかで、多くの中堅・中小企業はいまだSDGs推進に難しさを感じていること。
JSBOの理事で、SDGsのコンサルティングを行うMSSの代表取締役社長、松田孝裕氏によれば、環境や人権に配慮しない企業は企業価値を高められなくなってきているが、中堅・中小企業はどうしても本業の売り上げ・利益に視点が行きがちだという。
「日本の企業は今、原料高や人件費高騰で余裕もなくなってきている。経済と社会・環境のバランスが取れた成長を求められても、中堅・中小企業には難しい課題です」と、松田氏は言う。「サステナブルビジネス認証のようなガイドラインがあれば、どうすればその両立が可能かの解を導くことができます」
サステナブルビジネス認証制度では、25の項目でチェックし、企業の取り組みがどのレベルにあるかを3段階で評価・認証する。だが、認証による「お墨付き」をもらって終わりになっては意味がない。JSBOの狙いは、企業に認証を資金調達や人材確保に役立ててもらいつつ、SDGsの取り組みをさらに促進してもらうことだ。
では、認証が具体的にどう役立つのか。
認証には「包括的にSDGsに取り組む出発点」の役割も
国内外でNPOマネジメントに長く携わり、評価・認証制度にも詳しいブルー・マーブル・ジャパン代表取締役・一般財団法人CSOネットワーク常務理事の今田克司氏は、認証の役割についてこう説明する。
「信頼のおける機関からの認証があると企業は安心を得られるが、その一方、認証を契機に、意思決定など、社内の仕組みを見直そうという動きも出てきます。自社の事業に関わりのあるSDGsの課題は何で、それに対してどのような取り組みをできるか。認証が包括的にSDGsに取り組む出発点になります」
JSBOの幹事にも名を連ねる今田氏は、国連開発計画(UNDP)の「SDGインパクト基準」、米NPOのBラボによる「B Corp認証」というグローバルなサステナビリティ関連の認証制度にも関わってきた。
「SDGインパクト基準」は日本でも知名度が高いが、概ね大企業向きとされる。基準に基づく研修は始まっているが、認証はまだ計画段階である点にも注意が必要だ。
一方、「B Corp認証」は世界で9000近い企業が認証を得ているが、日本ではまだ42社(2024年7月時点)。ここ2年ほどでB Corp認証の注目度も上がり、国内で認証を取得する企業も増えてはいるが、認証取得のために求められる水準は決して低くない。
そのためJSBOは、この認証制度によって、日本企業の99%を占める中小企業も対象に支援していこうというわけだ。JSBO理事の松田氏は「自治体や金融機関と連携し、補助金や融資、また自治体の入札に使えるような仕組みづくりも議論しています」と、展望を語る。
取り組みを「認めてもらう」だけでも意味がある
もう1つのポイントは、SDGs推進における「認めてもらうこと」の重要性だ。
極論を言えば、SDGsに取り組むことが売り上げや利益の増加に直結するならば、誰にも知られないままでもよいのかもしれない。
だが現実には、松田氏が言うように、両立は難しい。そのため、取引先や消費者、投資家、従業員といったステークホルダーに知ってもらうことそのものが、まずは企業にとってメリットの1つになる。
サステナビリティレポート、統合報告書、CSR報告書、あるいは、コーポレートサイトに載せるサステナビリティの情報――。
こうした報告書や情報開示は一般的になってきたが、とりわけ報告書を発行するほどの規模を持たない企業にとっては、第三者による認証が重要になる。「○○をやりました」と自社で発信するだけでは、説得力を欠く場合があるからだ。
今田氏の言う「認証によって企業は安心を得られる」がこれに当たると言えるだろう。
SDGs認証が人材獲得に「効果あり」の研究結果も
では、このような認証はどのステークホルダーに対して最も効果的なのだろうか。
今田氏によれば、「B Corp認証」の効果はさまざまな研究がなされており、そこから明らかなのは「実は、消費者はいちばん最後」ということ。エシカル消費の潮流など、消費によるサステナビリティ選考にも変化の兆しは見られるが、社会全体の消費行動はなかなか変わらない。
