キャサリン・ファン(国際政治担当)
<最高裁が選挙で選ばれたのではない「政治機関」に...民主主義の未来を懸念した下級審の判事たちが、あえて慣例を破って異議を唱え始めた>
アメリカでは最近、連邦最高裁判所への批判の声を上げる判事や元判事が増えている。イデオロギーの左右を問わず、また所属する裁判所を問わず、いずれもアメリカの民主主義の未来を憂えてのことだ。
デービッド・S・テートル元判事も声を上げた1人だ。
ビル・クリントン大統領(当時)に任命され、今年1月まで連邦控訴裁判所の判事を30年近く務めた人物だ。テートルは先ごろ発表した回顧録の中で、最高裁が司法の原則を「軽視」している点に嫌気が差したのも、退任の一因となったと語っている。
テートルだけではない。最近だけでもほかに2人の判事が最高裁を強く批判した。
5月にはオンライン誌スレートのインタビューで、ハワイ州最高裁のトッド・エディンズ判事(任命したのは当時の民主党の知事、デービッド・イゲ)が「都合のいい法律と事実を恣意的に選んでいるという点で、信じ難いほど誠実さに欠ける」と最高裁の判事たちをこき下ろした。
同じ5月、連邦地方裁判所のカールトン・リーブズ判事(任命したのは当時のバラク・オバマ大統領)も、ミシシッピ州で起きた冤罪事件の裁判で、最高裁が州や自治体の職員は責任を問われないとの原則を示したのは「違憲で誤りだ」と批判した。
「私の見解は、司法関係者の間で広く共有されていると思う」とテートルは本誌に語った。「多くの判事は回顧録における私の主張を当然のこととして受け止めるはずだ」
ニューヨーク大学法科大学院ブレナン司法センターのジェニファー・エイハーンは、判事が自分の担当する裁判以外のことで公に発言するのは「異例」であり、一部の判事が最高裁に対して異議を唱える決断をしたのは「非常に驚くべきこと」だと指摘する。
「これは氷山の一角にすぎないのではと思っている」と、エイハーンは本誌に語った。「リスクを冒して発言しようとする判事が数人いるのだから、同じように感じている判事はほかにもたくさんいるだろう」
ヒューストン大学で司法政策を研究しているアレックス・ベーダス准教授は本誌に対し、判事らの最高裁批判の背景には、司法における党派対立の激化と、最高裁判事の顔触れが保守派に大きく傾いていることへの一般市民の不満があると述べた。
「最高裁の中のバランスがもっと取れていた頃には、ある種の均衡が存在した。重要な裁判で保守派が勝つこともあればリベラル派が勝つこともあった。だから、現職の判事たちが批判の声を上げるのをためらわなくなるほど最高裁への怒りが蓄積されることもなかった」と、ベーダスは言う。
「(だが)そういう均衡はもはや存在していない」
現役時代のテートル判事(2017年) NARA/JEFF REED
最高裁への批判の声は、右派の判事からも上がっている。J・マイケル・ルーティグ元判事は、自ら保守派をもって任じ、ジョージ・W・ブッシュ政権下で最高裁判事の候補となったこともある人物だが、最高裁批判の急先鋒としても知られている。
3月、ルーティグはアトランティック誌への共同寄稿文において、ドナルド・トランプ前大統領のコロラド州における大統領選出馬資格をめぐる裁判で最高裁が「合衆国憲法と国家に深刻な打撃」を与えたと非難した。
国への反乱に加わった国家公務員は大統領職に就けないことを定めた合衆国憲法修正第14条に対し「歴史的文脈を無視した誤った解釈」を行ったというのがその理由だ。
保守的な判断に保守派も反発
連邦控訴裁判所のケビン・ニューサム判事(任命したのはトランプ)も2月、シンポジウムの席上で最高裁を強く批判した。
ニューサムが問題視したのは、近年大きな話題となった判決で、最高裁判事たちが自らの判断を正当化するための根拠を、歴史的な「伝統」に求めている点だ。
「個々の判事の裁量に任される部分が大きくなりすぎる」危険があるアプローチだと、ニューサムは言う。
国民の最高裁に対する視線もこれまでになく厳しい。昨年のギャラップ社の調査によれば、最高裁の仕事ぶりを支持すると答えた人はアメリカの成人の41%にすぎなかった。
最高裁への支持率が過去最低の40%となったのは、人工妊娠中絶を禁止するテキサス州法の差し止めを行わない司法判断を下した後の21年9月だった。
