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ハリス、副大統領から大統領候補へ...「マダム・プレジデント」の誕生なるか

ニューズウィーク日本版 2024年8月2日 10時50分

サム・ポトリッキオ
<現職バイデンがついに撤退を選び、後継に推されたハリス副大統領の人気は沸騰。11月に勝つのはどちらの候補?>

今度の民主党全国大会は現職副大統領カマラ・ハリスの戴冠式となりそうだ。候補者指名を確実にして再選を目指していたジョー・バイデン大統領が自らの指名辞退を表明するに当たり、ハリスを後継候補に全面的に推したからだ。

党大会は8月19~22日にシカゴで開かれるが、それまでに候補を一本化できなければ大混乱に陥る恐れがあった。実際、1968年に同じシカゴで開かれた党大会では複数の候補者が最後まで指名を争い、挙げ句に若者たちの反乱で警官隊が導入される事態を招いている。

バイデンは予備選で圧倒的多数の代議員を獲得していたが、彼が身を引いた今、理論上はどの代議員も自分の好きな候補に投票できる。だが、そうなれば混乱は必至。だから代わりに「即席予備選」をやろうという議論もあった。名乗りを上げた候補者が中傷抜きの論戦を繰り広げ、代議員(総数3939人)の過半数を獲得した者を勝ちとする仕組みだ。これなら実力主義の勝負になり、党幹部による密室の談合指名という悪印象を避けられ、党大会までの話題づくりにもなると思われた。

しかし聡明な社会科学者や歴史家なら知っているとおり、党大会までもつれた候補者が本選挙で勝利を手にする確率は低い。過去に党大会で投票を重ねた末に選ばれた候補者は18人いるが、本選挙での勝率は39%にとどまる。だから即席予備選の話は立ち消えとなり、党内の趨勢はハリス擁立で固まった。

ハリスにとっては、大富豪イーロン・マスクがトランプ陣営に毎月4500万ドルを献金するという約束を撤回した(「個人崇拝はよしとしない」そうだ)のも追い風だ。実を言えばこのところ、本来なら反トランプのはずの大富豪がトランプ支持に転じる例が相次いでいた。おそらく勝ち馬に乗ろうという冷酷な計算があったのだろう。執念深くて復讐心の強い前大統領の復権を見越して、自らのビジネス上の権益を守るために予防線を張ったわけだ。

民主党の候補者指名を確実にして今は絶好調のハリスだが、11月の本選挙での選挙人獲得という点で見れば共和党の優位は動かない。各州の選挙人の数は州選出の連邦議会(上下両院)の議員数で決まる。上院議員はどの州でも2人なので、この仕組みでは小規模な州をたくさん制した党が有利になる。言い換えれば、州によって一票の重さに違いがある。

民主党の新たな大統領候補に浮上したカマラ・ハリスはトランプにとって強敵だ MARCO BELLOーREUTERS

例えばノースダコタ州の有権者は、カリフォルニア州の有権者よりも大統領選で1人当たり3倍の力を持つ。そして共和党は概して人口密度の低い州で強い(民主党はその逆)。実際、2000年と16年の大統領選で共和党は一般投票(総得票数)で敗れたが、選挙人の獲得数で逆転勝利を収めている。今回も、ハリスが当選するためには一般投票で600万票の差をつける必要があるとの試算もある。

命運を左右しそうな激戦州はアリゾナ、ジョージア、ミシガン、ウィスコンシン、ネバダ、ペンシルベニアの各州。これらの州はどちらに転んでもおかしくないが、投票率が上がれば民主党に有利だ。アリゾナでは前回22年の中間選挙で民主党が上院選と州知事選を制したが、それは予想を上回る投票率のおかげだった。

副大統領候補選びがカギ

ただしハリスの実力には手厳しい評価もある。前回20年の大統領選では民主党予備選に名乗りを上げたが、あっという間に失速した。滑り出しこそ好調だったものの、陣営の混乱に足を引っ張られて予備選開始前に撤退した。

なにしろスタッフの交代が多かった。上院議員時代もそうだったし、副大統領になってからも最初の2年間は入れ替わりが激しかった。また地元のカリフォルニア州では盤石の地盤を誇るが、あそこは激戦州に比べて圧倒的に左派色が強い。だから勝敗のカギを握る中西部で選挙戦を優位に運べる保証はない。

しかし挽回のチャンスはある。大事なのは伴走者(副大統領候補)の人選だ。普通なら伴走者が注目を集めることはまずないが、今回はそうとは限らず、しかもハリスにとって有利となる可能性がある。

共和党がJ・D・バンスをトランプの伴走者に選んだのは、その若さ(この8月2日で40歳)ゆえだ。彼がオハイオ州選出の上院議員で、本選挙の決め手となりそうな中西部の工業地帯に強いという点も重視されたに違いない。

ただし全国レベルの人気は低い。44年前から実施されている副大統領候補の好感度調査を見ても、バンスは歴代22人の候補者中唯一、マイナス評価となっている(歴代候補の好感度は平均でプラス19%)。

そうであれば、民主党はハリスの伴走者に魅力的な、そして激戦州で人気の高い政治家を起用し、その存在を強くアピールすればいい。ちなみに賭け市場ではアリゾナ州選出上院議員で元宇宙飛行士のマーク・ケリーと、ペンシルベニア州知事のジョシュ・シャピロが本命視されている(本選挙で勝つにはどちらの州も落とせない)。続く候補はノースカロライナ州知事のロイ・クーパー。この州を民主党が制すれば、共和党はかなり苦しくなる。

