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「銃規制は死んだ...」3Dプリンター銃「FGC9」開発者の正体が判明、謎の死と痛ましい「素顔」に迫る

ニューズウィーク日本版 2024年8月1日 15時35分

ラジャン・バスラ(ロンドン大学キングズ・カレッジ過激化研究国際センター)
<無差別テロも可能な「DIY銃」の普及が止まらない。「武器所持は普遍的人権」と主張する開発者だが、ネットの匿名掲示板には人種差別や女性蔑視にまみれた「孤独な素顔」が──>

毎年イースター(復活祭)の日曜日に、アイルランドの共和主義者は1916年のイースター蜂起に思いをはせる。しかし、2022年の追悼式典は異様な雰囲気だった。

参加者の中に、目出し帽をかぶって全身黒ずくめの男が4人いたのだ。彼らは「真のIRA(アイルランド共和軍)」を名乗る過激派組織の分派のメンバーだった。テロ問題の専門家が注目したのは、そのうちの2人が所持していた武器だ。

北アイルランドの準軍事組織のメンバーが3Dプリンター製の銃(FGC半自動小銃を22口径に改良したモデル)を手にしている姿が公に目撃されたのは、初めてだった。

April 2022, Belfast, Northern Ireland: Two members from a dissident republican group, Óglaigh na hÉireann (ONH), brandish FGC-22s on Easter Sunday.It's the first time a paramilitary group has been seen with a 3D-printed gun (photo from @ReinischDieter).https://t.co/t8FoGuVQfN pic.twitter.com/BRKszR79P5— Rajan Basra (@rajanbasra) June 22, 2022 3Dプリンター銃を手にする過激派が公の場で初めて目撃されたという筆者のツイッター投稿

FGC(Fuck Gun Control〔銃規制なんかクソくらえ〕)の3文字は、3Dプリンター銃の開発に携わる人々の信奉するイデオロギーを反映している。

世界で初めて3Dプリンター銃が登場したのは13年5月。当時は米テキサス大学法学部の学生で、リバタリアン(自由意思論者)であり銃を持つ権利を主張する活動家のコディー・ウィルソンが、自作のプラスチック銃を「リベレーター(解放者)」として発表した。

彼は自分が銃を撃つ様子を英BBCに撮影させ、銃の設計情報を誰でもダウンロードできるオープンソースとして公開した。

確かに衝撃的ではあったが、銃としては実用性も信頼性も低かった。1発撃つたびに弾丸を再装塡しなければならず、発射時の圧力で本体が壊れやすかった。銃のデザインに課題が多く、3Dプリンターもまだ普及していなかった。

その後、20年春にFGC9が登場し、3Dプリンター銃の脅威が一気に高まった。9ミリ口径弾を連射できる半自動小銃をDIYで手軽に作れるようになったのだ。

銃規制に関連する部品は必要なく、約80%を標準的な3Dプリンターを使ってプラスチックから作り、残りの金属部分は汎用品のスチール製チューブやスプリングで対応できた。

オープンソースの設計図はマニアが集まるチャットルームで共有され、イケアの家具のように詳細な組み立て説明書が付いていた。

以来、FGC9は世界中で使われるようになり、銃愛好家や組織犯罪者、反乱分子、テロリストに選ばれている。

FGC9の開発者はチャットルームで「Jスターク(JStark1809)」と名乗り、素人が作るなら8日かかるだろうと語った。1年後には改良版のMk IIを発表。

匿名のインタビューで、設計図を公開して自由に共有できるようにしたことにより、「われわれは銃規制を永遠に葬り去った......銃規制は死んだ、われわれが殺した」と豪語した。

コディー・ウィルソンも登場するドキュメンタリー「No Control」(2015)

野放しになる「ゴースト銃」

22年5月にイギリスのブラッドフォードで警察官が不審な乗用車に停止を命じ、車内からFGC9が1丁見つかった。運転していた男と2人の共犯者は闇市場で3Dプリンター銃を販売していた。

共犯者の家からFGC9の多くの部品も見つかった。翌年、3人は犯罪グループに3Dプリンター銃を供給しようとした罪で5~18年の禁錮刑を言い渡された。

フィンランドでは昨年、ネオナチの男3人がテロ行為を意図して銃器を製造・使用した罪で実刑判決を受けた。彼らはFGC銃をプリントして組み立て、移民家族の郵便箱を撃つ動画をネットに投稿していた。