これに続く形で最高裁は22年6月、73年のロー対ウェード判決を覆し、中絶を憲法で保障された権利として認めない判決を下した。
最高裁を批判する声が拡大した背景には、最近の判決に対する不満だけでなく、ここ20年ほどの大きなトレンドも影響している。
歴史的な大接戦となった00年大統領選に事実上決着をつけたブッシュ対ゴア判決(同年12月)後、最高裁の支持率は9ポイント下落し、翌01年1月のブッシュ政権発足時は59%に落ち込んだ(ただし、その半年後には62%まで持ち直している)。
近年の最高裁は、保守的な判決が増えているのに、共和党支持者からも信頼を失いつつある。
今年6月の世論調査会社イプソスの調査では、最高裁を「大いに」または「かなり」信頼していると答えた共和党支持者は52%で、前年7月より14ポイントも下がった。
民主党支持者を含めると、連邦裁判所を信頼していると答えた人の割合は48%で、州裁判所を信頼している割合は49%だった。
9人の判事からなる連邦最高裁はかつてなく批判にさらされている ALEX WONG/GETTY IMAGES
贅沢な接待旅行を報告せず
トーマス・ムーカウシャー元コネティカット州高等裁判所判事は、司法に対する信頼低下は「トップ(最高裁)から(下級裁判所へと)滴り落ちている」と語った。
「国民が司法を信用・信頼することは絶対的に重要だ」と、ポール・グリム元連邦地方裁判所判事は語る。「事実審判事であれ、控訴審判事であれ、最高裁判事であれ、自らの言動が厳しい倫理基準にさらされることを自覚する必要がある」
「歴史的に見ても、今は最高裁をめぐり大きな混乱が起きている」と、ニューヨーク大学のバリー・フリードマン法学教授は指摘する。
「その一因であるイデオロギー問題は、定期的に起こるものだ。しかし現在の最高裁判事の一部が、ごく基本的な倫理規定が自分たちには適用されないと考えて、その遵守をかたくなに拒否していることも大きな原因だ」
最高裁は23年11月に新たな倫理規定を設けたが、騒ぎは収まらなかった。
とりわけサミュエル・アリート判事とクラレンス・トーマス判事(どちらも保守)が、贅沢な接待旅行を報告していなかったことや、妻の問題行動(と批判派は考えている)を放置していることに、厳しい目が向けられている。
ニューヨーク・タイムズ紙は今年5月、アリートの妻が21年1月の大統領就任式の3日前に、自宅前に米国旗を上下逆さに掲揚していたことを報じた。
この掲揚方法は、20年大統領選で現大統領のジョー・バイデンがトランプに勝利したことを認めず、翌21年1月に連邦議会議事堂を襲撃して、選挙結果の承認手続きを阻止しようとした運動のシンボルとされる。
一方、ワシントン・ポスト紙は、トーマスの妻が20年大統領選後、マーク・メドウズ大統領首席補佐官(当時)に、開票結果に異議を唱えるよう促していたこと、そして激戦州の州議会議員に、選挙人(大統領選の結果承認手続きで、自州の選挙結果に応じて投票することを義務付けられている)を、トランプに投票する人物に差し替えるよう働きかけていたことを報じた。
だがアリートもトーマスも、妻の行動を理由に、連邦議会議事堂襲撃事件に関連する事案の審理を辞退することを拒否している。
アリートは今年6月、星条旗を逆さに掲げたのは自分ではなく、妻という「独立した一般市民」だと語った。また、トーマスは大富豪から贅沢な旅行をプレゼントされていたことについて、この種の「個人的なもてなし」を報告する義務はないと切り捨てた。
ロー対ウェード判決が破棄された数日後にアリート最高裁判事の自宅前で抗議する人々(22年) TASOS KATOPODIS/GETTY IMAGES
「連邦裁判所には厳しい倫理規定があるが、最高裁には適用されない。それでも判事なら、倫理的な行動を日頃から心がけているのが普通だ」と、ムーカウシャーは語る。
「最高裁判事の行動のせいで全ての判事が非倫理的であるように見られるのは、(一般の判事にとって)つらい」
元判事のテートルは、倫理問題が最高裁の信頼が傷ついた一因だとしつつ、ほかにも複雑な要因があることを認める。最高裁にも管理できる問題と、できない問題があるという。
まず現在の最高裁の混乱は、議会が「総じて機能不全」に陥っていることが最大の原因だとテートルは言う。本来、議会が対処すべき問題に対処しないために、その問題が裁判所に持ち込まれているというのだ。
