ジャック・デッチ(フォーリン・ポリシー誌記者)
<空母エイブラハム・リンカーン打撃群を太平洋から中東に派遣するなど、イランの報復攻撃からイスラエルを守るため米軍は無理を強いられ、中国を抑止する力を奪われている>
米国防総省はまず、任務が完了して中東を離れる空母セオドア・ルーズベルト打撃群の代わりとして、空母エイブラハム・リンカーン打撃群を太平洋から中東に派遣することを決定した。
【動画】戦後初の日本空母「いずも」をドローン撮影したとされる動画が再浮上──海上自衛隊は本物か確認中
さらに、弾道ミサイル防衛能力を持つ巡洋艦と駆逐艦を中東に追加派遣した。ロイド・オースティン国防長官は、中東にさらなる戦闘機部隊の派遣と陸上弾道ミサイル防衛の強化を命じた。
バイデン政権は何日も前から、イランの新たな攻撃に対してイスラエルの安全を保証することはできないと警告していたが、米政府は緩やかなミサイル防衛体制を整えていた。8月5日の昼過ぎには、米中央軍のマイケル・クリラ司令官がイスラエルを訪れ、防空計画を逐一詳細に検討した。
ジョー・バイデン米大統領は、4月にイランの攻撃に対するイスラエルの防衛で協力したヨルダンのアブドラ2世国王と電話会談を行った。
米軍がインド太平洋地域への地上軍と艦船の増派を優先すべき時に、イスラエルを防衛する必要性から、重要な戦力が中東に戻された。すでに能力の限界にきていた米艦船乗組員、戦闘機部隊、防空部隊は、さらに多くの場所をカバーしなければならなくなり、身動きが取れなくなっている。
「アメリカは、3つの戦域に同時に対応できる軍隊を作ってきたわけではない」と、民主主義防衛財団のマーク・モンゴメリー上級研究員は述べた。
重要な地域への対応不足
米軍は貴重な戦力を重要な地域から別の地域に移動させようとしている。インド太平洋に配備するはずの空母リンカーンは湾岸に向かっている。
イエメンのフーシ派との戦闘のために紅海での任務が長引いていた空母ドワイト・D・アイゼンハワーはバージニア州ノーフォークに戻ったばかりだ。
こうしたやり方を続ける限り、米軍はインド太平洋地域に十分な戦力を配備することが難しくなる可能性がある。「米軍は、インド太平洋地域において望む通りの規模の戦力を十分に活用することができなくなるかもしれない」と、かつて米第5艦隊司令官を務めたジョン・ミラー退役米海軍副提督は語った。
だがミラーは、米軍はその戦力を迅速に移動させることができると言う。 「空軍の航空部隊は太平洋と中東の間で移動させることができる。艦隊は、太平洋や大西洋と中東との間を、それほど困難なく短期間で移動させることもできる」。
とはいえ「これは非常にコストがかかる仕事であり、いったん配備した部隊を置き換えるのは困難で、時間がかかる」とミラーは言う。「決して攻撃に出ないハーフコートラクロスのような防御するだけのゲームを続けることはできない」
イランがイスラエルに報復攻撃を仕掛ける可能性は日毎に高まっているように見える。4日には、アントニー・ブリンケン米国務長官が、イランの攻撃が24時間以内に開始される可能性があるとG7首脳に警告したことが報じられた。
イランも、外交上の警告や安全に関する通達を出すなど、攻撃の意図を予告している。5日の朝までに、イランは領空を閉鎖するよう通告した。
ドイツの航空会社ルフトハンザは、ベイルート、テルアビブ、テヘランへのフライトをキャンセルし、アメリカをはじめとする西側諸国は、自国民に対し、レバノンや近隣諸国から一刻も早く脱出するよう促している。
「これは作用・反作用の典型的な症状だ」と、コンサルティング・グループ、トレンズ・リサーチ・アンド・アドバイザリーの米中東安全保障問題専門家ビラル・サーブは言う。
「イランが単独で何をしようとしているかは問題ではない。それに対してイスラエルが何をするかが重要だ。報復合戦が完全に手に負えなくなるとは思わないが、同時に、このような力関係が働くたびに、標的が少しずつ大きなものになっていくため、戦いが拡大するリスクも高まる」
イスラエルに大規模な報復攻撃を仕掛ける場合、イランにとって障害となるものがいくつかある。ひとつは、イランのミサイル発射台は数に限りがあることで、大規模な巡航ミサイルや弾道ミサイルの一斉射撃を行いたくても限界がある。
