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組み立てが大変なイケアの家具は満足度が高く、時短になる簡単ケーキミックスは売れなかった理由

ニューズウィーク日本版 2024年7月23日 11時30分

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<消費者は自分でつくりあげたものに深い愛着を抱く。賢明な企業はこの自己中心性バイアス=「イケア効果」を活用している。世界的ベストセラー『予想通りに不合理』著者ダン・アリエリーの論考より>

消費者が商品を購入する動機の背景にある科学は、時として直感に反している。

消費者は、楽がいい、手間がかからないほうを好む。例えば家具なら、生産から配送、組み立てまで、メーカー側に全部やってもらいたいはず。あなたはそう思っているかもしれない。

だが、その考え方が間違っている場合が、実は多いのだ。

世界的ベストセラー『予想通りに不合理』(早川書房)の著者で、デューク大学の心理学と行動経済学の教授ダン・アリエリーは、人間は自分でつくりあげたものに深い愛着を持つ「イケア効果」という認知バイアスにしばしば陥ると指摘する。

そこで、このたび発売された『Duke CEマネジメントレビュー』(かんき出版)に掲載されているアリエリー氏の論考から、一部を抜粋して紹介する。

同書の著者はアメリカの名門デューク大学フクア経営大学院の関連組織で、あらゆるレベルのリーダーを育成するためのリーダーシッププログラムを企業に提供している世界有数の教育機関であるDuke コーポレート・エデュケーション。

同書はDuke コーポレート・エデュケーションの執筆陣が寄稿している機関誌「Dialogue」から、特に重要な20本の記事を厳選してまとめたものである。

※同書より抜粋した記事1本目:ECサイトの「カゴ落ち」率は68.8% 顧客に見放される企業と顧客を惹きつける企業の違い

(以下より抜粋)

◇ ◇ ◇

カスタマイズできることがいかに購買意欲を高めるかを理解するには、人間の心理の、より一層謎めいた部分に、一直線に飛び込んでいかなければならない。

私たち消費者は、あなたが思っているほど不精ではないときもある。

それどころか、かなりの汗や苦労さえ厭わないときもある。

ただし、それはあくまで「自分の『手づくり』」と呼んでいいものであればの話だ。

幼い子がいる大勢の父親たちが行っているであろう、平箱包装された組み立て式家具の大手量販店「イケア」に、私も数年前に初めて買い物に行った。目的は、子どもたちのおもちゃ箱になるような、引き出しつきのチェストだ。

子どもたちがいつも使うものは、あっという間に傷だらけになってしまうのがお約束だから、子ども用の家具に大金を出す気はなかった。

イケアの家具に対して抱いた感覚

だが、購入した平箱包装式のイケア家具が、組み立てにあれほど膨大な時間と労力が必要だということは、まったくの予想外だった。

イケアが、地球上のありとあらゆる言語に対応しなくてすむようにしたと思われる図とイラストしかない組み立て説明書に、自分がどれほど面食らったかいまだに覚えている。

何もかもが、つじつまが合わないように思えた。種類ごとのネジの見分けもつかなければ、部品のいくつかは足りていないようだった。

イケアの家具を組み立てたことがある人ならわかってもらえると思うが、パーツをうっかり逆さまに組み立てて、ずっとあとになって間違いに気づいて目の前が真っ暗になるという事態が、いとも簡単に起きてしまうことを私も身をもって学んだ。

そうして、何段階か前の間違いを直すために、ここまでせっかく組み立てた作品を解体するという作業に、さらに多くの時間を費やすはめになった。

このチェストの組み立てが楽しかったとは、とてもいえない。

ところが、ようやく作業が完了すると、私のなかで不思議なことが起きた。

自分の仕事ぶりに対して、とてつもない満足感を覚えたのだ。

自宅には、もっと値段が高くてはるかに高級なつくりの家具がいくつもあるにもかかわらず、自分がそれらの家具よりも子どもたちのイケアのチェストを、より一層愛着を込めてしょっちゅう眺めていることに気づいた。

そういった意味では、私は典型的な不合理人間だ。

研究仲間のマイケル・ノートン教授(ハーバード大学経営大学院)、ダニエル・モション教授(テュレーン大学経営大学院)とともに調べた結果、私がイケアの家具に対して抱いた感覚は、実は多くの人々に共通するものであり、しかもとても強力なものであることが判明した。

そうして、私たちはこの発見を「イケア効果」と命名した。

ケーキミックスのパラドックス

今日では、イケアが「商品を購入すること」と「自分でつくること」を結びつける場となっている。だが「自分で組み立てる」というコンセプトは、決して新しいものではない。

外に働きに出る女性がまだ少なかった1940年代当時、P・ダフ&サンズ(ダフ社)というアメリカのある企業が、焼き菓子の材料業界に一大革命を起こした。

そのイノベーションとは、箱入りのケーキミックスだった。

これを使えば主婦は毎回、卵、砂糖、小麦粉を量る代わりに、ミックスの粉に水を加えて混ぜるだけですむようになる。そして180℃のオーブンに30分入れておけば、ケーキが焼ける。