だが最高裁には、どの上告を受理するか選ぶ権限がある。「だから(現在の状況に陥った)責任は、ある程度最高裁にもある」と、テートルは言う。
「議会に処理させたり、もっと国民の間で議論させるべき問題に、自ら踏み込んでいる」
「最高裁が政治的な機関に見えるようになれば、国民がその仕事に不満を抱くことは避けられない」ともテートルは指摘する。
「国民は最高裁を正当な裁判所としてではなく、むしろ選挙で選ばれたのではない政治機関としてみている」
レッドフィールド&ウィルトンが本誌のために行った世論調査では、有権者の10人に4人が今年の大統領選で投票行動を決める際に、最高裁は「極めて重要」になるだろうと答えている。
10人に3人が「中程度に重要」、10人に約2人が「やや重要」と答え、最高裁は全く関係がないという有権者はわずか5%だった。
今年の大統領選の候補者たちは、有権者が11月に投票する際に、最高裁が重要な関心事になることを承知している。
バイデンは6月中旬の資金調達パーティーで、大統領選の勝者は最高裁の2つの空席を埋めるチャンスを手にすることになり、トランプが「星条旗を逆さまに掲げる判事をさらに2人任命」すれば、彼の2期目の「最も恐ろしい場面の1つ」になると警鐘を鳴らした。
「身内からの批判」の意義
昨年引退したムーカウシャーは、自分がまだ判事席に座っていたら「こうして話している全てのことが規律違反になる」から、取材には応じなかっただろうと語る。
「ただし、さまざまな状況における(最高裁判事の)振る舞いが下級裁判所の判事を困らせていることは、確かに懸念されている」
エイハーンは、最高裁は最高位の裁判所というだけでなく連邦司法の頂点であり、判事が最高裁について発言することは「リスクがある」と認める。
「願わくば、最高裁の判事たちがこのような事態に自分がどう対応するかを考える際に、その点を考慮してほしい」
下級裁判所の判事は最高裁の判断を実行に移す責任を負っており、彼らの批判に最高裁が耳を傾けることは重要だと、ヒューストン大学のベーダスは言う。
「下級裁の判事が最高裁は誤った判断を下していると思ったら、それを無視しようとしたり、非常に狭い範囲で適用しようとしたりする可能性が高くなるだろう」
最終決定権は最高裁にあるが、下級裁判所の全ての判断を取り消すことは不可能だろう。また、上級審による判決の破棄が下級審の判事に対する抑止力になるとは限らないとも、ベーダスは言う。
この点についてテートルは、自分が知っている判事の誰もが、最高裁の判決を適用するために最善を尽くしていると反論する。
「私たちは、たとえ同意できないものでも、最高裁の判決に拘束される。自分は賛成できないから従わない、などと言う判事がいるとは思えない」
身内からの批判に直接答える最高裁判事はいないが、最高裁は世論の変化に注意を払い始めているようだ。
最高裁が「その正当性を維持するためには国民の支持が必要」なのだから、判事たちもそうした批判に応えることが重要だと、ノースイースタン大学教授で最高裁に詳しいダン・ウルマンは言う。
「最高裁はさまざまな面で、中絶と銃を持つ権利に関しては特に、世論とずれている。今期は経口中絶薬や危険人物の武器所持の禁止などの問題で、中道路線に戻るかもしれない」
ウルマンが本誌にそう語った翌日、最高裁は経口中絶薬の流通を制限するように求める訴えを退け、全員一致で入手と使用を引き続き認めた。
ロー対ウェード判決が破棄されてからわずか2年で、中絶は憲法で認められた権利だと主張する擁護派が巻き返したのだ。さらにその1週間後には、ドメスティックバイオレンス(DV)で接近禁止命令を受けた加害者の銃保有を禁止する連邦法を、合憲と判断した。
「彼ら(最高裁)の全ての判断に問題があるわけではない。最近の判断には非常に優れたものもいくつかある。全てではないが、多くの重要な判断に問題があるという意味だ」と、テートルは言う。
「最高裁の再審理の対象になった多くの控訴審判事が、同じように言うだろう」
テートルは5月に最高裁が、銃規制派の圧力に反発した全米ライフル協会(NRA)に言論の自由を認める裁定を下したことと、消費者金融保護局(CFPB)に異議を唱える保守派の上訴を退けたことを挙げて次のように語る。
「最高裁は、非政治的で、理路整然とした意見を書くことができる。ただ、ごくまれにしか、それがなされていない」