そうなると、前線からは距離があるイスラエルの中枢を攻撃することは難しくなるが、イランは代理人のネットワーク、特にイスラエルの北に位置するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラを使うことでその点を克服することもできる。
ヒズボラは先日のイスラエル国防軍による空爆でヒズボラ幹部のフアド・シュクル司令官が殺害されたことで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の極右政権にやはり恨みを抱いている。
防衛システムにも負担
だがイスラエルは2023年10月7日以降、パレスチナ自治区のガザでハマスとも戦闘を続けており、重武装したヒズボラともほぼ毎日のように報復合戦を続けている。そのため、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」に多大な負担がかかっている。
イスラエルはアメリカの支援を得て、アイアンドームの砲台の補充を続けているが、イランとヒズボラの全面攻撃が始まればシステムの対応が難しくなるのではないかと危惧する専門家もいる。
「弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機を保有する国は、西側諸国が保有する対弾道ミサイル、対巡航ミサイル、対無人機システムよりも多くの攻撃用兵器を保有している」と、ミラーは言う。
イランがイスラエルを攻撃するために、ミサイルではなく、主にシャヘド無人機を使うなど、よりコストの低い攻撃を行うことを決めた場合、動きの遅い無人機は早期警戒システムによって検知され、防空システムで一機ずつ撃ち落とされる可能性がある。
ただし、それは周辺地域の援助があれば、の話だ。ヨルダンのようなアメリカの同盟国は助けてくれる可能性が高いが、エジプトはすでに、イスラエルの防衛を支援しないと公言している。
From Foreign Policy Magazine
<空母エイブラハム・リンカーン打撃群を太平洋から中東に派遣するなど、イランの報復攻撃からイスラエルを守るため米軍は無理を強いられ、中国を抑止する力を奪われている>
米国防総省はまず、任務が完了して中東を離れる空母セオドア・ルーズベルト打撃群の代わりとして、空母エイブラハム・リンカーン打撃群を太平洋から中東に派遣することを決定した。
【動画】戦後初の日本空母「いずも」をドローン撮影したとされる動画が再浮上──海上自衛隊は本物か確認中
さらに、弾道ミサイル防衛能力を持つ巡洋艦と駆逐艦を中東に追加派遣した。ロイド・オースティン国防長官は、中東にさらなる戦闘機部隊の派遣と陸上弾道ミサイル防衛の強化を命じた。
バイデン政権は何日も前から、イランの新たな攻撃に対してイスラエルの安全を保証することはできないと警告していたが、米政府は緩やかなミサイル防衛体制を整えていた。8月5日の昼過ぎには、米中央軍のマイケル・クリラ司令官がイスラエルを訪れ、防空計画を逐一詳細に検討した。
ジョー・バイデン米大統領は、4月にイランの攻撃に対するイスラエルの防衛で協力したヨルダンのアブドラ2世国王と電話会談を行った。
米軍がインド太平洋地域への地上軍と艦船の増派を優先すべき時に、イスラエルを防衛する必要性から、重要な戦力が中東に戻された。すでに能力の限界にきていた米艦船乗組員、戦闘機部隊、防空部隊は、さらに多くの場所をカバーしなければならなくなり、身動きが取れなくなっている。
「アメリカは、3つの戦域に同時に対応できる軍隊を作ってきたわけではない」と、民主主義防衛財団のマーク・モンゴメリー上級研究員は述べた。
重要な地域への対応不足
米軍は貴重な戦力を重要な地域から別の地域に移動させようとしている。インド太平洋に配備するはずの空母リンカーンは湾岸に向かっている。
イエメンのフーシ派との戦闘のために紅海での任務が長引いていた空母ドワイト・D・アイゼンハワーはバージニア州ノーフォークに戻ったばかりだ。
