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3年後にロシア、中国、イランの脅威が交錯する...「戦争への備えを急げ」英陸軍参謀総長

ニューズウィーク日本版 2024年7月27日 12時10分

木村正人
<イギリス軍の「近代化を加速させ、早期に実戦配備する」──欧州の安全保障対策は急速に進むが、大きな懸念も>

[ロンドン発]英陸軍のローリー・ウォーカー参謀総長は7月23日、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の年次陸戦コンファレンスで講演し「軍の近代化を加速させ、現在の計画よりはるかに強力で、早期に実戦配備することだ」と強調した。

英国の正規軍は7万5325人。採用が追いつかず兵員は減少している。北大西洋条約機構(NATO)加盟国は年内に少なくとも国内総生産(GDP)比で2%を国防費に充てると約束している。英国は現在2.3%。キア・スターマー新首相(労働党)は2.5%に引き上げる方針だ。

ウクライナ戦争以前、英陸軍の目標は2030年代初頭までに即戦力となる部隊を構築することだった。しかしウォーカー陸軍参謀総長は27~28年に、ロシア軍の再建、台湾への中国の脅威、イランの核開発が「特異点」として交錯する恐れがあるとみる。残された時間はあと3年。

AIや自律システムを活用した第5世代戦力

ウォーカー陸軍参謀総長は「未来について考えながら過去で戦う」というパラドックスについて考察する。大国マインドから抜け出せない英国は実際のところ中規模な軍隊しか持っていない。より多くの兵力と資金、時間が必要だという概念は「時代遅れだ」と切って捨てる。

第5世代の陸上部隊を配備し、連携を強める中国、ロシア、北朝鮮、イランに対し圧倒的優位を確保しなければならない。規模ではなく質を追求する。第5世代戦力は人工知能(AI)や自律システムなどの先進技術を活用し、データを統合して戦場に最大限のインパクトを与える。

これらの部隊はNATOの中核に位置し、世界最高の兵士で構成される。文民、産業パートナー、国家に支えられ、軍事だけでなく社会・政治・国際・経済のあらゆる場面で価値を提供する「ワン・ディフェンス」(1つにまとまった国防)を構築するという。

「3年間で戦闘力を2倍にし、10年後に3倍にする」

そのためウォーカー陸軍参謀総長は3年間で戦闘力を2倍にし、10年後までには3倍にする目標を掲げる。一方、制服組トップのトニー・ラダキン英国防参謀総長は、ロシアは軍をウクライナ戦争以前の水準に立て直すのに5年、根本問題を解決するのにさらに5年かかると分析する。

AIに後押しされたテクノロジーを活用し、あらゆるセンサーを、あらゆる領域とパートナーから、あらゆるエフェクターに接続する。これによってセンサーとエフェクターを迅速かつ効率的に統合し、軍事的な「モノのインターネット」を築き上げる。

感知できる範囲を2倍に拡大し、半分の時間で決断を下す。半分の数の弾薬を2倍の距離で有効に使って敵対国を圧倒する。ウクライナは近未来戦争の実験場だ。ウクライナ軍は安価で消耗品のようなセンサーとエフェクターを英国製ソフトウェアと組み合わせて成果を上げる。

英国と欧州の最大の脅威は米国の孤立主義

このハイブリッドで戦闘能力は3年後に倍になり、新しい戦闘システムがオンラインになれば3倍になる。「現代の戦術家はあらゆるレベルの技術者と手を組み、戦闘力を支えるシステムをスパイラルさせ、戦術に柔軟性を与えなければならない」とウォーカー陸軍参謀総長は説く。

しかし英国と欧州にとって最大の脅威は米国の孤立主義だ。首筋が日焼けで赤くなった「レッドネック」(白人貧困層)の悲哀を描いた自叙伝『ヒルビリー・エレジー』で注目を集めたJ・D・バンス上院議員が共和党の副大統領候補に指名され、欧州の不安はピークに達している。

ドナルド・トランプ前大統領を上回る強硬な孤立主義者バンス氏は「核兵器を保有する最初の真のイスラム主義国は労働党が政権を取った英国だろう」と発言し波紋を広げた。共和党の孤立主義者を率いるバンス氏は「米国はウクライナ支援をやめるべきだ」と唱える。

米国抜きのNATOは当てにできない。英国をはじめ欧州各国政府の台所事情は苦しい。財源の裏付けがなければウォーカー陸軍参謀総長が言う質の転換は「絵に描いた餅」に終わる。そもそもハードパワーを伴わない質に期待できるのか。欧州の安全保障を巡る苦悩は深い。


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