これはかつてないほど簡単で、時間節約にもなる画期的な商品だった。

だがそれゆえに、まったく売れなかったのだった。

どうやら、家庭でケーキを焼く主婦たちは、あまりに簡単につくれてしまうことが気に入らなかったようだ。

ダフ社のケーキミックスでつくるケーキは、十分に美味しかった。問題は、それをつくるための労力や複雑な手順が、まったく必要ないという点だったのだ。

ダフ社の調査の結果、主婦たちには「水を加えるだけのミックス」でつくるケーキと店で買うケーキとの差が、ベーキングシートほどの薄いものにしか感じられないことが明らかになった。

家でケーキを焼く主婦たちにとって、このケーキミックスでつくるケーキは「本物」ではなかった。少なくとも、自分の手でつくったものには思えなかったのだ。

そこにかけられる手間や、発揮できる技があまりに少なすぎて、自分の手づくりだと自信をもって言うことなど到底できなかったということだ。

ではその後、ケーキミックスはどうなったのだろうか?

ダフ社は、コンセプトづくりに戻って再考した。そこで出た答えは直感に反していたが、発想は実に単純だった。要は、「ケーキづくりを難しくする」ということだ。生まれ変わった新しいケーキミックスでは、卵、油、牛乳が別途必要だったのだ。

この新製品は、すぐにヒットした。なぜなら、この新たなケーキミックスを使って焼いたケーキなら、主婦たちは「手づくり」だと堂々と言えるからだった(ほんのわずかな後ろめたさはあったかもしれないが......)。

この一件で、ダフ社(そして消費者行動学の学生たちも)は「人間は自分自身がつくったものや影響をもたらしたものに、より好ましい反応を示す」というきわめて貴重な教訓を手に入れた。労力をかけるということには、愛情を込めるという大事な意味も含まれている。

折り紙の実験で判明した認知バイアス

イケア効果を深く探る一環として、マイケル、ダニエルと私は、ある実験のための被験者を募った。彼らに依頼したのは、折り紙で動物をつくることだ。

この作業に対しては、時給が支払われることになっていた。用意されていた色つきの折り紙と折り方の説明書を手にした被験者たちは早速、作業に入った。

本音をいえば、志願してくれた恐れ知らずの被験者たちがつくった折り紙のカエルや鶴は、何らかの賞を取れるレベルにはほど遠かった。被験者たちはみな折り紙の初心者で、経験のなさが作品によく表れていた。

作業が終わったとき、私たちのために集まってくれた被験者たちに、折り紙の動物を売りましょうと持ちかけ、そして「自分がつくったカエルや鶴を買って持ち帰ると想定したときに、いくらまでなら支払えるかを書いてください」と頼んだ。

今回の実験では、この折り紙の初心者たちを「作成者」と呼び、折り紙で動物を折ることに参加していなかった別のグループを「購入者」と呼んで区別していた。

そして私たちは、作成者がいないところで、購入者に作品を評価して値段をつけるよう求めた。

すると、作成者が自分でつくった折り紙の動物に対してつけた値段は、購入者がつけた値段の平均5倍だったことが判明した。これはまさにイケア効果だ。

私たちは、労力を注いだものに対して、より一層愛着を抱くのだ。

折り紙実験を次の段階に進めると、ますます興味深い反応が見られた。

第2段階では、折り紙の経験がない被験者グループを新たに募り、折り方の大事なポイントを削除した説明書を渡して作業を依頼した。

この説明書を見ながら折って動物を正しくつくるのは、不可能に近かった。できあがった作品は第1段階のものよりさらにひどかった。多くの被験者の折り紙作品は、できるはずだった動物とは似ても似つかない姿だった。

そして当然ながら、購入者たちはこれらのくしゃくしゃの作品に大した価値を見いだせなかった。そんなわけで、作成者たちが彼ら自身の作品につける値段も当然下がるはずだと予想された。

だが、実際には値段は上がった。またしても、作成者たちがイケア効果の影響を受けていることが確認された。より長い時間をかけて動物を折ったことが、自身の作品の値段をより高くつけることにつながったのだ。

自分たちの作品の出来がはなはだお粗末という事実は、彼らにとっては些細なことにすぎなかった。

私たちは、調査をここでは終わらせはしなかった。

私たちがさらに確認したかったのは、購入者に比べて作成者のほうが作品により一層愛着を抱いているという事実、つまりほかの人がこれらの作品を異なる視点から見ているという事実に、作成者本人たちが気づいているかどうかという点だった。

調べた結果、作成者たちは気づいていなかった。彼らは自分たちがつくったくしゃくしゃの紙の作品に、誰もが美を見いだすはずだと思っていたのだ。

これはまさに「自己中心性バイアス」だ。この認知バイアスの一種によって、幼い子どもたちは、自分が目を閉じればほかの人にも自分が見えていないと思い込む。

どうやら大人たちも、このバイアスの影響を同じくらい強く受けているようだ。

『Duke CEマネジメントレビュー』
 デューク・コーポレート・エデュケーション 著
 尼丁千津子 訳
 かんき出版

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