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1978年、極左武装グループ「赤い旅団」の誘拐、映画『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』

ニューズウィーク日本版 2024年8月7日 17時28分

大場正明
<巨匠マルコ・ベロッキオの『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』は、アルド・モーロ誘拐事件を6話構成で描く340分の大作だ......>

1978年3月16日の朝、キリスト教民主党党首で、元首相のアルド・モーロが極左武装グループ「赤い旅団」の待ち伏せにあい、誘拐された。モーロは、冷戦下のイタリアで第二党へと躍進した共産党が入閣する連立政権樹立のために奔走し、彼がお膳立てした新しい内閣がその日に発足することになっていた。

巨匠マルコ・ベロッキオが、以前取り上げた『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』の前に監督した『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』は、アルド・モーロ誘拐事件を6話構成で描く340分の大作だ。

 

アルド・モーロ誘拐事件を6話構成で描く

ベロッキオが同事件を扱った『夜よ、こんにちは』(2003)と本作は、タイトルが示唆するように「夜」をめぐって対をなしている。本作の構成は、1話と6話、2話から5話のふたつに大きく分けることができる。

1話と6話で中心になるのはアルド・モーロ。1話では、激しい反発や批判を受けながらも、共産党との連立の話をまとめたモーロが、3月16日の朝に誘拐されるまでが描かれ、6話は、モーロの遺体が発見される前日の5月8日から始まり、その時点で彼の運命は決定的なものになっている。

これに対して、そんな事件の始まりと終わりの間を埋める2話から5話には、モーロは登場しない。『夜よ、こんにちは』では、誘拐されたモーロを匿う役割を担う赤い旅団の女性メンバーの視点を通して、監禁された彼の姿が描かれていた。本作では、モーロを父と慕い、救出のために尽力する内務大臣フランチェスコ・コッシーガ、モーロと旧知の仲であるローマ法王パウロ6世、赤い旅団のメンバーで後衛を担う女性アドリアーナ・ファランダ、モーロの妻エレオノーラを各話の中心に据え、外側から事件が描き出されていく。さらに、このふたつに分けたどちらのパートにも、独自の視点が際立つ要素が埋め込まれている。

旅団から届けられる最初の第7の声明

『夜よ、こんにちは』には、モーロが自由になる幻想が盛り込まれていたが、本作にも事実とは異なる場面がある。1話は、モーロが生きたまま発見され、病院に収容されたという設定から始まり、アンドレオッティ首相、ザッカニーニ党書記長、コッシーガが病院に駆けつる。6話でも、同じ場面が再現されるが、それが意味するものは変化している。

2話から5話のパートについては、独自の視点に言及する前に、モーロ誘拐後の状況を確認しておくべきだろう。アンドレオッティ首相は赤い旅団に対して強硬路線を打ち出す。これに対して、各話の中心に据えられた人物たちは、立場はまったく違うが、それぞれに交渉や解放の余地を模索する。だから各話には、強硬路線と柔軟路線のせめぎ合いがある。

それを踏まえて、ベロッキオが事件の経過で特に関心を持っていると思えるのが、旅団から届けられる最初の第7の声明だ。「最初の」というのは、それが二度届けられることになるからだ。

フィクションも交えながら掘り下げる

4月15日に届けられた第6の声明では、人民の法廷によってモーロの有罪が確定し、死刑が宣告されたが、いつ執行されるのかは明らかにされなかった。そして4月18日に届けられた第7の声明では、モーロの死刑が執行され、死体がドゥケッサ湖に沈められていると記されていた。

この第7の声明については、すぐに旅団を模倣した偽物という結論が下されたが、それでも山中の凍結したドゥケッサ湖で大々的な捜索が行われた。ベロッキオはこの偽の声明が多方面に及ぼした影響を、おそらくはフィクションも交えながら掘り下げている。

2話のコッシーガは、大規模な通話傍受センターを設置するなど、救出に全力を尽くす。モーロから彼に宛てた手紙では、旅団との交渉を求めていたため、対応を検討するが、アンドレオッティの強硬路線が浸透し、手紙で交渉を求めるモーロは錯乱状態で、正気ではないという印象が作り上げられていく。アメリカ国務省のエキスパートにも助言を求めるが、そもそも共産党との連立に懸念を示すアメリカは、救出を優先しているわけではない。

 

パウロ6世の視点で描かれる3話

コッシーガは孤立し、精神的にも追い詰められ、そんなときに第7の声明が届けられる。ベロッキオがその声明を強く意識していることは、明らかに偽物であっても大々的な捜索が開始され、モーロ殺害のニュースが駆けめぐるところでこの2話が終わることからもわかる。それは影響が他へも波及していくことを示唆している。

パウロ6世の視点で描かれる3話では、思わぬかたちでその声明が絡んでくる。モーロと旧知の仲である法王は、解放のために身代金200億リラを用意し、アンドレオッティに掛け合って、政治的承認は得られないものの、極秘裏に交渉を進めることになる。法王の使者となった司教が接触した男は、モーロ死亡の声明が届くことを予告する。

その予告された声明こそ、第7の声明だが、法王や司教はそれが偽物だとはすぐに見抜けず、男を信じかける。罠に気づいたパウロ6世は、接触者が詐欺師か、あるいは、政府内に旅団に金が渡ることを望まない人間がいると推測する。いずれにしてもそれが分岐点になり、教皇は別の方法を選択するしかなくなる。

4話の赤い旅団で後衛を担うファランダは、凍結した湖で大々的な捜索が行われるニュースを見て混乱する。彼女としばしば行動を共にする中心メンバーは、偽の声明が諜報局の仕業で、殺害を容認するサインであり、イタリア人に覚悟させていると考える。ファランダは処刑に反対するが、結局、旅団は4月20日に48時間の猶予を与える本物の第7の声明を発表し、態度を硬化させていく。

5話のモーロの妻エレオノーラは、夫からの手紙に心を揺さぶられ、政府や法王への説得をつづける。そんな彼女は子供たちと、湖の捜索を伝えるニュースを見る。彼らのもとには、第7の声明について、警察は偽物であることをすぐに内務省に伝えたが、誰もがそれを信じていたという情報が入り、モーロの長男ジョヴァンニは、「厄介払いしたくてたまらないんだ」と語る。

 

強硬路線と柔軟路線がせめぎ合う図式

強硬路線と柔軟路線がせめぎ合う図式は、偽の第7の声明が多方面に及ぼす影響によって崩れていく。そこには見えない力が働いている。

それを踏まえると、1話と6話に盛り込まれたモーロが生きたまま発見され、病院に収容される場面の意味の違いも明確になる。

モーロが誘拐されてから、ある時点までは、彼が解放される可能性があったが、それが幻想に変わる。1話の可能性と6話の幻想は、同じ場面の繰り返しのように見えて、異なる印象を与える。

1話のそれは、単なる結果ではなく、その後を想像させる生々しい空気が漂っている。病院に駆けつけたアンドレオッティ、ザッカニーニ、コッシーガの間で、まずアメリカの友人に連絡をとか、家族や法王にはまだ知らせずに、といった指示が飛ぶ。それは偽の第七の声明と無関係ではないかもしれない。

『夜よ、こんにちは』と本作は、「夜」をめぐって対をなしていると書いたが、緻密に構成された本作の世界に引き込まれていくうちに、実はそれは内側と外側という境界を越えたところにあったのではないかと思えてくる。

『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』
8月9日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー
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