こうしたやり方を続ける限り、米軍はインド太平洋地域に十分な戦力を配備することが難しくなる可能性がある。「米軍は、インド太平洋地域において望む通りの規模の戦力を十分に活用することができなくなるかもしれない」と、かつて米第5艦隊司令官を務めたジョン・ミラー退役米海軍副提督は語った。
だがミラーは、米軍はその戦力を迅速に移動させることができると言う。 「空軍の航空部隊は太平洋と中東の間で移動させることができる。艦隊は、太平洋や大西洋と中東との間を、それほど困難なく短期間で移動させることもできる」。
とはいえ「これは非常にコストがかかる仕事であり、いったん配備した部隊を置き換えるのは困難で、時間がかかる」とミラーは言う。「決して攻撃に出ないハーフコートラクロスのような防御するだけのゲームを続けることはできない」
イランがイスラエルに報復攻撃を仕掛ける可能性は日毎に高まっているように見える。4日には、アントニー・ブリンケン米国務長官が、イランの攻撃が24時間以内に開始される可能性があるとG7首脳に警告したことが報じられた。
イランも、外交上の警告や安全に関する通達を出すなど、攻撃の意図を予告している。5日の朝までに、イランは領空を閉鎖するよう通告した。
ドイツの航空会社ルフトハンザは、ベイルート、テルアビブ、テヘランへのフライトをキャンセルし、アメリカをはじめとする西側諸国は、自国民に対し、レバノンや近隣諸国から一刻も早く脱出するよう促している。
「これは作用・反作用の典型的な症状だ」と、コンサルティング・グループ、トレンズ・リサーチ・アンド・アドバイザリーの米中東安全保障問題専門家ビラル・サーブは言う。
「イランが単独で何をしようとしているかは問題ではない。それに対してイスラエルが何をするかが重要だ。報復合戦が完全に手に負えなくなるとは思わないが、同時に、このような力関係が働くたびに、標的が少しずつ大きなものになっていくため、戦いが拡大するリスクも高まる」
イスラエルに大規模な報復攻撃を仕掛ける場合、イランにとって障害となるものがいくつかある。ひとつは、イランのミサイル発射台は数に限りがあることで、大規模な巡航ミサイルや弾道ミサイルの一斉射撃を行いたくても限界がある。
そうなると、前線からは距離があるイスラエルの中枢を攻撃することは難しくなるが、イランは代理人のネットワーク、特にイスラエルの北に位置するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラを使うことでその点を克服することもできる。
ヒズボラは先日のイスラエル国防軍による空爆でヒズボラ幹部のフアド・シュクル司令官が殺害されたことで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の極右政権にやはり恨みを抱いている。
防衛システムにも負担
だがイスラエルは2023年10月7日以降、パレスチナ自治区のガザでハマスとも戦闘を続けており、重武装したヒズボラともほぼ毎日のように報復合戦を続けている。そのため、イスラエルの防空システム「アイアンドーム」に多大な負担がかかっている。
イスラエルはアメリカの支援を得て、アイアンドームの砲台の補充を続けているが、イランとヒズボラの全面攻撃が始まればシステムの対応が難しくなるのではないかと危惧する専門家もいる。
「弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機を保有する国は、西側諸国が保有する対弾道ミサイル、対巡航ミサイル、対無人機システムよりも多くの攻撃用兵器を保有している」と、ミラーは言う。
イランがイスラエルを攻撃するために、ミサイルではなく、主にシャヘド無人機を使うなど、よりコストの低い攻撃を行うことを決めた場合、動きの遅い無人機は早期警戒システムによって検知され、防空システムで一機ずつ撃ち落とされる可能性がある。
ただし、それは周辺地域の援助があれば、の話だ。ヨルダンのようなアメリカの同盟国は助けてくれる可能性が高いが、エジプトはすでに、イスラエルの防衛を支援しないと公言している。
From Foreign Policy Magazine