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トランプの「思い込み」外交で崩れゆくアメリカの優位性...失われる建国以来の「強さの源」とは?

ニューズウィーク日本版 2024年7月31日 10時37分

スティーブン・ウォルト(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト、ハーバード大学教授)
<米中関係・ウクライナ戦争・中東情勢──トランプとバンスのコンビは国際社会におけるアメリカの影響力を低下させるだけでなく、大統領の権限を強化することで政府の他の機関の「弱体化」まで目論んでいる>

民主党の新たな大統領候補にカマラ・ハリス副大統領が指名される見込みとなり、民主党の巻き返しに期待が高まっているが、共和党の指名候補であるドナルド・トランプ前大統領に分があることに変わりはない。

アメリカの国益が大きく懸かっているだけに、トランプが再び舵を取ることになったら、米外交がどうなるか慎重に見極めておく必要がある。

まず良い点から見ていこう(いや、良い点などないとムキにならないでほしい。ごく手短に触れるだけだ)。

少なくとも口先では、トランプも副大統領候補のJ・D・バンスも、新保守主義者(ネオコン)とリベラルの介入主義者がこの30年余り推進し、無残に失敗してきた外交政策、つまり自由主義陣営の盟主として国際社会で指導力を発揮する政策にノーを突き付けている。

現実主義者の間では、この点を評価してトランプが優勢なこと、そしてバンスと組んだことを歓迎する向きもある。

あいにくだが、トランプとバンスのコンビの良い点はこれで終わりだ。私に言わせれば、2人に期待する現実主義者は大局を見失っている。

問題はトランプとバンスが世界におけるアメリカの地位について時代錯誤的な幻想を抱いていることだ。

彼らはネオコンと違って、アメリカが世界のリーダーであるべきだとは思っていないが、ほかの国は何でもアメリカの言うことを聞いてくれると思い込んでいる。だからアメリカは好き勝手なことができるし、他国との関係を重視せずとも一国だけでやっていける、と。

だがアメリカの「一極支配時代」でさえ、そうは問屋が卸さなかった。中国がアメリカと肩を並べる経済大国となり、インド、ブラジル、南アフリカ、トルコなどが米中のはざまで「漁夫の利」を得ようとしている今、そんな考えは通用しない。

今日の世界でアメリカは、他国の思惑や出方をうかがいつつ熟達した外交で国益を追求すべきで、一国主義が許されると思ったら大間違いだ。

トランプの一国主義は前々から明らかだった。彼がそれを取り下げたという証拠もない。1期目には真の意味での外交にほとんど関心を示さず、就任後何カ月も重要な外交ポストを空席のままにしていた。おまけに任期中に指名した2人の国務長官はいずれも無能だった。

2019年にハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談は非核化をめぐり合意に至らず LINH PHAM/GETTY IMAGES

1日で戦争を終わらせる?

トランプは自分の魅力で北朝鮮の最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)を手なずけ、核開発をやめさせられると本気で思い込んでいた。制裁関税を科しても、中国は報復しないだろうと高をくくってもいた。

「ディールの達人」を自称するわりに他国との交渉では大した見返りなしにやすやすと譲歩。イランとの核合意や気候変動対策の国際的な枠組みであるパリ協定など、アメリカの国益にとって極めて重要な合意から次々に離脱した。

こうしたやり方は2期目にはさらにエスカレートしそうだ。2期目のトランプ政治を予想するには、保守派シンクタンクのヘリテージ財団が発表した「プロジェクト2025」が参考になる。

そこには国務省を弱体化させる措置が列挙されている。例えば、新大統領の就任日に世界各国に駐在する米大使に一人残らず辞表を提出させるという案......。

それ以上に重要なのは、この文書が掲げる外交政策は基本的に同盟国にも敵対国にも最後通牒を突き付け、有無を言わさずアメリカの要求をのませるものだということ。これは恫喝であって外交ではない。

外交の中でも特に経済に関わるトランプの政策は国益を大きく損ないかねない。1期目に彼が仕掛けた対中貿易戦争は、米経済に恩恵以上に大きな損失をもたらした。

それに懲りずに、トランプは再選されたら「倍賭け」する気でいる。ただ前回と違って、中国だけでなく貿易相手国に軒並み高関税を課す考えだ。

こうした保護貿易主義が自国経済の成長を妨げることは経済学の常識だが、トランプはそれを堂々と公約に掲げている。

問題は保護主義の脅威だけではない。国際社会における影響力を支えるのは経済力だ。2期目のトランプ政権下では米経済の不振が予想され、国際政治の舞台でアメリカの影響力はさらに低下する恐れがある。

