Infoseek 楽天

アメリカ社会の転換点、Z世代の「正義」とパレスチナの大義

ニューズウィーク日本版 2024年8月8日 14時50分

アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)
<アメリカのZ世代にとってパレスチナ問題は遠い中東で起きている無関係な政治問題ではない。彼らの使う言葉、聴く音楽、これまでの世代との違いから、パレスチナ支持の抗議活動を考える>

ストレス、性的アイデンティティ、自由、真実、正直、偽物、否定──これらの単語は、いわゆるZ世代が最も使っている言葉だという。オックスフォード大学の研究チームが、さまざまなオンラインソースから引用した7000万語を分析し、Z世代と高齢者が使う言葉を比較した。

一方で、階級、地位、国家、宗教、スピリチュアルのような言葉は、高齢者の方がよく使用しているらしい。

 

Z世代とは何なのか、このような言葉を使う意味は何なのか、これまでの世代と異なる最大の特徴は何なのか。この世代はアメリカの人口統計における転換点なのか?

これまでの世代になかった社会的・心理的傾向

2023年5月、アメリカ国勢調査局は例年通りアメリカの人口に関する国勢調査報告書を発表したが、その中で目立ったのはアメリカ社会にかつてない変化が起こるという内容だった。それによると、ジェネレーションZは米国で「白人」が多数派を占める最後の世代になるという。つまり、20年後には「社会のマジョリティ」の白人が「マイノリティ」になるのに対して、黒人、ヒスパニック系、アジア系など多様な人種からなる人種マイノリティ層が「マジョリティ」になるというのだ。

実際、ジェネレーションZは人種的にも民族的にもこれまでで最も多様な世代になっているのだが、この世代の特徴は人種の多様性だけではなく、アメリカ史上最も複数のアイデンティティや性的指向を受け入れている世代でもある。これに加えて、この世代には、これまでになかったような社会的・心理的傾向(現象)が数多く見られる。最も顕著なのは、メンタルヘルス危機と、左翼を支持する政治的志向である。

「今日、私は極端なことを考えている」「溺れたがってるような、自分を終わらせてしまいたいような」と2001年生まれのアメリカのポップ・シンガー、ビリー・アイリッシュが19年に発表した曲「Bury a Friend」で歌い、サウンドクラウドで最も聴かれた曲となった。

この歌詞は世代全体のムードを表現しており、そのムードはこの世代(つまり持ち主)の心理状態が悪化していることを示している。Z世代のティーンエイジャーに見られるもう一つの特徴と言えば、彼らが同じ年齢だった以前の世代に比べて、著しく孤独であるということ。

ジェネレーションZを対象とする意識調査などの回答を見ると、2012年頃から、彼らは孤独や無視を感じると答える傾向が強くなり、以下のような心情に同意する傾向が強くなっている。「 私は何もまともにできない」「私の人生は役に立たない」に賛成する傾向が強く、「私は他の人と同じように人生を楽しんでいる」に賛成する傾向は低い。

2012年以降、「自分に不満がある」「人生全般に不満がある」に同意する高校3年生の若者の比率は、かつてないほど上昇傾向にある。

入手可能な統計を見ると、この世代は2011年から21年の間にうつ病患者の数が倍増している。また、自殺率も併せて上昇し、1990年代前半の最高値を超えている。 10代の自殺率は2007年から19年にかけてほぼ倍増し、20代前半では41%も跳ね上がった。

歴史的に、若年層の投票率は高年齢層よりも低い傾向にある。しかし今年は、イスラエルとハマスの停戦を求める抗議行動を組織するなど、若い有権者がこれまでにない形で政治的領域に足を踏み入れている。

 

Z世代は、自分たちのアイデンティティや関心を公共問題で表現する傾向がある。 例えば、性的アイデンティティや気候変動活動に関する社会的・文化的問題を中心に据えた政治的言説に惹かれる。これが、この世代の民主党支持率が65%なのに対し、共和党支持率が35%にとどまる理由のひとつかもしれない。

アメリカのZ世代にとってのパレスチナ問題

加えて、この世代は、現在のアメリカの国家システムは差別的な行為が社会のあらゆる問題に浸透している人種差別的なシステムであると考えているようだ。そのためか、政治的スペクトラムの端に対して急進的な選択を好むのが特徴的であり、また、それがアメリカ国内の二極化を強化している可能性がある。テンプル大コミュニケーション学の助教授で、『Rhetoric for Radicals』の著者でもあるジェイソン・デル・ガンディオ博士は、Z世代はやがて1960年代の活動家に似てくる」と予測している。そのうえで、どちらの時代も政治的な二極化(分断)が顕著だったと彼は指摘している。

昨年10月から続くイスラエルのガザ地区への凄惨な攻撃により、パレスチナ問題はZ世代にとって単に中東特有の政治問題ではなくなった。アメリカの価値観に道徳的に反する「大量虐殺」を支援するアメリカの政権、アメリカの若者にとって経済的に役に立たない技術や国への投資に向けられる資本、そして意思決定プロセスから疎外されているという若者の問題でもあった。

したがって、この世代の多くがパレスチナの大義を支持していることは一見政治的なスタンスに見えるが、それは政治的な動機からではなく、彼らが「社会正義の問題」とみなすものから生じているだろう。例えば、ジェネレーションZはBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動、LGBTQ(+)運動、そしてパレスチナの大義を支持する運動の間に違いはないと見ており、パレスチナ支持の抗議活動に対する警察の弾圧は、黒人に対する警察の人種差別的行為に似ていて、1960年代のゲイやトランスジェンダーに対する警察の弾圧にも似ているとみている。

近い将来、アメリカ社会ひいては世界に大きな衝撃を与えるだろうとされる彼ら。Z世代の価値観と行動は、11月のアメリカ大統領選にどのように反映されるのか、また、どれだけの若い有権者が投票に行くのか、そしてどの候補をより支持するのかに注目が集まっている。

この記事の関連ニュース