<最高裁が選挙で選ばれたのではない「政治機関」に...民主主義の未来を懸念した下級審の判事たちが、あえて慣例を破って異議を唱え始めた>
アメリカでは最近、連邦最高裁判所への批判の声を上げる判事や元判事が増えている。イデオロギーの左右を問わず、また所属する裁判所を問わず、いずれもアメリカの民主主義の未来を憂えてのことだ。
デービッド・S・テートル元判事も声を上げた1人だ。
ビル・クリントン大統領(当時)に任命され、今年1月まで連邦控訴裁判所の判事を30年近く務めた人物だ。テートルは先ごろ発表した回顧録の中で、最高裁が司法の原則を「軽視」している点に嫌気が差したのも、退任の一因となったと語っている。
テートルだけではない。最近だけでもほかに2人の判事が最高裁を強く批判した。
5月にはオンライン誌スレートのインタビューで、ハワイ州最高裁のトッド・エディンズ判事(任命したのは当時の民主党の知事、デービッド・イゲ)が「都合のいい法律と事実を恣意的に選んでいるという点で、信じ難いほど誠実さに欠ける」と最高裁の判事たちをこき下ろした。
同じ5月、連邦地方裁判所のカールトン・リーブズ判事(任命したのは当時のバラク・オバマ大統領)も、ミシシッピ州で起きた冤罪事件の裁判で、最高裁が州や自治体の職員は責任を問われないとの原則を示したのは「違憲で誤りだ」と批判した。
「私の見解は、司法関係者の間で広く共有されていると思う」とテートルは本誌に語った。「多くの判事は回顧録における私の主張を当然のこととして受け止めるはずだ」
ニューヨーク大学法科大学院ブレナン司法センターのジェニファー・エイハーンは、判事が自分の担当する裁判以外のことで公に発言するのは「異例」であり、一部の判事が最高裁に対して異議を唱える決断をしたのは「非常に驚くべきこと」だと指摘する。
「これは氷山の一角にすぎないのではと思っている」と、エイハーンは本誌に語った。「リスクを冒して発言しようとする判事が数人いるのだから、同じように感じている判事はほかにもたくさんいるだろう」
ヒューストン大学で司法政策を研究しているアレックス・ベーダス准教授は本誌に対し、判事らの最高裁批判の背景には、司法における党派対立の激化と、最高裁判事の顔触れが保守派に大きく傾いていることへの一般市民の不満があると述べた。
「最高裁の中のバランスがもっと取れていた頃には、ある種の均衡が存在した。重要な裁判で保守派が勝つこともあればリベラル派が勝つこともあった。だから、現職の判事たちが批判の声を上げるのをためらわなくなるほど最高裁への怒りが蓄積されることもなかった」と、ベーダスは言う。
「(だが)そういう均衡はもはや存在していない」
現役時代のテートル判事(2017年) NARA/JEFF REED
最高裁への批判の声は、右派の判事からも上がっている。J・マイケル・ルーティグ元判事は、自ら保守派をもって任じ、ジョージ・W・ブッシュ政権下で最高裁判事の候補となったこともある人物だが、最高裁批判の急先鋒としても知られている。
3月、ルーティグはアトランティック誌への共同寄稿文において、ドナルド・トランプ前大統領のコロラド州における大統領選出馬資格をめぐる裁判で最高裁が「合衆国憲法と国家に深刻な打撃」を与えたと非難した。
国への反乱に加わった国家公務員は大統領職に就けないことを定めた合衆国憲法修正第14条に対し「歴史的文脈を無視した誤った解釈」を行ったというのがその理由だ。
保守的な判断に保守派も反発
連邦控訴裁判所のケビン・ニューサム判事(任命したのはトランプ)も2月、シンポジウムの席上で最高裁を強く批判した。
ニューサムが問題視したのは、近年大きな話題となった判決で、最高裁判事たちが自らの判断を正当化するための根拠を、歴史的な「伝統」に求めている点だ。
「個々の判事の裁量に任される部分が大きくなりすぎる」危険があるアプローチだと、ニューサムは言う。
国民の最高裁に対する視線もこれまでになく厳しい。昨年のギャラップ社の調査によれば、最高裁の仕事ぶりを支持すると答えた人はアメリカの成人の41%にすぎなかった。
最高裁への支持率が過去最低の40%となったのは、人工妊娠中絶を禁止するテキサス州法の差し止めを行わない司法判断を下した後の21年9月だった。
