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最低賃金の引き上げが、実は「企業のため」にもなる理由...労働者の生活を守るだけではない「意味」

ニューズウィーク日本版 2024年8月6日 21時3分

加谷珪一
<最低賃金が過去最大の「50円引き上げ」によって1054円に。最低賃金には社会保障的な意味合いだけでなく、産業政策的な意味合いもある>

2024年度の最低賃金(全国平均)が1054円でまとまった。50円の引き上げは過去最大であり、それなりに評価できるものの、日本経済の現状を考えると物価に賃金が追い付いたとは言い難い。

最低賃金は労働者に支払われる賃金の下限となるもので、毎年、金額が改定される。厚生労働省の中央審議会が金額の目安を提示し、各都道府県が地域の実情に合わせて最終決定する。現時点での全国平均は1004円となっており、今回、決まった目安は1054円なので、上げ幅では50円、率では5.0%となる。

最低賃金は労働者の生活を守るという社会保障的な意味合いと、企業の競争力を決めるという産業政策的な意味合いがある。最低賃金を上げれば低所得層の底上げにつながる一方、企業にとってはコスト増加要因となる。

金額を上げすぎると雇用削減につながるリスクがあるので、金額については全体のバランスを考えて設定するのが望ましい。

近年は、明らかに物価上昇に賃金が追い付いておらず、貧困者が増えているので、労働者の生活を守るという点での引き上げには相応の妥当性がある。加えて言うと、労働市場は空前の人手不足となっており、最低賃金が上昇したからといって雇用が失われるリスクは限りなく低い。

所得が低い人ほどインフレの影響を受けやすい

4月に行われた春闘では、過去最大幅となる5%台の賃上げが実現したことを考えると、最低賃金はそれ以上の上げ幅にするのが妥当だ。その理由は、同じ物価上昇率でも、所得が低い人ほどその影響を受けやすいからである。

消費者物価指数は全ての商品価格を平均したものなので、物価の全体像を示しているにすぎない。だがインフレが継続的に進む経済圏では、食品など単価が安い生活必需品の価格上昇幅が極めて大きくなり、逆に単価の高い嗜好品の価格が横ばいになることも少なくない。

特に円安進展後の日本経済はその傾向が顕著であり、生活必需品の価格が突出して上がっている。日本のエンゲル係数は急上昇しており、こうした環境では、所得が低い人ほど生活が苦しくなる。

22年度における消費者物価指数の上昇率は3.2%、23年度の上昇率は3.0%となっており、過去2年間で物価は約6%上がった。生活必需品(食料品)の上昇率は2桁台となっていることを考えると、最低賃金については1100円程度までの上昇が望ましかった。

だが、過去最大の上げ幅が実現し、物価が国民生活を圧迫している現実について認識を共有できたという点においては評価してよいだろう。

日本企業が放置してきた問題を強制的に正すプレッシャーに

一方、企業の競争力強化という点でも、今回の引き上げには意味がある。

企業は高賃金を提示しなければ有能な人材は確保できない。経済が健全に機能し、市場メカニズムが適正に働いていれば、最低賃金制度がなくても自動的に賃金は上がっていく。実際、ドイツはつい最近まで最低賃金が存在していなかったが、日本より圧倒的に高い賃金を実現できていた。

だが日本の大手企業は長年、現状維持に終始して業績拡大努力を怠っており、異様な低賃金が放置され続けてきた。こうした環境下では最低賃金を引き上げることで企業のコストを強制的に増やし、より高い付加価値を生み出すようプレッシャーをかける手法は有効である。

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