アメリカが直面している主な戦略的課題についても、楽観はできそうにない。中国をアメリカの利益に対する長期的な挑戦者と見なしている点は、トランプもほとんどの人も変わらない。問題は、彼の対中政策が矛盾だらけだということだ。

1期目の就任直後にTPP(環太平洋経済連携協定)から離脱したことは、東アジアでアメリカの経済的影響力を維持するための取り組みを台無しにした。

また、中国が台湾を攻撃した場合にアメリカは台湾を支援するべきか、トランプは以前から疑問視している。しかし、中国がアジアの現状を修正しやすくする(そして、世界最先端の半導体メーカーのいくつかを支配下に置く可能性がある)ことは、中国を牽制するという願望と矛盾する。

19年のG20大阪サミットでトランプは貿易論議の重要性を強調。サウジアラビアや中国などと個別に首脳会談を行った KIM KYUNG-HOONーPOOLーREUTERS

共和党のタカ派は、核実験禁止条約から脱退して核実験を再開することも強く求めているが、これは中国が新たな核兵器を開発してアメリカと肩を並べようとする取り組みを後押しすることになる。

ヨーロッパに関しては、自分なら24時間以内にロシアとウクライナの戦争を終わらせることができるというトランプの主張は、いかに現地の状況を理解していないかを物語っている。

ウクライナの支援を継続して持続可能な外交的解決を強く推し進めることと、単にウクライナを見捨てることは、天と地ほどの差がある。

同様に、ヨーロッパの同盟国と新たな役割分担を慎重に交渉して実行に移すことと、拙速な撤退や、より多くの支出を迫る威圧的で辛辣な手法は大きく違う。

そして、バイデンの中東政策は大失敗だが、トランプの1期目も基本的に同じような政策で、同じように効果はなかった。

イスラエルが望むものを何でも与え、パレスチナ問題を無視しても犠牲はないと考え、地域の重要な敵対国との対話を拒否する一方で、注文の多い依存国家との「特別な関係」の追求を重視した。

トランプは2015年の核合意から離脱してイランに「最大限の圧力」をかけ、地域の緊張をあおり、イランを核保有に向けて大きく前進させた。アメリカの中東政策は何十年も失敗を重ねてきたが、トランプがホワイトハウスに戻っても、今より良くなることはないだろう。

「強い大統領」を目指す弊害

ほかにもトランプと共和党は、長期的にアメリカを弱体化させる政策を採用する可能性が高い。彼らは移民受け入れの壁を引き上げ、数百万人を国外に追放するつもりだ。その多くが現在は有給で雇用され、アメリカの長期的な成長見通しに貢献している事実を無視している。

中国や日本、韓国、ドイツなど大半の強国と違って、アメリカの人口は今後100年にわたり増え続ける見込みだ。労働人口が若く、年齢に伴う退職者が少ないという優位性を維持できるかどうかは、移民の受け入れに懸かっているのだ。

オラクル、アップル、テスラ、アマゾンをはじめ、数え切れないほど多くの成功した企業の創業者を見て分かるとおり、才能ある移民を引き付けてその子孫の忠誠心を獲得できることは、アメリカの建国以来の強さの源だ。トランプとバンスはそれを切り捨てようとしている。

環境問題でも、アメリカは大きく後退する。トランプは最高裁の後押しを受けて、気候変動などさまざまな環境破壊の要因に取り組んできた努力をなかったことにするだろう。

トランプとバンスが描くアメリカの未来に不安をかき立てられる理由は、もう1つある。彼らは基本的に大統領の権限を強化して、政府の他の部分をできる限り弱体化させたいと考えているのだ。

現代社会は非常に複雑であり、維持するためには強力で効果的な政治的・社会的制度が必要だということを、彼らは理解していない。非効率的で略奪的な国家より悲惨なのは、国家が全く存在しないことだ。

この数十年、共和党政権も民主党政権も無駄なことをやり続けてきたが、それでもアメリカは非常に大きな優位性を維持している。アメリカが世界で有利な地位を獲得することにつながった制度の多くを骨抜きにしたいという明らかな願望を持つトランプに、2期目を託すことは極めて無謀な賭けだ。

From Foreign Policy Magazine

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