ハリスの弱点を補う副大統領候補として名の挙がるアリゾナ州選出上院議員で元宇宙飛行士のマーク・ケリー KENT NISHIMURA/GETTY IMAGES

また、ハリスが民主党の新たな大統領候補に浮上したことで、6月末の討論会におけるバイデンの失態で稼いだトランプの点数は完全に帳消しになった。ある有力な世論調査では、ハリスが逆転してリードしているとの衝撃的な結果も出ている。

バイデン・ハリス選対の某幹部が書いたメモには、ハリス勝利の可能性が高まる根拠として、バイデンよりも「説得可能な有権者をさらに開拓できる」ことが挙げられている。態度未定の有権者は若者や中南米系、黒人に多い。トランプは今春の時点で、35歳未満の有権者の支持率でバイデンを7ポイントリードしていたが、ハリスは現時点で4ポイントリードしている。黒人の支持率も、ハリスはバイデンの時より8ポイントほど上がった。実に驚異的な改善であり、アリゾナやジョージア、ネバダ、ノースカロライナといった黒人の多い激戦州を制する上では願ってもない傾向だ。

他の候補を圧倒する勢い

支持率が上がっただけではない。選挙資金も驚異的なペースで集まっている。晴れて大統領候補に昇格したハリスが最初に開いた集会では、わずか24時間で猛烈な反響が起き、バイデンが過去4カ月に集めた以上の資金が集まった。

とにかく信じられないような金額だ。上限なしの大口献金だけで1億5000万ドル。さらに小口献金も88万人以上から総額8100万ドルが寄せられた。支持率と資金面の勝利だけではない。民主党は新たに約3万人のボランティアを集め、その多くを重要な激戦州に投入した。バイデンの時より100倍も強力な体制だ。

民主党はこのところの議会補選や州知事選で予想外の勝利を収めているが、その背景には女性候補の活躍と女性有権者の投票率向上がある。トランプが在任中に3人もの判事を送り込み、すっかり保守派で固めた連邦最高裁が女性の「中絶を選ぶ権利」を否定して以来、女性たちは本気で怒っている。大統領候補が女性なら、この問題にはもっと焦点が当たるはずだ。

一方で、トランプはパワフルな女性が大嫌いだ。世論調査で女性のハリスに負けそうになれば、トランプは反射的に下劣で差別的な言葉を吐き、せっかく自分になびいていた無党派層の反感を買う可能性が高い。

ハリスの副大統領候補としてペンシルベニア州知事のジョシュ・シャピロも名が挙がっている TIM NWACHUKWU/GETTY IMAGES

付け加えれば、もともと無党派層にはトランプもバイデンも嫌いという人が多い。しかし候補者の顔が変われば、そうした「ダブル嫌い」の有権者にも新たな選択肢ができる。こうした点を考慮すると、ハリスへの支持は今後も高まりそうだ。

民主党議員の中には、まだハリスの正式指名に異議を唱える者もいる。しかしハリスは既に党重鎮の支持を固め、他の潜在的な候補者を圧倒し、党全体のエネルギーを活性化させている。しかも、一度は消えかけていた「トランプを倒せる」という希望に再び火をともした。

潔い指名辞退で有終の美

民主主義における政治的な競争には普遍的な公理があり、候補者はもっぱらライバルとの比較において判断される。バイデンがもっと早く撤退しなかった理由の1つは、トランプを負かし、民主主義を守るには誰よりも自分が適していると心から信じていたからに違いない。

しかしハリスのほうが自分より強いという世論調査のデータを見たとき、バイデンはついに折れた(長年の盟友たちから強く撤退を求められたという事情もある)。

ロイター通信の世論調査によると、ハリスはロバート・ケネディJr.が入った場合、トランプに誤差の範囲を超える4ポイントの差をつけている。予期せぬ支持率急増の一因は、若くて快活な女性と、78歳のトランプという対比がもたらす見た目のインパクトだ。本稿執筆時点での賭け市場を見ると、ハリスは今回の選挙を五分五分のところまで押し戻している。悲惨な討論会直後のバイデンに比べると、勝算は倍になった。

バイデンの撤退は広く称賛を浴びている。予備選で民主党の指名を簡単に勝ち取った後、選挙戦から撤退するという決断を下すことができた大統領候補はバイデンだけだ。

バイデンの行為は、高い道徳性、至高の愛国心さえ感じさせるものだ。これでハリスが最終的に勝利すれば、彼は真の政治家として歴史に名を残すことができるだろう。逆に、自分の悪あがきでトランプ再選を許すことになったら、この4年間の大統領としての業績はその輝きをほとんど失ってしまう。バイデンはそのリスクを十分に理解していた。

それでもバイデンは撤退を望まなかった。彼が降りたのは、党内の不和と選挙資金の枯渇が悪化の一途をたどり、トランプに勝つ可能性が絶望的に低くなったからだ。

最終的に引導を渡したのは、長年にわたり下院議長を務めた民主党の重鎮、ナンシー・ペロシだったらしい。またバイデンがすぐに副大統領のハリスを後継に推したのは、自分が副大統領時代に後継者に選ばれなかった心の傷を忘れていないからだろう。

バイデンはアメリカという国家への忠誠を重んじる男だ。だからこそ自らの選挙戦継続を断念すると、すぐに無条件で副大統領のハリスを後継に推した。まさに有終の美を飾る潔い決断。おかげで民主党は8月の党大会における混乱を回避でき、その混乱に乗じてトランプが点数を稼ぐ事態を防いだ。しかもわずか1週間で、新たな候補者に導かれた民主党は失点を取り戻すことができた。

さあ、ここからはカマラ・ハリスの勝負だ。互角以上の勝機はある。そのときアメリカ人の語彙には、新たな単語が加わるだろう。「マダム・プレジデント」と。



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