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世界初のプロフェッショナル・プログラマーは女性だった...コンピューター開発史に埋もれた先駆者たちを描いて

ニューズウィーク日本版 2024年7月31日 18時55分

羽田昭裕(BIPROGY株式会社エグゼクティブフェロー、多摩大学客員教授)
<トランプ銃撃の舞台であり、数々の変革の中心地となってきた米ペンシルベニアは、世界初のコンピューター誕生の地。多大な功績を残しながら忘れられた6人の女性に今注目すべき理由は>

米ペンシルベニア州バトラーで開かれていた選挙集会でドナルド・トランプ前大統領が銃撃されたことを契機に、トランプ支持の高まり、ジョー・バイデン大統領の撤退表明、カマラ・ハリス副大統領が新たな大統領候補へ、と米大統領選をめぐる動きは急激な展開を見せている。

米史上に残る事件を生んだペンシルベニア州は、バイデンの出身地でもあり、大統領選本選の結果を左右する注目の激戦州としても知られる。

アメリカでも最も歴史ある州の1つであるペンシルベニアは、プロテスタントの一派であるクエーカー教徒が集中する土地であるという特殊性のためか、奴隷解放やフェミニズム運動、反戦運動、近年ではコロナワクチン開発に至るまで、不思議とこれまでもアメリカと世界にイノベーションを引き起こす中心地となることが多かった。

そのペンシルベニアが、実は世界初のコンピューター誕生の地であったことをご存知だろうか。

1940年代のコンピューター開発における知られざる側面に光を当てたのが、キャシー・クレイマンの新著『コンピューター誕生の歴史に隠れた6人の女性プログラマー――彼女たちは当時なにを思い、どんな未来を想像したのか――』(邦訳、共立出版)である。

インターネット政策と知的財産の専門家であるクレイマンが掘り起こしたのは意外な事実――最初の職業的プログラマーが6人の女性であり、彼女たちがオペレーティングシステムもプログラミング言語もない環境で数値解析を学び、機械の設計者と利用者である数学者・物理学者との橋渡しを行い、チームワークと洞察力で道を切り開いていったことだ。

巨大コンピューターの前に立つ女性の白黒写真

彼女たちの物語を伝える試みに、私は訳者として参加した。フィラデルフィア近郊で研鑽したプログラマーとして先駆者にオマージュを捧げたいと考え、日米両国を大きく変えた戦争の歴史と重なるコンピューティングの歴史を日本の若い女性や男性やその家族に伝えたいというクレイマンの狙いに、強く共感したからでもある。

初期のコンピューター業界で活躍した人々について調べていたクレイマンは、世界初のコンピューター「ENIAC(エニアック)」(金属で覆われた高さ2メートル半の巨大な物体だった)の前に立つ女性の古い白黒写真を偶然目にする。

自信に満ちて機械を熟知しているかに見えた彼女たちが何者なのか興味を持ったクレイマンは、コンピューター博物館の館長を訪ねた。

館長は、こともなげに「冷蔵庫レディたち」だと答えた。テレビコマーシャルで新型冷蔵庫の扉を華々しく開けるモデルのように、ENIACの見栄えをよくするためにポーズを取らされた女性にすぎない、と。その説明に納得できず、クレイマンの探求が始まった。

本書では、最近はラストベルトと分断の象徴のように扱われることが多いペンシルベニア州が、かつては米国の統合と多様性、イノベーションの起点であったことを思い起こさせる。特に、その首都フィラデルフィアは米国の最初期のイノベーションの地であり、避雷針の発明で知られるベンジャミン・フランクリンは、民主主義を支える社会システムも発明した。

現代的なコンピューターが誕生した1940年代、ドイツの暗号エニグマを解読したことで知られるアラン・チューリングを擁する英国が研究開発をリードしていたし、米国においてもMITを擁するボストンが最初のコンピューターを開発すると思われていた。

しかし、意外にも、最初のコンピューターENIAC(エニアック)はペンシルベニア大学で生まれた。本書からは、その成功要因は、ハードウェアではなく、今でいうソフトウェアを中心に据えて、プロジェクトを進めていたことだと推測される(ソフトウェアと言う言葉は、1950年代に生まれた)。

当時、大砲などの照準を計算する早見表である「射表」の開発を進めようとする、米国陸軍弾道研究所がこのプロジェクトをリードした。

それ(実用的な軌道計算プログラムの開発)が女性たちの仕事だった。結局のところ、弾道研が膨大な時間、資金、資源を費やしたのは、現代的な計算機を作るためではなく、射表の作成時間を大幅に短縮するためだったのである。...もしENIACが目的通り稼動すれば、弾道研の将来にとって重要な役割を果たすことになる。(152~153ページ)

この最初のプログラムの開発に携わったのが、本書の主な登場人物である6人の女性たち(キャスリーン・マクナルティ、フランシス・ビーラス、ルース・リクターマン、ジーン・ジェニングス、ベティ・スナイダー、マーリン・ウェスコフ)であった。

女性の採用は人員不足がきっかけ?

