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日本人が知らない「現実」...インバウンド客「二重価格」を議論してる場合じゃない

ニューズウィーク日本版 2024年8月9日 16時30分

周来友(しゅう・らいゆう)(経営者、ジャーナリスト)
<外国人観光客の急増で、オーバーツーリズムやマナー違反が発生。外国人向けに観光地や飲食店の価格を上げる案は賛否両論だが、既に外国人オーナーたちが大きな利益を得ている>

日本では今年1~6月の外国人観光客数が約1778万人となり、過去最高を更新した。同時期の外国人旅行消費額は3兆9070億円。コロナ禍前の期待どおり、観光業はこれから日本経済の牽引役になりそうだ。だが同時に、外国人観光客の急増は日本社会にオーバーツーリズム(観光公害)やマナー違反といったひずみを生じさせている。

私は5年前にこのコラムで、過剰なおもてなしが外国人のマナーの悪さを助長していると指摘した(コラム:外国人観光客を図に乗らせている、過剰な「おもてなし」やめませんか)。その際にサラッと「飲食店で日本人向けと外国人向けの料金が違っても構わないとさえ思う」と書いたのだが、なんと今、この「二重価格」が現実に検討されるまでになっている。

6月には兵庫県姫路市の市長が、世界遺産である姫路城で外国人の入場料を市民の6倍にする案に言及。一部の飲食店も既に導入に向け動き出していると聞く。

観光資源の維持費用や外国人対応のコストを捻出するには取らざるを得ない措置だと、賛成の声が上がる一方、外国人差別につながるのではと反対する意見もある。

だが私は、ここで別の「厳しい現実」をお伝えしておきたい。

外国人に人気のニセコでいま起こっていること

北海道のニセコで飲食店を経営している知り合いの中国人の話だ。客層のほとんどが外国人という彼の店は、繁忙期には1日の売り上げが300万円前後に達するという。外国人に人気のニセコではこのところ物価が高騰、話によればラーメンは高いもので5000円、海鮮丼は3万円するものもあるらしい。

ホテルも飲食店もクラブも、オーナーが外国人の店が増え、外国人客向けの強気の価格設定で勝負をしている。知人いわく、価格の高さから地元民や日本人客は完全に蚊帳の外だという。

日本人が二重価格を議論している間に、外国人オーナーが既に訪日外国人向けに価格を引き上げ、大きな利益を得ているということだ。思えば10年ほど前、中国人観光客がこぞって爆買いをしていたときも、その恩恵を最も享受していたのは外国人オーナー経営の「中国人観光客向け免税店」だったっけ。

実は昔の中国では、二重価格が当たり前だった。観光地やレジャー施設、映画館の入場券や飲食店の価格は外国人のほうが2~5倍高かったように記憶している。さらに紙幣も中国人が使う「人民幣」とは別に、外国人専用の「兌換券」があり、友誼商店など人民幣が使えない百貨店もあった。その後、西側に文句を言われ、兌換券は1995年に廃止。その数年後、中国はようやくWTOに加盟を認められたのである。

それが今、日本で二重価格が検討されているとはなんとも皮肉なことだ。

「日本は物価が安いと聞いて来たのに、意外と高いんだな」

ただ、日本人にとって二重価格は沽券(こけん)に関わる手法なのかもしれない。というのも、私の印象では今のところ、日本人が経営する飲食店やホテル、レジャー施設で堂々と導入しているところはほとんどないからだ。導入していたとしても、あまり目立たない価格設定にしていると思う。

しかし、この流れはもう止まらないだろう。そのうち訪日する外国人も「物価が安いと聞いて来たのに、意外と高いんだな」といった印象を抱くようになるかもしれない。であればもうプライドなど捨てて、自治体も日本人オーナーも堂々と二重価格を導入すればいい。かつて二重価格のあった途上国・中国から来た私としては、いささか複雑な気持ちではあるけれど。

日本のサービスや料理の質は、今も昔も素晴らしい。本物のおもてなしを今後も維持してさえいれば、たとえ少々高くとも外国人は文句なしに感動するはずだ。「安くて質が良い」ではなく「高いけれど質が良い」ほうにプライドのベクトルを向けていく。そうすればきっと、日本の観光業にも輝かしい未来が待っている。

周 来友
ZHOU LAIYOU
1963年中国浙江省生まれ。87年に来日し、日本で大学院を修了。通訳、翻訳、コーディネーターの派遣会社を経営する傍ら、ジャーナリスト、タレントとしても活動している。


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