グレン・カール
<彼女は「無能な黒人女性」か、それとも「全てのアメリカ人の代弁者」か? 有権者が受け取るハリスの物語が選挙の行方を左右する>
カマラ・ハリスはどんな夢を見させてくれるのだろうか?
選挙は物語と夢が全てだ。リーダーについて、希望と恐れについて、そして、必死に夢を追い続ければ実現するかもしれない未来について。
そうした夢は、金利政策や不法移民対策への理性的な意見よりもはるかに人々の投票行動に影響を及ぼす。 実際のところ、人の思考の大半は、自己欺瞞にもっともらしい理由を付けた願望や先入観なのである。
2020年大統領選へのハリスの挑戦が失敗したのは、脆弱で中身がなく、大統領になる資格のない黒人女性という物語のせいだった。だが7月21日、弱々しい老人の物語を背負ったジョー・バイデンが大統領選からの撤退を表明すると、副大統領のハリスが民主党の最有力候補に浮上。
バイデンとドナルド・トランプのどちらにも嫌気が差していた有権者の心に電撃が走った。そしてアメリカの物語と夢を紡ぐ者たち──各政党、著名人、マスメディア──は、11月の投票日に向けてアメリカ社会に新たな呪文を唱え始めた。
第47代アメリカ大統領に選出されるのはハリスか、それとも重罪犯で強姦魔のトランプか。その答えは、ハリスをめぐるどんな物語が平均的な有権者に受け入れられるか次第だ。
過激で無能な黒人女性?
全てのアメリカ人のために前向きな提案ができる有能な黒人女性?
世論調査では既に、バイデンよりハリスのほうがトランプに勝てる可能性が高いことが示されている。
評価を下げた不法移民対策
ハリスには重大な弱点がある。
存在感の薄さという全ての副大統領に共通の宿命だ。ハリスは無能で何の業績も残していない、というのが一般的な認識で、FOXニュースや共和党も盛んにそう宣伝してきた。
もっとも、副大統領はそもそも無力で感謝されにくい存在だ。トランプ政権のマイク・ペンス副大統領も存在感の薄さに悩まされていた。
ハリス自身の就任1年目の振る舞いも、この物語を強化した。
バイデンはハリスを南部国境地帯の不法移民対策の責任者に任命したが、政権1年目の不法入国者数が激減することはなかった(現在はトランプ政権の最後の年より少ない)。
この問題に関するインタビューで防戦を強いられたハリスは、悪評を避けるために表舞台から姿を消し、好感度は歴代副大統領で最低水準を記録した。
あらゆる経験的指標から見て、バイデン政権下の米経済は過去50年間で最強だ。バイデンの在任中、GDPは成長を続け、失業率は歴史的な低水準にあり、1500万件近い新規雇用が創出された。インフレ率は9%から約3%に低下し、景気の減速も失業率の上昇もなかった。
それでも国民は、インフレは重大な危機で経済は低迷していると信じ、バイデンを批判し続けている。
経済はトランプ時代よりはるかに好調だが、世論調査ではトランプや共和党のほうが経済をうまく回せると思われている。ハリスはバイデン政権に向けられた不当だがリアルな敵意から、自らを切り離す必要がある。
白人は黒人や女性に投票しない、という懸念もある。実際、共和党はそう望んでいる。ハリスが後継に指名された数時間後には、共和党の政治家から彼女の人種と性別を侮辱する声が上がった。
ハリスの現在の地位は政府の不当な黒人優遇プログラムのおかげであり、本来は無資格で無能だ──筆者は高学歴の共和党員から、そんな言葉を何度も聞いた。
共和党の副大統領候補J・D・バンスは、ハリスには子供がいないため、アメリカに「直接的な利害関係を持たない」と発言。ハリスを含む民主党の女性を「自分の人生や自分の選択に満足していない、子なしでネコ好きの女性たち」と評した。
とはいえ、ハリスには強みがある。
59歳という若さは、81歳のバイデンや78歳で肥満体のトランプと対照的だ。バイデンが撤退を表明した直後の10時間に彼女は仕事関連の電話を100件以上かけた。ハリスの登場に民主党員は熱狂し、3日間で1億2600万ドル以上の資金が集まった。
