河東哲夫
<ハリスの登場でトランプの「復讐劇」は終焉を迎えた>
不当に政権から追われたと主張するトランプの復帰合戦は、バイデンという標的が消えたことで勢いを失った。ハリス副大統領が民主党の大統領候補になれば、彼女1人で女性、黒人、インド系という米社会のマイノリティー(全部合わせればマジョリティー)を体現する。トランプは白人、それも一部の旧勢力を代表する存在でしかない。
これまでは「スイングステート」、つまり民主・共和の間でふらふらしてきた中西部などの古い重工業地帯、ミシガン、オハイオ、ペンシルべニア、ウィスコンシン州が大統領選の大きな焦点だった。バイデン、トランプとも、ここでの選挙の帰趨を決めてきた白人労働者、労働組合の支持を得ることに尽力してきた。
トランプは、オハイオ生まれで困窮白人労働者階級からのたたき上げの新人上院議員J.D.バンスを副大統領候補に据えることで起死回生を狙うが、バンスのスピーチを聞いていると、自分はこの4州の住民のために選ばれた、というような箇所がある。これはやりすぎ、他の州は鼻白んでしまうと思ったが、ハリスの台頭でこの危惧は現実になった。トランプは、「もう老人。嘘つきのポピュリスト」というレッテルを貼られ、飽きられる。バンスは、中西部でしか役に立たない候補になるだろう。
「トランプの復讐」ドラマは、バイデンの不調で「確トラ」と言われた時に大団円となった。米国民は、次のドラマを期待している。それは若返りや女性、マイノリティーの権利尊重になるだろう。
経済・社会の構造問題を解決せよ
しかしわれわれ「外野」から見て、アメリカにぜひやってもらいたいことがある。それはアメリカの成長を妨げている、いくつかの制度・構造の手直しだ。経済が成長を続ける限り、不満分子をポピュリズムであおる不健全な政治家は出にくくなり、世界も安心していられるからだ。
例えば、製造業で見られる過度の産業政策。半導体生産に多額の補助金を支給するし、EV(電気自動車)に至っては米系企業の製品だけを税控除の対象とする。これらはWTO等の国際取り決めとの整合性が問題になるし、アメリカの資本家が嫌う社会主義経済のやり方そのものでもある。
アメリカの製造業は、こんな政治的手段ではよみがえらない。アメリカの製造業は、1970年代に日本や西ドイツの輸出に押されて、閉業するか海外に流出していったが、それは自分たち自身が抱えるシステム上の弱点を直せなかったからだ。
1つには株主たちが配当増を性急に要求して長期的視野からの投資を許さなかったこと。アメリカの企業は銀行ではなく、株式に資金を依存しているので、株主の要求に弱い。そのためにコダック社は、デジタルカメラ台頭に対応できず、2012年に倒産している。
もう1つは労働組合が過大な賃上げ、企業年金の引き上げを要求し続けて企業の投資余力を奪うこと。組合幹部はこれで居座り、集めた組合費をコネで貸し付け、不法な利益を上げる。
また、バンスの名著『ヒルビリー・エレジー』が描くように、中西部の白人労働者たちは職業訓練を受けてIT分野への転職を試みる、あるいは発展著しいテキサス、アリゾナなどの新たな工業地域に移住することを考えない。
こうした構造的問題は、選挙向きではない。新政権がじっくり検討し、改革するべきものだ。選挙はポピュリズム合戦になるだろうが、トランプの復讐劇はもう見飽きた。これからの3カ月は、アメリカの未来を考える新作ドラマを見たいものだ。
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これまでは「スイングステート」、つまり民主・共和の間でふらふらしてきた中西部などの古い重工業地帯、ミシガン、オハイオ、ペンシルべニア、ウィスコンシン州が大統領選の大きな焦点だった。バイデン、トランプとも、ここでの選挙の帰趨を決めてきた白人労働者、労働組合の支持を得ることに尽力してきた。
トランプは、オハイオ生まれで困窮白人労働者階級からのたたき上げの新人上院議員J.D.バンスを副大統領候補に据えることで起死回生を狙うが、バンスのスピーチを聞いていると、自分はこの4州の住民のために選ばれた、というような箇所がある。これはやりすぎ、他の州は鼻白んでしまうと思ったが、ハリスの台頭でこの危惧は現実になった。トランプは、「もう老人。嘘つきのポピュリスト」というレッテルを貼られ、飽きられる。バンスは、中西部でしか役に立たない候補になるだろう。
「トランプの復讐」ドラマは、バイデンの不調で「確トラ」と言われた時に大団円となった。米国民は、次のドラマを期待している。それは若返りや女性、マイノリティーの権利尊重になるだろう。
経済・社会の構造問題を解決せよ
しかしわれわれ「外野」から見て、アメリカにぜひやってもらいたいことがある。それはアメリカの成長を妨げている、いくつかの制度・構造の手直しだ。経済が成長を続ける限り、不満分子をポピュリズムであおる不健全な政治家は出にくくなり、世界も安心していられるからだ。
例えば、製造業で見られる過度の産業政策。半導体生産に多額の補助金を支給するし、EV(電気自動車)に至っては米系企業の製品だけを税控除の対象とする。これらはWTO等の国際取り決めとの整合性が問題になるし、アメリカの資本家が嫌う社会主義経済のやり方そのものでもある。
アメリカの製造業は、こんな政治的手段ではよみがえらない。アメリカの製造業は、1970年代に日本や西ドイツの輸出に押されて、閉業するか海外に流出していったが、それは自分たち自身が抱えるシステム上の弱点を直せなかったからだ。
1つには株主たちが配当増を性急に要求して長期的視野からの投資を許さなかったこと。アメリカの企業は銀行ではなく、株式に資金を依存しているので、株主の要求に弱い。そのためにコダック社は、デジタルカメラ台頭に対応できず、2012年に倒産している。
もう1つは労働組合が過大な賃上げ、企業年金の引き上げを要求し続けて企業の投資余力を奪うこと。組合幹部はこれで居座り、集めた組合費をコネで貸し付け、不法な利益を上げる。
また、バンスの名著『ヒルビリー・エレジー』が描くように、中西部の白人労働者たちは職業訓練を受けてIT分野への転職を試みる、あるいは発展著しいテキサス、アリゾナなどの新たな工業地域に移住することを考えない。
こうした構造的問題は、選挙向きではない。新政権がじっくり検討し、改革するべきものだ。選挙はポピュリズム合戦になるだろうが、トランプの復讐劇はもう見飽きた。これからの3カ月は、アメリカの未来を考える新作ドラマを見たいものだ。
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