サム・ポトリッキオ
<トランプが共和党の副大統領候補に、39歳の新人上院議員J.D.バンスを選んだ背景には、いかにもトランプらしい2つの「決め手」があった>
オハイオ州の新人上院議員J・D・バンス(39)は、アメリカ史上最も若い副大統領の1人として歴史に残る政治的大転換を成し遂げるかもしれない。
トランプ前大統領から共和党の副大統領候補に指名されたバンスは、かつて筋金入りの反トランプだった。2016年と17年には「アメリカのヒトラー」ではないかと声を大にして叫び、「道徳的災難」と呼んだこともある。16年の大統領選ではトランプに反対票を投じた。
だがトランプの信任を得たことで、バンスは11月の大統領選の結果次第でアメリカのナンバー2、さらには次の大統領になる可能性も出てきた。
オハイオ州ミドルタウン生まれのバンスは、高校卒業後に米海兵隊に入隊。地元のオハイオ州立大学を最高の成績で卒業し、エール大学法科大学院を修了した人物だ。出生時は別の姓だったが、育ててくれた母方の祖父母の姓を名乗ることにした(母親は5回結婚)。
妻はインド系アメリカ人で、子供は3人いる。ベストセラーとなった著書『ヒルビリー・エレジー』の印税に加え、金融の世界でも成功して富を築き、38歳で故郷オハイオ州の上院議員に当選。19年にはカトリックに改宗している。
2年連続で全米第1位に輝いた『ヒルビリー・エレジー』の宣伝でバンスはトランプへの軽蔑を隠さず、文章やインタビューで激しく攻撃したが、そのトランプからの推薦が決め手となって上院選で勝利。それからわずか2年で副大統領候補に選ばれるための足場を築いた。
バンスは権力のために信念を捨てた?
バンスはトランプに対する過去の発言について「誤りだったと後悔している」と弁明したが、ブーメランとなって返ってくる可能性もある。白人労働者階級を「搾取」する「詐欺師」とトランプを評したバンスは、権力のために信念を捨てたように見える。かつての「師匠」の1人(ブッシュ元大統領のスピーチライター)は不道徳な日和見主義者と非難。元政治的ヒーローの元インディアナ州知事は、バンスの転向を「残念だ」と評した。
トランプのバンス抜擢の裏には、家族の強力な支持があった。16年の大統領選当時は長女イバンカと夫ジャレッドが大きな影響力を持っていたが、今ははるかに右寄りでポピュリスト的な長男と次男が、最も強力な家庭内のアドバイザーになっている。
バンスは中西部の工業地帯で支持拡大に貢献するはずだ。ミシガン、ウィスコンシン両州で勝てば当選はほぼ確実だろう。39歳のバンスを相棒に選ぶことには、高齢のバイデンとの対比を強調する効果もある。(編集部注:バイデンは7月21日に選挙戦からの撤退を表明した)
バンス起用の決め手になったトランプらしい2つの理由
ただし、大統領選の勝利が最大の目標ならバンス起用は最善の選択ではなかった。中絶やウクライナ問題に対する極端なスタンスはアメリカ人の多数派と相いれない。
加えてトランプ銃撃事件をバイデン現大統領の責任だと主張するなど、対決色をあおる言動はトランプ時代の分断を目立たせるだけだ。この事件でトランプに集まる同情や民主党の混乱といった有利な材料の効果を弱める公算が大きい。
バンスは今やトランプ主義の正式な後継者だ。穏健派や伝統的な共和党員の最後の抵抗に火を付け、同党支持者の投票率を低下させる恐れもある。
結局、バンス起用の決め手は、いかにもトランプらしい2つの理由なのだろう。1つは、人々の怒りをあおる能力が抜群なこと、もう1つは、トランプが考える「共和党内の裏切り者たち」が他の候補を推していたことだ。
もっとも党大会での演説やメディアへの発言から明らかなように、トランプの頭の中で重要人物はただ1人、本人だけだ。バンスのことなどほとんど眼中にない。