現在、FGC銃が最も広く使われているのはミャンマーだ。軍事政権と戦う反政府勢力は、FGC9や銃身が長いタイプを、戦闘員が何十丁も製造して使っている映像を公開している。これらを政府軍への奇襲攻撃に使い、より高性能の従来型銃器を兵士から奪っている。

手軽に作れて追跡困難な「ゴースト銃」はミャンマーなどの民兵組織にも浸透している THIERRY FALISEーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

私が初めて3Dプリンター銃を知ったのは、19年10月にドイツでシナゴ―グ(ユダヤ教会堂)を襲撃した男が、犯行の様子を自らライブ配信したときだ。

ドイツ国籍のステファン・バリエット(27)は襲撃の直前に、犯行声明と、自宅で作った数十種類の武器の目録をネットに投稿していた。犯行の目的の1つはそれらの性能を証明することだと、彼は書いていた。3Dプリンターを使って作った武器もあり、設計ファイルもアップロードされていた。

ただし、バリエットの銃はよく故障した。犯行の配信中も自分の武器に悪態をついていた。施錠された門を突破できず、近くにいた2人を射殺して逃走したがすぐに逮捕され、終身刑を言い渡された。

その後、より信頼性が高くて有効な設計データがネット上で公開されるようになった。必要な技術はより安価に、より高性能になっている。

13年にウィルソンが最初の設計図を作成したとき、3Dプリンターの価格は約700ポンドだった。現在では初心者用モデルは4分の1の値段で購入でき、より安価で強力なプラスチックポリマーも容易に入手できる。さらに、熱狂的な愛好家のコミュニティーが初心者を手取り足取り指導する。

こうした自家製銃器の合法性は国や地域によって異なる。アメリカではヨーロッパと違って、個人が自身で使うために銃器を作ることは基本的に合法だが、販売には基本的にライセンスが必要だ。

ただし、ほとんどの3Dプリンター銃にはシリアルナンバーがなく、追跡困難な「ゴースト銃」になっている。ゴースト銃の所有はアメリカの大半の州で合法だが、規制している州もある。

銃の所持は「普遍的権利」

ウィルソンは、アメリカ文化の顕著な特徴であり、銃所持を支持する憲法修正第2条の思想の影響を強く受けていた。彼は12年、フォーブス誌にこう語っている。「全ての市民は武器を所持する権利がある。これはそれらの武器へのアクセスを妨げる障壁を下げる方法だ」

ウィルソンや彼の後継者らにとって、3Dプリンター銃はイデオロギーの問題だった。

ウィルソンの最初のリベレーターの設計図に触発され、銃マニア、テックおたく、自由意思論者たちが新たな設計を考案しようとネット上にたむろし始めた。彼らはウィルソンが立ち上げたブログ「ディフェンス・ディストリビューテッド」に投稿し、さまざまなチャットルームでアイデアをシェアした。

その1人がジェイコブ。チャットルームでは、Jスタークというハンドルネームを使っていた。この名前は、アメリカ独立戦争の英雄ジョン・スターク将軍から取ったものだ。

Jスタークもウィルソン同様、武器所持は普遍的人権であるというイデオロギーに突き動かされていた。彼は19年、軍事関連の情報を提供するネット団体コマンドー・ブログとのインタビューで次のように説明している。

「われわれが目指しているのは世界中の誰もが銃や弾薬を製造できるようにすること──政府が何と言おうが、どこでも武器を所持できるようにすることだ」

Jスタークは3Dプリンターによる銃の製造を仕掛けるグループチャット「ディターレンス・ディスペンスト(分散された抑止力)」を立ち上げ、17年の3Dプリンター銃シューティAP9をベースに独自の銃の開発に着手。

20年3月、彼が3Dプリンターで自作した半自動小銃FGC9がオンラインでリリースされ、3Dプリンター銃の転機となった。

FGC9は金属製部品も規制に引っかからないように設計されていた。オンラインで購入し、銃身や遊底(ボルト)など圧力がかかる部品に転用することができた。

これは単なる技術革新の域を超えていた。FGC9とその生みの親は3Dプリンター銃というニッチの世界で文化現象になった。Jスタークは短編ドキュメンタリーで紹介され、銃所持をめぐる断固とした見解を披露して信奉者を獲得した。

ヨーロッパで流通する不法3Dプリンター銃についてのドキュメンタリー「Plastic Defence」(2020)