これに続く形で最高裁は22年6月、73年のロー対ウェード判決を覆し、中絶を憲法で保障された権利として認めない判決を下した。
最高裁を批判する声が拡大した背景には、最近の判決に対する不満だけでなく、ここ20年ほどの大きなトレンドも影響している。
歴史的な大接戦となった00年大統領選に事実上決着をつけたブッシュ対ゴア判決(同年12月)後、最高裁の支持率は9ポイント下落し、翌01年1月のブッシュ政権発足時は59%に落ち込んだ(ただし、その半年後には62%まで持ち直している)。
近年の最高裁は、保守的な判決が増えているのに、共和党支持者からも信頼を失いつつある。
今年6月の世論調査会社イプソスの調査では、最高裁を「大いに」または「かなり」信頼していると答えた共和党支持者は52%で、前年7月より14ポイントも下がった。
民主党支持者を含めると、連邦裁判所を信頼していると答えた人の割合は48%で、州裁判所を信頼している割合は49%だった。
9人の判事からなる連邦最高裁はかつてなく批判にさらされている ALEX WONG/GETTY IMAGES
贅沢な接待旅行を報告せず
トーマス・ムーカウシャー元コネティカット州高等裁判所判事は、司法に対する信頼低下は「トップ(最高裁)から(下級裁判所へと)滴り落ちている」と語った。
「国民が司法を信用・信頼することは絶対的に重要だ」と、ポール・グリム元連邦地方裁判所判事は語る。「事実審判事であれ、控訴審判事であれ、最高裁判事であれ、自らの言動が厳しい倫理基準にさらされることを自覚する必要がある」
「歴史的に見ても、今は最高裁をめぐり大きな混乱が起きている」と、ニューヨーク大学のバリー・フリードマン法学教授は指摘する。
「その一因であるイデオロギー問題は、定期的に起こるものだ。しかし現在の最高裁判事の一部が、ごく基本的な倫理規定が自分たちには適用されないと考えて、その遵守をかたくなに拒否していることも大きな原因だ」
最高裁は23年11月に新たな倫理規定を設けたが、騒ぎは収まらなかった。
とりわけサミュエル・アリート判事とクラレンス・トーマス判事(どちらも保守)が、贅沢な接待旅行を報告していなかったことや、妻の問題行動(と批判派は考えている)を放置していることに、厳しい目が向けられている。
ニューヨーク・タイムズ紙は今年5月、アリートの妻が21年1月の大統領就任式の3日前に、自宅前に米国旗を上下逆さに掲揚していたことを報じた。
この掲揚方法は、20年大統領選で現大統領のジョー・バイデンがトランプに勝利したことを認めず、翌21年1月に連邦議会議事堂を襲撃して、選挙結果の承認手続きを阻止しようとした運動のシンボルとされる。
一方、ワシントン・ポスト紙は、トーマスの妻が20年大統領選後、マーク・メドウズ大統領首席補佐官(当時)に、開票結果に異議を唱えるよう促していたこと、そして激戦州の州議会議員に、選挙人(大統領選の結果承認手続きで、自州の選挙結果に応じて投票することを義務付けられている)を、トランプに投票する人物に差し替えるよう働きかけていたことを報じた。
だがアリートもトーマスも、妻の行動を理由に、連邦議会議事堂襲撃事件に関連する事案の審理を辞退することを拒否している。
アリートは今年6月、星条旗を逆さに掲げたのは自分ではなく、妻という「独立した一般市民」だと語った。また、トーマスは大富豪から贅沢な旅行をプレゼントされていたことについて、この種の「個人的なもてなし」を報告する義務はないと切り捨てた。
ロー対ウェード判決が破棄された数日後にアリート最高裁判事の自宅前で抗議する人々(22年) TASOS KATOPODIS/GETTY IMAGES
「連邦裁判所には厳しい倫理規定があるが、最高裁には適用されない。それでも判事なら、倫理的な行動を日頃から心がけているのが普通だ」と、ムーカウシャーは語る。
「最高裁判事の行動のせいで全ての判事が非倫理的であるように見られるのは、(一般の判事にとって)つらい」
元判事のテートルは、倫理問題が最高裁の信頼が傷ついた一因だとしつつ、ほかにも複雑な要因があることを認める。最高裁にも管理できる問題と、できない問題があるという。
まず現在の最高裁の混乱は、議会が「総じて機能不全」に陥っていることが最大の原因だとテートルは言う。本来、議会が対処すべき問題に対処しないために、その問題が裁判所に持ち込まれているというのだ。