バイデンもトランプも大嫌いな「ダブル嫌い」は有権者の4分の1に上る。ハリスにはこの層の支持を得られる可能性がある。
さらに人工妊娠中絶問題は、他のどの問題よりもプロチョイス(中絶権利擁護派)の有権者を動かせるテーマだ。
国民の3分の2が中絶の権利を支持しており、最高裁が22年にその合憲性を否定して以来、中絶権を支持する民主党が選挙で勝ち続けてきた。ハリスは中絶の権利を擁護する力強いスポークスウーマンだ。
人種と性別が強みに変わる時
ハリスを弱い候補者と見なす物語の多くは、予備選開始前に撤退した20年の大統領選に起因している。彼女は元カリフォルニア州司法長官の経歴を打ち出したが、当時は民主党内の急進派が警察予算の削減を提唱して世論の反感をあおっていたタイミングだった。
現在のハリスは、大統領経験者として刑事事件で初めて有罪となったトランプを追い詰める検事のイメージを前面に打ち出している。トランプを糾弾し、責任を追及する人物を待ち望む有権者は多い。
ハリスの人種と性別も有権者を動かす原動力になるかもしれない。共和党はその点を利用して彼女をつぶそうとするが、黒人かつ女性という属性は同じ属性の人々に活力を与え、この10年間で民主党から離れた黒人有権者を呼び戻せる可能性が高い。
ハリスの立候補がマイノリティーの人々を勇気づける兆候もある。ハリスは後継候補になった直後の数日で、トランプが過去8年間に獲得した黒人有権者を大幅に取り戻した。
共和党が描く「無資格の黒人女性」の物語に白人がどう反応するか。「人種差別的な攻撃を受けながら前向きに戦う黒人女性」の物語に黒人や女性、一般有権者がどう反応するか。勝敗はその点に懸かっている。
どちらの物語がハリスを定義し、どちらの夢が投票日により多くの有権者を捉えるのか。
有権者はハリスを子供のいない不幸な女性、不公平な人種優遇法の恩恵を受け、経済を低迷させた人物と見なすだろうか。
それとも、中絶の権利を擁護し、過去50年間で最強の経済を牽引し、人種や性別を超えた全てのアメリカ人の声とアメリカが目指すべき姿を代弁する人物と受け止めるだろうか。
ハリスは民主党大統領候補としての最初の1週間を成功裏に終えた。彼女に大統領になる資格があると判断する有権者が十分な数に達するか、ここからの100日間が勝負だ。
■カマラ・ハリスとは?副大統領の政治キャリアを追う
<彼女は「無能な黒人女性」か、それとも「全てのアメリカ人の代弁者」か? 有権者が受け取るハリスの物語が選挙の行方を左右する>
カマラ・ハリスはどんな夢を見させてくれるのだろうか?
選挙は物語と夢が全てだ。リーダーについて、希望と恐れについて、そして、必死に夢を追い続ければ実現するかもしれない未来について。
そうした夢は、金利政策や不法移民対策への理性的な意見よりもはるかに人々の投票行動に影響を及ぼす。 実際のところ、人の思考の大半は、自己欺瞞にもっともらしい理由を付けた願望や先入観なのである。
2020年大統領選へのハリスの挑戦が失敗したのは、脆弱で中身がなく、大統領になる資格のない黒人女性という物語のせいだった。だが7月21日、弱々しい老人の物語を背負ったジョー・バイデンが大統領選からの撤退を表明すると、副大統領のハリスが民主党の最有力候補に浮上。
バイデンとドナルド・トランプのどちらにも嫌気が差していた有権者の心に電撃が走った。そしてアメリカの物語と夢を紡ぐ者たち──各政党、著名人、マスメディア──は、11月の投票日に向けてアメリカ社会に新たな呪文を唱え始めた。
第47代アメリカ大統領に選出されるのはハリスか、それとも重罪犯で強姦魔のトランプか。その答えは、ハリスをめぐるどんな物語が平均的な有権者に受け入れられるか次第だ。
過激で無能な黒人女性?
全てのアメリカ人のために前向きな提案ができる有能な黒人女性?