「匿名」掲示板に手がかりが

Jスタークは身元がばれないよう細心の注意を払っていた。ごくまれにカメラの前で取材に応じても、マスクとサングラスは欠かさなかった。

それでも21年秋、独ニュース週刊誌シュピーゲルが「成長し続ける闇の自作銃コミュニティー」を探る記事を掲載。その中にディターレンス・ディスペンストの「ジェイコブ・D」のインタビューがあり、彼がその年の夏に死んだことも明らかになった。

同誌によれば、彼は28歳のクルド系青年で、警察に身柄を拘束されたときはドイツ南西部のフェルクリンゲンで暮らしていたという。

「当局は数カ月に及ぶ捜査の末、21年6月下旬、強制捜査に踏み切った。彼のアパートで3Dプリンター1台、複数の携帯電話とHDD、パソコン1台を発見したが、武器は見つからなかった。ジェイコブ・Dは釈放された」

しかしその2日後、彼がハノーバーに住む両親の自宅前に止めた車の中で死んでいるのが発見されたらしい。記事によれば、司法解剖の結果、死因は特定できなかったが、他殺・自殺の可能性は排除されたという。

この記事をきっかけに3Dプリンター銃のネットコミュニティーではジェイコブ・Dの死をめぐって陰謀論が飛び交った。一部では銃所持という大義の「殉教者」、FGCのような銃を自作できるよう命懸けで挑んだ人物と見なされるようになった。

私は19年8月のあるインタビューから、ジェイコブ・Dの正体に迫る鍵を見つけた。

記事の中で彼はウィルソンとツイッター(現X)でウィルソンの設計の1つを「使えない」と批判したことに言及。ウィルソンから「自分で直せ」というようなことを言われて奮起し、独自の設計に取りかかったと述べている。

ウィルソンのツイッターのフィードをざっと調べてみると、18年のあるメッセージで@thereal_JacobKというユーザーに「直せ」と返信していた。だがそのユーザーのアカウントはその後停止され、プロフィールを閲覧することはできなかった。

幸い、ネットのアーカイブサイトで@thereal_JacobKのプロフィールが公開されているのを発見。ジェイコブ・Dと同一人物だと確信して追跡を続けた結果、匿名掲示板4chanの「ポリティカリー・インコレクト(非ポリコレ)」の掲示板にたどり着いた。

ミーム(ネット上で拡散する画像やフレーズなど)やジョークを量産するだけでなく、荒らしや嫌がらせも横行することで悪名高い掲示板だ。

Jスタークは4chanのスレッドに本音をのぞかせる書き込みを残していた SHARAF MAKSUMOV/SHUTTERSTOCK

4chanの投稿は定期的に削除され、デフォルトの投稿者名は全て「アノニマス(名無し)」。だが実は一人一人に独自の文字と数字の組み合わせがひも付けされていてコメント主を追跡できる。

4chanのアーカイブサイトで追跡を続けると、やがて@thereal_JacobKについてさらに詳しいことが分かってきた。ドイツでの生活に失望、渡米を願い、憲法修正第2条に心酔し......。何より印象的だったのは自分を「インセル(非モテ)」と評していたことだ。

とうとう私は、ジェイコブ・Dが自分の写真をいくつか投稿しているスレッドを見つけた。その中には顔出し写真もあった。

顔認証システムを使うなどして、彼が過去に利用した音楽共有サイトのサウンドクラウドと外国旅行者のためのホームステイ先紹介サイト・カウチサーフィンのプロフィールにたどり着いた。後者で彼は「10代の頃からの憧れの国」アメリカに旅したいと書いていた。

またこの2つのサイトでは、彼は本名を明かしていた。ジェイコブ・ドゥイグだ。

最終的に私は、ドゥイグが長年にわたり4chanその他の掲示板に匿名で書き込んだと思われる何百ものコメントを見つけた。彼はドイツでの生活やドイツ軍入隊後の日々のこと、インセルである自分の孤独や絶望について語っていた。

そこから浮かび上がるのは複雑で情緒不安定な、思い込みの強い、痛ましい男の素顔だった。過激な思想の持ち主であることもうかがわれた。

これらのコメントは、彼がJスタークとしてインタビューで語っていたこととは驚くほどギャップがあった。インタビューではナチスのユダヤ人大虐殺や中国のウイグル人問題に触れ、誰でも弾圧から身を守るために武装する権利があると主張し、そのためにFGC9を開発したのだ、と語っていた。

