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信念なし、熱烈な支持者もいないが「信用できない」わけではない...イギリスのキア・スターマー新首相は何者?

ニューズウィーク日本版 2024年7月25日 18時13分

コリン・ジョイス
<カリスマに欠け、リーダーというよりパワポのプレゼン担当者やマネジャー的な人物だが、今のイギリスにはちょうどいいのかもしれない>

「キア・スターマーって何者?」とは、一筋縄ではいかない質問だ。イギリス人にとって、スターマーは「新首相」というだけでなく、なじみのある存在でもある。

4年前から労働党党首としてニュースでよく見ていたし、そのかなり前から党の大物だった。弁護士であり検察局長を務めたといった経歴の詳細も分かっている。

だがどこか謎めいた部分がある。彼がいったい何に突き動かされているのか、見極めるのは容易でない。懸命に取り組むものは何なのだろうと突っ込んだインタビューをしても、マニフェストに示した具体的な事項について淡々と語りがち。政治集会や演説の場なら心の底から訴えるかと思いきや、その姿はさながらチームで作成したパワーポイント資料のプレゼン役、といった印象だ。

これだからスターマーは、かの定義困難な「カリスマ」という資質を欠く。確固とした政治的信念に基づいて行動する人物の姿が見えてこない。その意味で彼は、同輩たちとは異なっている。

強烈な主張の政治家は次々破滅した

例えば熱烈な社会主義者だった前任の労働党党首ジェレミー・コービン。短命に終わった保守党のトラス元首相は、経済成長のイデオロギーが明確で、現実にぶち当たった。同じく保守党のジョンソン元首相は、EU懐疑と熱狂を伝統的な保守党的価値観と合体させて広い支持を集めた(人格的欠陥のせいで失脚するまでは)。メイ元首相ですら、ブレグジット推進の過程で倒れたために実行こそかなわなかったものの、政治的理想を掲げていた。

当面、スターマーの「非・独断的」な性格はプラスに働くかもしれない。近年はブレグジットを筆頭に、大規模で大胆な政策が多くの対立や分裂の原因となってきた。そしてスターマーより強烈に主張する政治家たちは、明らかに破滅していった。そう考えると「ノー・ドラマ(ドラマなき)スターマー」とのニックネームも、蔑称とは言えないのだ。

スターマーは「新しいイギリス」などといった公約は掲げず、せいぜい壊れた部分を修復すると約束している程度。だからといって彼が何事にも尽力しないということにはならない。彼は特に異論も起こらないような課題を好む。公平性、良い統治、貧困の解消、公正な社会、法の支配......。

ただ、それは哲学とは程遠く、これらを実現するためにいかに最善の道を探るかビジョンを示してもいない。何か問題に直面すると、スターマーは専門家を集めて最善の策を相談するのが常だとはよく言われてきた。つまり、リーダーというよりはマネジャーだ。

彼は、医療制度や刑事司法(刑務所の過密は大きな問題になっている)などの重要課題で保守党政権より成果を上げると約束している。これらを成功させれば、国民から愛されるとまではいかなくとも尊敬はされるだろう。問題は、核となる信念もなさそうなために、彼が状況にどう対処していくのか見当もつかないという点だ。

スターマーにとって危険なのは、実は脆弱な「大きな信任」を得てしまったこと。労働党は小さな得票差で地滑り的勝利を収めた。より良い統治が実現できなかった場合、大目に見てくれる好意的な支持者が大勢いるわけではない。

労働党のコア支持者の多くは、急進的な社会主義者ではないという意味で彼のことを「薄赤色の保守党員」と見なし、鼻をつまんで投票した。保守党に不満を抱えた保守党支持者たちは、スターマーを熱烈に支持するからではなく、保守党の失策に抗議するため労働党に票を投じた。

政権交代時は期待感が高まるが

この先、政府が国民の望みを実現できない事柄は必ず発生するだろうが、そんなときにスターマーの側近は、「それでも信じて突き進もう」という決まり文句を使えないだろう(サッカーの監督が成績不振のときによく言う言葉だ)。明確な目標が見えないし、その目標に向けた大きな前進の流れの中での後退とは考えられないからだ。

新首相には幸運を祈るものだし、政権交代は物事が好転しそうだという期待感をもたらす。でも今回の場合、人々はよく知ったリーダーを選んだとは思っていない。「信用できない」とは思わない人物を選び、今後の様子をじっとうかがっている。



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