それよりも認証の効果が大きいのは、従業員や学生・求職者に対してだと今田氏は説明する。
「サステナビリティの考えを持たない企業は、若年層、特に優秀な人材からそっぽを向かれてしまう傾向が強い。日本では欧米ほど顕著ではないかもしれませんが、一定程度、同じことを言えると思います」
従業員や若年層のほかに、取引先に対するアピールも期待できるかもしれない。脱炭素からダイバーシティまで、SDGs推進に関する取引先からの要請は強まっている。こうした意味でも、もはやSDGsは大企業だけのものではないと言える。
認証は、単なる「お墨付き」ではない。JSBOは「サステナブルビジネス認証制度」によって、日本企業の成長とSDGs推進を支援し、ひいては日本経済に貢献しようとしている。JSBO理事の松田氏は言う。
「日本が成長するためには、中堅・中小企業や地域の企業が元気になることが重要です。当協会はSDGsを推進している企業を前面に出し、さまざまな取り組みを紹介することで、社会全体にSDGsを普及させる活動も行っていきます」
※日本サステナブルビジネス機構(JSBO)と「サステナブルビジネス認証制度」について、詳しくはこちら。
※同認証とニューズウィーク日本版「SDGsアワード」は、相互に制度の紹介などを通じた連携を行っています。
<一般社団法人の日本サステナブルビジネス機構が「サステナブルビジネス認証制度」を創設し、日本企業のSDGs支援に乗り出した。企業側にとって、認証を得ることにはどのようなメリットがあるのか>
6月末、まったく新しいSDGs(持続可能な開発目標)認証制度が発表された。日本サステナブルビジネス機構(以下、JSBO)が開始する「サステナブルビジネス認証制度」で、中小企業を念頭に置いた全国的なSDGs認証としては日本初だという。
JSBOは「SDGs対応戦略の加速と産業界の活性化」を目指し、3月に設立された一般社団法人だ。日本のSDGs研究の第一人者である蟹江憲史氏(慶應義塾大学大学院・メディア研究科教授、xSDG・ラボ代表)が理事長を務める。
JALの小川宣子ESG推進部長や、シブサワ・アンド・カンパニーの澁澤健代表取締役、サステナビリティ・プロデューサーの川廷昌弘氏といった、SDGsの有識者が多数参画。内閣府、環境省、中小企業庁、SDGs認証に意欲的な自治体の担当者らも協力し、昨年から産官学で研究と制度設計を進めてきた。
これだけのメンバーが集まって、なぜ「認証制度」なのか。そして「中小企業を念頭に」とは、一体どのような意味を持つのか。
その理由を探ると、2つのポイントが浮かび上がった。
SDGs推進に苦戦する中小企業にとっての「解を導く」
1つは、大企業を中心にSDGsの達成に向けた取り組みが広がるなかで、多くの中堅・中小企業はいまだSDGs推進に難しさを感じていること。
JSBOの理事で、SDGsのコンサルティングを行うMSSの代表取締役社長、松田孝裕氏によれば、環境や人権に配慮しない企業は企業価値を高められなくなってきているが、中堅・中小企業はどうしても本業の売り上げ・利益に視点が行きがちだという。
「日本の企業は今、原料高や人件費高騰で余裕もなくなってきている。経済と社会・環境のバランスが取れた成長を求められても、中堅・中小企業には難しい課題です」と、松田氏は言う。「サステナブルビジネス認証のようなガイドラインがあれば、どうすればその両立が可能かの解を導くことができます」
サステナブルビジネス認証制度では、25の項目でチェックし、企業の取り組みがどのレベルにあるかを3段階で評価・認証する。だが、認証による「お墨付き」をもらって終わりになっては意味がない。JSBOの狙いは、企業に認証を資金調達や人材確保に役立ててもらいつつ、SDGsの取り組みをさらに促進してもらうことだ。
では、認証が具体的にどう役立つのか。
認証には「包括的にSDGsに取り組む出発点」の役割も
国内外でNPOマネジメントに長く携わり、評価・認証制度にも詳しいブルー・マーブル・ジャパン代表取締役・一般財団法人CSOネットワーク常務理事の今田克司氏は、認証の役割についてこう説明する。