日本で話題のドラマ『虎に翼』で、女性の採用は、男性が兵役についたため、男性が中心となっていた職場での人員不足をきっかけにしているように描かれる。

少子高齢化が進む日本で近年、女性活躍推進の議論が進むのも、労働力不足への懸念が背景にあると考えられがちだ。同様に1940年代当時のアメリカでも、工場や農場での人手不足への対策として女性の労働力が求められた。

しかし、STEM(科学、技術、工学、数学)領域での女性の採用増加は、人員不足の問題とは切り離してとらえるべきだとクレイマンは強調している。性別や人種にとらわれず多様な人材からなるチームワークがイノベーションの源泉となり、新技術開発の推進力となったことが描かれるのだ。

この戦争は産業に従事する労働者の急増とは別に、工学、科学、数学の分野で大学教育を受けた女性の活躍の場を大きく広げていった。(10ページ)

彼ら(ENIACの開発者)が求めたのは最高の人物で、出身国、人種、宗教、性別は問わなかった。シリコンバレーの企業の幹部にいる私の友人たちは、このようなインクルーシブで多様性に富む環境こそが、今日、最高の技術プロジェクトにおける成功の鍵だと言う。(293ページ)

さて、この女性たちが採用された頃、コンピューターという言葉は、「計算する人間」(human computer:計算手)を指していた。彼女たちは、当時大学院で微分方程式を扱える学生しかできなかった計算を行うために、採用されていた。当時の、フィラデルフィアは全米で最も大学が集まる場所であり、このような人材を集めるのに格好な場所であった。

彼女たちは数学と論理を扱う素養に加え、出身国や人種、宗教、性別を問わず創造性を評価するフィラデルフィアやプリンストンの文化を背景に、テクノロジーの可能性を引き出す協調的な仕事を通じて、機械を利用する人たちの多様な関心に対する柔軟な理解を身に付け、計算手から職業的なプログラマーへと成長していったのである。

彼ら(ENIACの開発者)は「固定観念にとらわれない」発想ができ、粘り強く働く人なら誰でも雇い、養成し、教育し、耳を傾け、発明を後押しした。そのなかには、女性も男性も、移民も、さまざまな宗教や人種の人たちも含まれていた。(293ページ)

このような過程を通じて、現代的なプログラミングという職業が誕生した。何かの問題に取り組む人々と、それを解く助けとなるコンピューターとの間を橋渡しするグループである。この6人の女性たちは、現代的なコンピューターにおける最初の職業プログラマーとなったのである。(241ページ)

STEM分野は最良の才能が生かされる分野のひとつであり、そういう場所でこそ多様性が生かされ、イノベーションが生まれやすい。

今は存在しない新たな職業が生み出される

クレイマンは、テクノロジーや女性のエンパワーメントに興味を持つ人だけでなく、テクノロジーと研究開発に未来を感じる若い世代や、その世代を応援したい人々に、本書を届けたいと願っている。

クレイマンは読者にこう呼びかける。「娘や息子に、STEMの分野でキャリアを積むことを勧めてほしい。プログラミングのパイオニアたちの語られることのなかった物語を伝えるためにも、そしてすべての人にSTEMへのキャリアの扉を開くためにも、地球規模で協力し合うことが必要だ」

現代的なコンピューターを最初に開発した人も、プログラミングした人も20歳台が中心だった。これからSTEMの道に進む人々の手によって、画期的なテクノロジーを使いこなした経験が形式知化され、新たな職業が生みだされることで、人間の可能性が広がり、歴史が作られていくのかもしれない。

 『コンピューター誕生の歴史に隠れた6人の女性プログラマー――彼女たちは当時なにを思い、どんな未来を想像したのか――』
 キャシー・クレイマン[著] 羽田昭裕[訳]
 共立出版[刊]

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