世論調査では既に、バイデンよりハリスのほうがトランプに勝てる可能性が高いことが示されている。
評価を下げた不法移民対策
ハリスには重大な弱点がある。
存在感の薄さという全ての副大統領に共通の宿命だ。ハリスは無能で何の業績も残していない、というのが一般的な認識で、FOXニュースや共和党も盛んにそう宣伝してきた。
もっとも、副大統領はそもそも無力で感謝されにくい存在だ。トランプ政権のマイク・ペンス副大統領も存在感の薄さに悩まされていた。
ハリス自身の就任1年目の振る舞いも、この物語を強化した。
バイデンはハリスを南部国境地帯の不法移民対策の責任者に任命したが、政権1年目の不法入国者数が激減することはなかった(現在はトランプ政権の最後の年より少ない)。
この問題に関するインタビューで防戦を強いられたハリスは、悪評を避けるために表舞台から姿を消し、好感度は歴代副大統領で最低水準を記録した。
あらゆる経験的指標から見て、バイデン政権下の米経済は過去50年間で最強だ。バイデンの在任中、GDPは成長を続け、失業率は歴史的な低水準にあり、1500万件近い新規雇用が創出された。インフレ率は9%から約3%に低下し、景気の減速も失業率の上昇もなかった。
それでも国民は、インフレは重大な危機で経済は低迷していると信じ、バイデンを批判し続けている。
経済はトランプ時代よりはるかに好調だが、世論調査ではトランプや共和党のほうが経済をうまく回せると思われている。ハリスはバイデン政権に向けられた不当だがリアルな敵意から、自らを切り離す必要がある。
白人は黒人や女性に投票しない、という懸念もある。実際、共和党はそう望んでいる。ハリスが後継に指名された数時間後には、共和党の政治家から彼女の人種と性別を侮辱する声が上がった。
ハリスの現在の地位は政府の不当な黒人優遇プログラムのおかげであり、本来は無資格で無能だ──筆者は高学歴の共和党員から、そんな言葉を何度も聞いた。
共和党の副大統領候補J・D・バンスは、ハリスには子供がいないため、アメリカに「直接的な利害関係を持たない」と発言。ハリスを含む民主党の女性を「自分の人生や自分の選択に満足していない、子なしでネコ好きの女性たち」と評した。
とはいえ、ハリスには強みがある。
59歳という若さは、81歳のバイデンや78歳で肥満体のトランプと対照的だ。バイデンが撤退を表明した直後の10時間に彼女は仕事関連の電話を100件以上かけた。ハリスの登場に民主党員は熱狂し、3日間で1億2600万ドル以上の資金が集まった。
バイデンもトランプも大嫌いな「ダブル嫌い」は有権者の4分の1に上る。ハリスにはこの層の支持を得られる可能性がある。
さらに人工妊娠中絶問題は、他のどの問題よりもプロチョイス(中絶権利擁護派)の有権者を動かせるテーマだ。
国民の3分の2が中絶の権利を支持しており、最高裁が22年にその合憲性を否定して以来、中絶権を支持する民主党が選挙で勝ち続けてきた。ハリスは中絶の権利を擁護する力強いスポークスウーマンだ。
人種と性別が強みに変わる時
ハリスを弱い候補者と見なす物語の多くは、予備選開始前に撤退した20年の大統領選に起因している。彼女は元カリフォルニア州司法長官の経歴を打ち出したが、当時は民主党内の急進派が警察予算の削減を提唱して世論の反感をあおっていたタイミングだった。
現在のハリスは、大統領経験者として刑事事件で初めて有罪となったトランプを追い詰める検事のイメージを前面に打ち出している。トランプを糾弾し、責任を追及する人物を待ち望む有権者は多い。
ハリスの人種と性別も有権者を動かす原動力になるかもしれない。共和党はその点を利用して彼女をつぶそうとするが、黒人かつ女性という属性は同じ属性の人々に活力を与え、この10年間で民主党から離れた黒人有権者を呼び戻せる可能性が高い。
ハリスの立候補がマイノリティーの人々を勇気づける兆候もある。ハリスは後継候補になった直後の数日で、トランプが過去8年間に獲得した黒人有権者を大幅に取り戻した。
共和党が描く「無資格の黒人女性」の物語に白人がどう反応するか。「人種差別的な攻撃を受けながら前向きに戦う黒人女性」の物語に黒人や女性、一般有権者がどう反応するか。勝敗はその点に懸かっている。
どちらの物語がハリスを定義し、どちらの夢が投票日により多くの有権者を捉えるのか。
有権者はハリスを子供のいない不幸な女性、不公平な人種優遇法の恩恵を受け、経済を低迷させた人物と見なすだろうか。
それとも、中絶の権利を擁護し、過去50年間で最強の経済を牽引し、人種や性別を超えた全てのアメリカ人の声とアメリカが目指すべき姿を代弁する人物と受け止めるだろうか。
ハリスは民主党大統領候補としての最初の1週間を成功裏に終えた。彼女に大統領になる資格があると判断する有権者が十分な数に達するか、ここからの100日間が勝負だ。
■カマラ・ハリスとは?副大統領の政治キャリアを追う