「信頼のおける機関からの認証があると企業は安心を得られるが、その一方、認証を契機に、意思決定など、社内の仕組みを見直そうという動きも出てきます。自社の事業に関わりのあるSDGsの課題は何で、それに対してどのような取り組みをできるか。認証が包括的にSDGsに取り組む出発点になります」
JSBOの幹事にも名を連ねる今田氏は、国連開発計画(UNDP)の「SDGインパクト基準」、米NPOのBラボによる「B Corp認証」というグローバルなサステナビリティ関連の認証制度にも関わってきた。
「SDGインパクト基準」は日本でも知名度が高いが、概ね大企業向きとされる。基準に基づく研修は始まっているが、認証はまだ計画段階である点にも注意が必要だ。
一方、「B Corp認証」は世界で9000近い企業が認証を得ているが、日本ではまだ42社(2024年7月時点)。ここ2年ほどでB Corp認証の注目度も上がり、国内で認証を取得する企業も増えてはいるが、認証取得のために求められる水準は決して低くない。
そのためJSBOは、この認証制度によって、日本企業の99%を占める中小企業も対象に支援していこうというわけだ。JSBO理事の松田氏は「自治体や金融機関と連携し、補助金や融資、また自治体の入札に使えるような仕組みづくりも議論しています」と、展望を語る。
取り組みを「認めてもらう」だけでも意味がある
もう1つのポイントは、SDGs推進における「認めてもらうこと」の重要性だ。
極論を言えば、SDGsに取り組むことが売り上げや利益の増加に直結するならば、誰にも知られないままでもよいのかもしれない。
だが現実には、松田氏が言うように、両立は難しい。そのため、取引先や消費者、投資家、従業員といったステークホルダーに知ってもらうことそのものが、まずは企業にとってメリットの1つになる。
サステナビリティレポート、統合報告書、CSR報告書、あるいは、コーポレートサイトに載せるサステナビリティの情報――。
こうした報告書や情報開示は一般的になってきたが、とりわけ報告書を発行するほどの規模を持たない企業にとっては、第三者による認証が重要になる。「○○をやりました」と自社で発信するだけでは、説得力を欠く場合があるからだ。
今田氏の言う「認証によって企業は安心を得られる」がこれに当たると言えるだろう。
SDGs認証が人材獲得に「効果あり」の研究結果も
では、このような認証はどのステークホルダーに対して最も効果的なのだろうか。
今田氏によれば、「B Corp認証」の効果はさまざまな研究がなされており、そこから明らかなのは「実は、消費者はいちばん最後」ということ。エシカル消費の潮流など、消費によるサステナビリティ選考にも変化の兆しは見られるが、社会全体の消費行動はなかなか変わらない。
それよりも認証の効果が大きいのは、従業員や学生・求職者に対してだと今田氏は説明する。
「サステナビリティの考えを持たない企業は、若年層、特に優秀な人材からそっぽを向かれてしまう傾向が強い。日本では欧米ほど顕著ではないかもしれませんが、一定程度、同じことを言えると思います」
従業員や若年層のほかに、取引先に対するアピールも期待できるかもしれない。脱炭素からダイバーシティまで、SDGs推進に関する取引先からの要請は強まっている。こうした意味でも、もはやSDGsは大企業だけのものではないと言える。
認証は、単なる「お墨付き」ではない。JSBOは「サステナブルビジネス認証制度」によって、日本企業の成長とSDGs推進を支援し、ひいては日本経済に貢献しようとしている。JSBO理事の松田氏は言う。
「日本が成長するためには、中堅・中小企業や地域の企業が元気になることが重要です。当協会はSDGsを推進している企業を前面に出し、さまざまな取り組みを紹介することで、社会全体にSDGsを普及させる活動も行っていきます」
※日本サステナブルビジネス機構(JSBO)と「サステナブルビジネス認証制度」について、詳しくはこちら。
※同認証とニューズウィーク日本版「SDGsアワード」は、相互に制度の紹介などを通じた連携を行っています。