非モテをこじらせた孤独な素顔

だが4chanなど匿名掲示板への書き込みを見ると、人権意識はどこへやら、排外主義や人種差別、反ユダヤ主義的な物言いが目につく。

さらに目立つのは女性蔑視的な発言だ。男性の抱える問題の大半は女性のせいだと言わんばかり。インセルにありがちな女性への憎悪がにじみ出ている。自分は見た目や人種、身長でハンディがあるし、自閉症だから女性にモテないと、彼は嘆く。このままでは一生独りぼっちだ、と。

それはドゥイグがFGC9の開発者として表で見せる顔とは全く違う一面だった。後に分かったことだが、彼はインセルの世界でさまざまなハンドルネームを使い分けていた。

インセルをテーマにしたポッドキャストの番組では、自閉症とメンタルヘルスの問題があるから女性と恋愛関係になれないと語っていた。

一方で民族的ルーツも気にしていたらしく、「白人と見られる外見」なら少しはモテただろうに、と投稿してもいた。

音楽共有サイト・サウンドクラウドのプロフィール欄でドゥイグは「ごく普通の音楽好きの青年」の顔を見せていた。 SCREENSHOT FROM SOUNDCLOUD

インセルがネット上のコミュニティーでぶちまける女性蔑視や女性憎悪は、現実の世界で暴力として噴き出す危険性がある。

この手の事件をメディアが初めて大々的に報じたのは14年5月。カリフォルニア大学サンタバーバラ校近くで、女性への報復を誓うエリオット・ロジャーが通行人などをナイフで刺すか銃撃し、6人を殺害した事件だ。

その4年後、カナダのトロントで25歳のアレック・ミナシアンがフェイスブックでロジャーをたたえ、「インセルの反逆は既に始まっている!」と宣言。車を暴走させて通行人を次々にはね、11人を死亡させた。

さらに活気づく開発の動き

ドゥイグはネット上でインセルの暴力を非難することもあったが、死亡する数日前には女性と再び親密な関係になれないなら、「文字どおり殺すか自殺する」と書いていた。

インセルの立場で犯行声明じみた書き込みをしたのはこれが初めてだ。偶然にもその翌日に彼は逮捕された。報道によれば、当局がマークしていた物品をネットで購入したためだ。

ドゥイグのプロフィールや行動の分析は、テロの最新動向をつかむ上で大いに役立つ。例えば、ネット上でインセルのコミュニティーと極右や排外主義、人種差別主義のコミュニティーが重なり合っていることが分かる。

一方で、ドゥイグがFGC9を設計したそもそもの動機が何だったにせよ、20年にネット上で製造ファイルを公開したため、さまざまな人間がさまざまな目的で製造するようになったことも否めない。

3Dプリンター銃の製造技術は今後どんどん進歩し、より効率的で、簡単に作れる銃がFGC9に取って代わるだろう。問題は3Dプリンターで製造された殺傷力のある武器がさらに広く普及するかどうかだ。答えはおそらくイエスだろう。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校近辺では2014年にインセルによる痛ましい無差別殺傷事件が起きた LUCY NICHOLSONーREUTERS

新たな手口の無差別テロが1件起きれば、模倣した犯行が次々起きる。

いい例が16年に南仏ニースで花火の見物客の群れにトラックが突っ込んだ過激派組織「イスラム国」(IS)のテロだ。その後欧州各地で同様のテロが続いた。3Dプリンター銃による大規模な無差別テロが起きれば、同じことが繰り返されかねない。

いま起きている3Dプリンター銃絡みの事件は序の口にすぎない。ドゥイグの死後もプラモデルやDIYマニア、銃マニアが群がり、新しいデザインが次々に生まれ、開発の動きはさらに活気づいている。

3Dプリンター銃を製造して売り、荒稼ぎしようとする個人や犯罪組織は後を絶たないが、開発熱の根幹にあるのは金銭欲ではなく、イデオロギーだ。

FGC9の製造ファイルはダークウェブの人知れぬフォーラムに隠匿されるどころか、今や誰でも比較的簡単に入手できる。

その事実こそ、3Dプリンター銃の核心を成すメッセージの正しさの証明だと主張する向きもあるだろう。そのメッセージとは「いったん発信されたら拡散は止められない」というものだ。

銃規制賛成派も反対派も今や認めざるを得ない。この新手の武器の製造技術は既にしっかりと確立され、根絶はほぼ不可能だ、と。

Rajan Basra, Senior Research Fellow, International Centre for the Study of Radicalisation, King's College London

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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