だが最高裁には、どの上告を受理するか選ぶ権限がある。「だから(現在の状況に陥った)責任は、ある程度最高裁にもある」と、テートルは言う。
「議会に処理させたり、もっと国民の間で議論させるべき問題に、自ら踏み込んでいる」
「最高裁が政治的な機関に見えるようになれば、国民がその仕事に不満を抱くことは避けられない」ともテートルは指摘する。
「国民は最高裁を正当な裁判所としてではなく、むしろ選挙で選ばれたのではない政治機関としてみている」
レッドフィールド&ウィルトンが本誌のために行った世論調査では、有権者の10人に4人が今年の大統領選で投票行動を決める際に、最高裁は「極めて重要」になるだろうと答えている。
10人に3人が「中程度に重要」、10人に約2人が「やや重要」と答え、最高裁は全く関係がないという有権者はわずか5%だった。
今年の大統領選の候補者たちは、有権者が11月に投票する際に、最高裁が重要な関心事になることを承知している。
バイデンは6月中旬の資金調達パーティーで、大統領選の勝者は最高裁の2つの空席を埋めるチャンスを手にすることになり、トランプが「星条旗を逆さまに掲げる判事をさらに2人任命」すれば、彼の2期目の「最も恐ろしい場面の1つ」になると警鐘を鳴らした。
「身内からの批判」の意義
昨年引退したムーカウシャーは、自分がまだ判事席に座っていたら「こうして話している全てのことが規律違反になる」から、取材には応じなかっただろうと語る。
「ただし、さまざまな状況における(最高裁判事の)振る舞いが下級裁判所の判事を困らせていることは、確かに懸念されている」
エイハーンは、最高裁は最高位の裁判所というだけでなく連邦司法の頂点であり、判事が最高裁について発言することは「リスクがある」と認める。
「願わくば、最高裁の判事たちがこのような事態に自分がどう対応するかを考える際に、その点を考慮してほしい」
下級裁判所の判事は最高裁の判断を実行に移す責任を負っており、彼らの批判に最高裁が耳を傾けることは重要だと、ヒューストン大学のベーダスは言う。
「下級裁の判事が最高裁は誤った判断を下していると思ったら、それを無視しようとしたり、非常に狭い範囲で適用しようとしたりする可能性が高くなるだろう」
最終決定権は最高裁にあるが、下級裁判所の全ての判断を取り消すことは不可能だろう。また、上級審による判決の破棄が下級審の判事に対する抑止力になるとは限らないとも、ベーダスは言う。
この点についてテートルは、自分が知っている判事の誰もが、最高裁の判決を適用するために最善を尽くしていると反論する。
「私たちは、たとえ同意できないものでも、最高裁の判決に拘束される。自分は賛成できないから従わない、などと言う判事がいるとは思えない」
身内からの批判に直接答える最高裁判事はいないが、最高裁は世論の変化に注意を払い始めているようだ。
最高裁が「その正当性を維持するためには国民の支持が必要」なのだから、判事たちもそうした批判に応えることが重要だと、ノースイースタン大学教授で最高裁に詳しいダン・ウルマンは言う。
「最高裁はさまざまな面で、中絶と銃を持つ権利に関しては特に、世論とずれている。今期は経口中絶薬や危険人物の武器所持の禁止などの問題で、中道路線に戻るかもしれない」
ウルマンが本誌にそう語った翌日、最高裁は経口中絶薬の流通を制限するように求める訴えを退け、全員一致で入手と使用を引き続き認めた。
ロー対ウェード判決が破棄されてからわずか2年で、中絶は憲法で認められた権利だと主張する擁護派が巻き返したのだ。さらにその1週間後には、ドメスティックバイオレンス(DV)で接近禁止命令を受けた加害者の銃保有を禁止する連邦法を、合憲と判断した。
「彼ら(最高裁)の全ての判断に問題があるわけではない。最近の判断には非常に優れたものもいくつかある。全てではないが、多くの重要な判断に問題があるという意味だ」と、テートルは言う。
「最高裁の再審理の対象になった多くの控訴審判事が、同じように言うだろう」
テートルは5月に最高裁が、銃規制派の圧力に反発した全米ライフル協会(NRA)に言論の自由を認める裁定を下したことと、消費者金融保護局(CFPB)に異議を唱える保守派の上訴を退けたことを挙げて次のように語る。
「最高裁は、非政治的で、理路整然とした意見を書くことができる。ただ、ごくまれにしか、それがなされていない」