<トランプが共和党の副大統領候補に、39歳の新人上院議員J.D.バンスを選んだ背景には、いかにもトランプらしい2つの「決め手」があった>
オハイオ州の新人上院議員J・D・バンス(39)は、アメリカ史上最も若い副大統領の1人として歴史に残る政治的大転換を成し遂げるかもしれない。
トランプ前大統領から共和党の副大統領候補に指名されたバンスは、かつて筋金入りの反トランプだった。2016年と17年には「アメリカのヒトラー」ではないかと声を大にして叫び、「道徳的災難」と呼んだこともある。16年の大統領選ではトランプに反対票を投じた。
だがトランプの信任を得たことで、バンスは11月の大統領選の結果次第でアメリカのナンバー2、さらには次の大統領になる可能性も出てきた。
オハイオ州ミドルタウン生まれのバンスは、高校卒業後に米海兵隊に入隊。地元のオハイオ州立大学を最高の成績で卒業し、エール大学法科大学院を修了した人物だ。出生時は別の姓だったが、育ててくれた母方の祖父母の姓を名乗ることにした(母親は5回結婚)。
妻はインド系アメリカ人で、子供は3人いる。ベストセラーとなった著書『ヒルビリー・エレジー』の印税に加え、金融の世界でも成功して富を築き、38歳で故郷オハイオ州の上院議員に当選。19年にはカトリックに改宗している。
2年連続で全米第1位に輝いた『ヒルビリー・エレジー』の宣伝でバンスはトランプへの軽蔑を隠さず、文章やインタビューで激しく攻撃したが、そのトランプからの推薦が決め手となって上院選で勝利。それからわずか2年で副大統領候補に選ばれるための足場を築いた。
バンスは権力のために信念を捨てた?
バンスはトランプに対する過去の発言について「誤りだったと後悔している」と弁明したが、ブーメランとなって返ってくる可能性もある。白人労働者階級を「搾取」する「詐欺師」とトランプを評したバンスは、権力のために信念を捨てたように見える。かつての「師匠」の1人(ブッシュ元大統領のスピーチライター)は不道徳な日和見主義者と非難。元政治的ヒーローの元インディアナ州知事は、バンスの転向を「残念だ」と評した。
トランプのバンス抜擢の裏には、家族の強力な支持があった。16年の大統領選当時は長女イバンカと夫ジャレッドが大きな影響力を持っていたが、今ははるかに右寄りでポピュリスト的な長男と次男が、最も強力な家庭内のアドバイザーになっている。
バンスは中西部の工業地帯で支持拡大に貢献するはずだ。ミシガン、ウィスコンシン両州で勝てば当選はほぼ確実だろう。39歳のバンスを相棒に選ぶことには、高齢のバイデンとの対比を強調する効果もある。(編集部注:バイデンは7月21日に選挙戦からの撤退を表明した)
バンス起用の決め手になったトランプらしい2つの理由
ただし、大統領選の勝利が最大の目標ならバンス起用は最善の選択ではなかった。中絶やウクライナ問題に対する極端なスタンスはアメリカ人の多数派と相いれない。
加えてトランプ銃撃事件をバイデン現大統領の責任だと主張するなど、対決色をあおる言動はトランプ時代の分断を目立たせるだけだ。この事件でトランプに集まる同情や民主党の混乱といった有利な材料の効果を弱める公算が大きい。
バンスは今やトランプ主義の正式な後継者だ。穏健派や伝統的な共和党員の最後の抵抗に火を付け、同党支持者の投票率を低下させる恐れもある。
結局、バンス起用の決め手は、いかにもトランプらしい2つの理由なのだろう。1つは、人々の怒りをあおる能力が抜群なこと、もう1つは、トランプが考える「共和党内の裏切り者たち」が他の候補を推していたことだ。
もっとも党大会での演説やメディアへの発言から明らかなように、トランプの頭の中で重要人物はただ1人、本人だけだ。バンスのことなどほとんど眼中にない。