木村幹
<金建希・韓国大統領夫人が韓国検察に事情聴取された。検察トップ出身で、検察を自らの政治的基盤としてきたはずの尹錫悦が子飼いの検察官に「噛み付かれた」のは、韓国政治の地殻変動と無縁ではない>
韓国のソウル中央地検は7月21日、前日の20 日に尹錫悦大統領の夫人である金建希への対面調査を実施した、と明らかにした。容疑は2つ。1つは2010年から12年にかけて、自動車輸入会社が行った株価操作疑惑に関与して資金を提供し、不正に利益を得たのではないか、というものだ。もう1つは、尹大統領就任後の22年9月、北朝鮮とも近い関係にある外国人牧師から高級バッグを受け取った疑惑をめぐるものである。
大統領夫人のこれらの行為が、真に法に触れるものであるか否かは、今後の捜査を見守りたい。それよりもここで取り上げたいのは、調査を担当する検察の混乱である。
今回の対面調査に対し、李沅䄷検察総長はそれが検察側の施設ではなく、大統領府側の施設で行われたことを取り上げ、「原則が守られなかった」として、ソウル中央地検を批判した。対して李昌洙ソウル地検長は「捜査中の検事を監察することはできない」と反発し、大統領室もまた「検察総長が政治をしようとしている」と、ソウル地検長を援護した。
元検察総長の経歴を持つ尹の政権は、発足当時から人脈の多くを検察出身者に依存してきた。そしてそれは、大統領就任以前に政治的経歴を持たなかった尹にとって、検察が最大の政治基盤であることを意味している。国民を前に対立する検察総長とソウル地検長も、それぞれ大統領の意向を受けて任用された人物だと言われている。
しかし、彼らは今、国民を前に内部分裂を繰り広げている。大統領夫人をめぐっては、7月23日に与党「国民の力」トップに再度選出された韓東勲と大統領夫人の対立もささやかれている。尹により法相に抜擢された韓は、現政権における検察出身者の代表格であり、次期大統領選挙の与党最有力候補であると見なされてきた。
一方で、国会議員選挙の際に与党トップであった韓は、与党不振の原因の1つとして大統領夫人を批判し、大統領との関係を大きく悪化させたと言われている。現大統領の尹と次期有力候補の韓という2人の検察出身の有力者の対立の中で、検察もまた分裂を始めているように見える。
韓国の政権が検察に摘発されるメカニズム
このような事態は韓国において、実はそれほど珍しくない。韓国の検察は、今日まで時の政権の強い影響下に置かれていた。政治的人事も頻繁で、そこには検察を政治的に有利に使いたい歴代政権の意図が存在した。
しかし民主化以降、多くの政権で検察はその影響圏を脱し、政権に対する捜査を進めてきた。そのメカニズムは単純である。韓国の大統領に与えられた権力は絶大であり、だから周辺では頻繁に汚職などの犯罪が発生する。とはいえ政権の大きな権力は捜査を躊躇させるに十分であり、だから検察は当初は動かない。
だが、いったん支持率が低下し、政権の求心力が失われると、事態は一変する。検察は自らを守るためにも捜査を行わざるを得ず、またそれこそが次期政権に対する自らの存在感を示す手段になる。その過程で検察は分裂し、やがて大統領支持派が敗北する。結果、歴代政権では、その末期になると次々とスキャンダルが明らかになり、その支持率はますます低下してきた。
こうして見ると、大統領夫人の疑惑をめぐる検察の分裂と対立も、韓国における歴代政権末期のよくある状況の1つであることが分かる。最高検察庁とソウル地検は、大統領派と反大統領派に分かれて対立を続けていくのか。それとも両者が競争する形で、大統領とその周辺への捜査を行っていくのか。
明らかなのは、この政権が大きな岐路に差しかかっている、ということだ。
<金建希・韓国大統領夫人が韓国検察に事情聴取された。検察トップ出身で、検察を自らの政治的基盤としてきたはずの尹錫悦が子飼いの検察官に「噛み付かれた」のは、韓国政治の地殻変動と無縁ではない>
韓国のソウル中央地検は7月21日、前日の20 日に尹錫悦大統領の夫人である金建希への対面調査を実施した、と明らかにした。容疑は2つ。1つは2010年から12年にかけて、自動車輸入会社が行った株価操作疑惑に関与して資金を提供し、不正に利益を得たのではないか、というものだ。もう1つは、尹大統領就任後の22年9月、北朝鮮とも近い関係にある外国人牧師から高級バッグを受け取った疑惑をめぐるものである。
大統領夫人のこれらの行為が、真に法に触れるものであるか否かは、今後の捜査を見守りたい。それよりもここで取り上げたいのは、調査を担当する検察の混乱である。
今回の対面調査に対し、李沅䄷検察総長はそれが検察側の施設ではなく、大統領府側の施設で行われたことを取り上げ、「原則が守られなかった」として、ソウル中央地検を批判した。対して李昌洙ソウル地検長は「捜査中の検事を監察することはできない」と反発し、大統領室もまた「検察総長が政治をしようとしている」と、ソウル地検長を援護した。
元検察総長の経歴を持つ尹の政権は、発足当時から人脈の多くを検察出身者に依存してきた。そしてそれは、大統領就任以前に政治的経歴を持たなかった尹にとって、検察が最大の政治基盤であることを意味している。国民を前に対立する検察総長とソウル地検長も、それぞれ大統領の意向を受けて任用された人物だと言われている。
しかし、彼らは今、国民を前に内部分裂を繰り広げている。大統領夫人をめぐっては、7月23日に与党「国民の力」トップに再度選出された韓東勲と大統領夫人の対立もささやかれている。尹により法相に抜擢された韓は、現政権における検察出身者の代表格であり、次期大統領選挙の与党最有力候補であると見なされてきた。
一方で、国会議員選挙の際に与党トップであった韓は、与党不振の原因の1つとして大統領夫人を批判し、大統領との関係を大きく悪化させたと言われている。現大統領の尹と次期有力候補の韓という2人の検察出身の有力者の対立の中で、検察もまた分裂を始めているように見える。
韓国の政権が検察に摘発されるメカニズム
このような事態は韓国において、実はそれほど珍しくない。韓国の検察は、今日まで時の政権の強い影響下に置かれていた。政治的人事も頻繁で、そこには検察を政治的に有利に使いたい歴代政権の意図が存在した。
しかし民主化以降、多くの政権で検察はその影響圏を脱し、政権に対する捜査を進めてきた。そのメカニズムは単純である。韓国の大統領に与えられた権力は絶大であり、だから周辺では頻繁に汚職などの犯罪が発生する。とはいえ政権の大きな権力は捜査を躊躇させるに十分であり、だから検察は当初は動かない。
だが、いったん支持率が低下し、政権の求心力が失われると、事態は一変する。検察は自らを守るためにも捜査を行わざるを得ず、またそれこそが次期政権に対する自らの存在感を示す手段になる。その過程で検察は分裂し、やがて大統領支持派が敗北する。結果、歴代政権では、その末期になると次々とスキャンダルが明らかになり、その支持率はますます低下してきた。
こうして見ると、大統領夫人の疑惑をめぐる検察の分裂と対立も、韓国における歴代政権末期のよくある状況の1つであることが分かる。最高検察庁とソウル地検は、大統領派と反大統領派に分かれて対立を続けていくのか。それとも両者が競争する形で、大統領とその周辺への捜査を行っていくのか。
明らかなのは、この政権が大きな岐路に差しかかっている、ということだ。